第513話

 はぁ~~~。

 嫌んなるなぁ。虐めてもちっとも楽しくなんないから、もういいや。

 きびすを返して、私はまたソファに腰掛けた。

「王様、ベルク、クラウディア」

 呼べば、三人がやや震えながら「はい」と答える。

「もういい。頭を上げて立って。それからカンナを呼んで。だから呼べる形に戻って」

 私の言葉に、戸惑いながらも王様達は何も言わずに従い、立ち上がって服を整えると、クラウディアが出て行き、待機しているカンナを呼んでくれた。

「お茶のお代わりをお願い」

「畏まりました」

 少し不機嫌な声で願ってしまったけれど、返されたカンナの声はいつも通りの色をしていた。ちょっとだけ、私もそれで心が整って冷静な気持ちが戻る。

 指示通りにお茶を淹れ終えたカンナは、再び部屋から退室しようとしていたけれど。私が「待って」と呼び止めた。

「カンナ、少しこのままそこに居てくれる?」

「はい」

 以前、カンナは「私の命令を優先にするように」と城から指示されていると言っていた。だから今の彼女はそれに従っているだけだ。王様達は怪訝な顔をしつつも、私の指示を覆そうという様子は無い。

「さっきの『依頼』について、私から幾つか条件を出そう。それが飲めるなら、引き受けるよ」

 彼女を留めたままで唐突に話を元に戻した為、王様達は一瞬、戸惑っていた。けれど最後の「引き受ける」という言葉に、やや表情を明るくしている。腹は立つが、今はまあいい。

「まずお金の方の報酬は、いつもの五倍もらう」

 手の平を見せるようにして、五、を示す。王様はさも当然のように、「承知いたしました」と快諾した。まあ、金銭的な要求は、どれだけ求めようが、そうだろうな。けど次の要求は同じ顔で受け止められるかな?

「それから、この子。カンナを私に頂戴」

 部屋の空気が静止した。全員が、私が告げた言葉の意味を飲み込むことに時間を掛けている。

「……普段のように、という意味では、なく、ですか」

「当然、違う」

 私がはっきりと否定を返せば、一層、戸惑いの色は濃くなった。

「王宮侍女のカンナを『私の侍女』として欲しい。つまり引き抜きたいってことだ。ただし」

 口を挟む暇を与えないように最後の言葉を付け足して、王様達が聞く姿勢を取れたことを確認してから、ゆっくりと続きを言う。

「カンナ自身と、カンナの家を納得させて。何度も言うけど、無理強いは嫌いなんだ。君らがしっかり手を尽くして両方を説得して。下らない嘘で騙すとか、脅す真似も無しでね」

 後半はしっかり告げておかねばならない。私の見えないところでそのような対応を取る可能性はあるものの、カンナを引き入れてからタグで確認すればバレるってことくらいは分かるだろうし、ある程度は抑止できるだろう。

 王様はしばし視線を落として考え込んだ後、カンナの方へと視線を向けた。

「……カンナ、君の意見は、どうだろう」

 全員の視線がカンナ一人へと集まる。カンナは自分より高位の立場に居る五名に一斉に見つめられても物怖じした様子は無かったが、視線を下げ、少し頭も下げた。

「申し訳ございません、まだ状況が飲めず、お答え致し兼ねます」

「そうか、いや……そうだな」

 カンナの答えは、満点のものだった。思わず緩みそうになった口元を一度隠してから、王様に向き直る。

「準備ができ次第、また呼んで。それまで治療は無し」

 そういうわけで今日のお話し合いは此処で終わりだ。私は立ち上がり、この場から立ち去ろうとしていた。しかし王様が慌てた様子で「お、お待ち下さい」と私を呼び止める。

 一瞬、無視して転移してやろうかとも思ったが――結局は立ち止まって、振り返った。交渉内容に疑問があるなら、聞いてやらないと前に進まない。それに後から通信で呼び戻されても面倒だし。

「それはその、カンナの引き渡しが済むまで、依頼はお受け頂けないということでしょうか?」

 あー、なるほど。うーん、確かにそれは酷だな。

 最終の引き渡しを行うにはカンナの引っ越しや、お仕事の引継ぎが必要になるだろう。それ全部が終わるまでってなると、数日の内には難しい可能性が高く、治癒までにかなりの時間が掛かってしまう。苦しんでいる王妃をよく知っている家族からすれば、内心は今日の内に治癒してほしいのだろうし。また、あまり引き延ばすとカンナの引き抜きに失敗する可能性が浮上して、私としても都合の良いものではない。

「双方の『確約』が取れて、引き渡しの時期が明確にできたら、その時点で受けて良いよ。でも――」

 希望を宿した瞳を、そのままきらきらさせておくのは気に入らない。もうちょっと意地悪は付け足しておこう。

「あんまり『時期』を先に設定されちゃうようなら、担保が要るよね。お仕事は一部だけ済ませて、完了時期は合わせなきゃいけないかな?」

 まだカンナには今回の依頼が『王妃の治癒』であることを明かしていない。交渉時には流石に明かすだろうが、今の時点で私から打ち明けることはマナー違反だろう。

 そういうわけでぼかした説明となったが、つまり、あんまり引き渡しを延ばす気なら王妃も完治はさせず、ちょっとずつの治療にするぞって意味です。

 王様が真っ青になって口を噤むのを見守って、「じゃ、宜しくね」と私は手を振る。今度は引き止める声が無く、彼らは頭を下げてくれたので、そのまま転移した。去り際に見えた王族の顔色は悪く、カンナと彼女の生家を説得する案を、脳みそフル回転で検討していたのかもしれない。

 そして宿に戻って女の子達に出迎えられた私は、ただいまを告げるより早く、堪え切れなかった笑いを漏らす。

「え、なに」

 おかえりと言おうとしてくれていただろう女の子達が、当然、戸惑って目を瞬いた。

「いやぁ、私の未来の侍女様は本当に優秀で、嬉しくてね」

 私とカンナの間ではもう引き抜きの件は決定している。カンナは私の侍女になることを望んでいるし、私もそれを受け入れた。時期は未定としていたものの、『私の侍女』になること自体は交渉など必要ない。

 しかし、私は王様に「カンナを納得させろ」と命じた。

 おそらくカンナは王様に意見を聞かれたあの瞬間、とても戸惑ったことだろう。それでも彼女は『私の意図』を正確に汲み取ってくれた。それがとても嬉しくて、楽しかったのだ。改めてくつくつと笑う私を見て、女の子達は顔を見合わせて、首を傾げていた。

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