第512話_ウェンカイン王城

 いつもの応接間で各人からの挨拶を受け、お茶の用意だけを済ませたカンナが退室した後。

 私の足元というか、私の座るソファの横に。王様、ベルク、クラウディアがひざまずいていた。初老の側近ジョットは部屋の隅に控えていてその中には加わっていないものの、頭は私に向けて下げている。

 その光景を、私はただ紅茶を飲みながらソファに座り、ぼーっと見つめていた。

「都合の良いことを申し上げているのは、百も承知です。ですが、王妃は」

 必死な声色など、何度も聞きたいものではない。私は彼の言葉を遮らぬように気を付けながらも、静かな息を吐き出す。

「王妃には何の罪も無いのです、アキラ様の御力で、どうか王妃を助けて頂けないでしょうか!」

 懇願する王様は、ほぼ土下座の形を取っている。辛うじて片膝は床から浮いているものの、頭を深く下げているので、浮いていると言っても二センチくらい。

 紅茶が美味しい。カンナの淹れてくれる紅茶の味は、こんな時でも変わらず完璧なのだ。

 さて。今回の依頼についてだが。

 結局、私が指摘した通りに王妃の主治医はフォスターの息が掛かっていた。服薬していたものには微量な毒が含まれており、都合によって体調を悪化させたり安定させたりと、毒の種類や量で好き勝手に調整されていたとのこと。いや~フォスター元侯爵って本当に頭がおかしいよ。実の娘にそんなこと、よくやるよな。何だと思ってんだ娘のことを。

 主治医は、王妃が嫁いでくる際にフォスター家から一緒に連れて来たそうだ。そりゃ完全にフォスター家側だねぇ、って、何も知らない私のような外野は思うけど。王妃が生まれた時からずっと彼女の体調管理を担っていた医師だと言う。モニカにとってのレナのような存在だったのだとしたら、盲目的に信じてしまう可能性もあるか。哀れなことだ。

 そして当然、それだけ信じていた医師ならば、『療養』の目的で故郷に帰せば連れて行くわけで。王妃はその医師が居る限り、何処に居ようと治るはずも無かったのだ。むしろ城から離し、王様の目が届かない屋敷に行かせてしまったのは、結果を見れば悪手でしかない。

 ちなみに王妃は故郷と言ってもフォスター家の本邸ではなく、フォスター侯爵領の端にある静かな地域の別邸に今も居るらしい。けれどその問題の医師も含め、王妃の屋敷からも何人かが捕まって出て行った。そんな状況を、王妃に何も知らせずに誤魔化せるはずも無く。

 先日宣言していた通り、王様は直々にそちらへと足を運んで全ての事情を打ち明けたと言う。そして改めて、王様の専属医師によって診察を受けた。

 曰く、王妃はもう服毒を止めても助かりようがないそうだ。いくら調整されていたと言っても、毒を身体に繰り返し触れさせれば限界はある。

 医師が言うには、持って一年ほど。そして機能不全に陥った内臓は回復の見込みが無く、生き永らえたところで本人が苦しむだけときた。

 この世の医学だけで見れば、とっくに安楽死を勧める状況だ、というのが医師の見解らしい。死なせて楽にしてやるか、こうして私に懇願するかの二択で、王様は後者を選んだわけだね。

「前に、ベルクには言ったけど」

 私が何も言わずにいてもずっと頭を下げている王族を横目に、クッキーをひと齧り。このミルククッキー美味しいな。今度包んでもらおうかな。女の子達にも食べさせてあげたい。

「私が魔法を使って奇跡の大回復をしちゃったら、噂を聞き付けた人からの依頼が殺到するけど、その辺は?」

「一切、公表するつもりはございません。今回、改めて王妃を診察させた医師は信頼のおける者です。彼と、王族のみが治療時は立ち合い、その後、王妃には三年ほど姿を隠してもらいます」

 なるほど。元より、生家が犯罪者となったことで王妃の立場は危うい。

 謹慎や監視という名目で、体調が安定した後は城の外れにある塔に幽閉するそうだ。建前は『罰』であるものの、実際は『唐突に元気になった王妃を隠す』意味になる。

「フォスター家の医師から王妃が毒を盛られていた件は、公表するつもりです。その毒を断ち、三年の治療を経てようやく回復したという発表とします」

 まあ確かに、周りが聞いたら「毒を止めたら徐々に回復したんだな」と思えるかもね。このような内容の公表から『回復魔法』を発想する者はまず居ないだろう。使用できる者が国内に存在しないと言われている希少な魔法だから。

 ただしそれは『今後も隠し続けるなら』という前提のことだよね。

「つまり、回復魔法を王族が。……誤解でも何でもなくなるね?」

 ふっと声を漏らして笑い、足を組み直す。王様達は、身体を強張らせた。王妃は治してほしい。だけど他には公表しない。このまま私の回復魔法は隠していく。この先、他の誰が死に掛けても治療をしない。王妃には使うのに。

「いよいよ真っ黒だな、ウェンカイン王族は」

「……ご指摘は、尤もでございます」

 震える声で、王様はそう呟く。身体も微かに震えていた。

「これは私の過ちを、王妃に負わせたくないという身勝手な思いから来ており、正当化できる言葉は何もございません」

 そこで言葉を止めた彼は、一層、頭を低く下げた。床に額でも付けるつもりか? もう私の位置からはどう見ても土下座なんだよな。

「全て承知の上で……どのような厳しい御言葉も、罰も、受け止める所存です。どうか……」

「ははは。それこそ都合のいい話だね」

 組んでいた足を解いて、その足を少し乱暴に床に付く。ドンという音に、部屋に居る私以外の四人がびくりと身体を震わせた。

「だって自分自身が罰を受けることを、あなたはそんなに苦しまないじゃん」

 自分を罰せ、自分を責めろと。繰り返しそう願う人間を罰して責めることは、本当に罰になるの? そう望むのは、そっちの方が『マシ』だからでしょう。だったらどんな内容であっても厳しい罰とは全く言えない。それは結局、『楽な方』を選んでいるだけだ。

「だからあなたの『受けるべき罰』は、『大切な人を自分のせいで失う』ことだったのに」

 王妃の容態について、助言を与えはした。だからこれが本音かと言われると、ちょっと違う。でも。きっと王様が一番苦しいことは、このまま王妃を失うことだろう。自分は何も出来ず、その死をただ見送るだけ。……今までのことを深く悔いる為にはそれが最も相応しい罰だと、何度考えても思ってしまう。私はソファから立ち上がり、更に高い位置で三人を見下ろした。

「王妃が嫌なら、ベルクにする? クラウディアにする?」

 静かに彼らの方に歩み寄れば、王様の手が、またカタカタと震えた。ベルクとクラウディアも、私の言葉に身を固め、何かを言いそうな気配を出した。でも結局は何も言わなかった。もしかしたら私から直接の問い掛けが無い限り、口を挟むなとか言われているのかもしれない。部屋には沈黙だけが落ちた。

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