第511話

「――呼び出されるかと思ったわ」

「はは、私も一瞬、ナディ呼ぼうかと思った」

 その夜。私はまたナディアとお風呂の中で喋っていた。

 デオンと過ごしている間、工作部屋の扉はずっと開けてあった。女の子達、特にナディアが聞き耳を立てられるようにって意味で。あと男女で密室に居るのは「良くない」ってデオンも言いそうだったからね。

 結果、やっぱり内容を聞いていたらしいナディアは、火属性魔法の話になった時に自分が呼ばれるのではないかとちょっとソワソワしたらしい。

 髪をもしゃもしゃ洗いながら、口に泡が入らぬようにそのまま喋る。

「だってさ~ナディの方がずっと上手なんだもん。『うちの子を見習いなさい!』って言いたくなったよ」

「どんな顔をして披露しに行けばいいのよ」

「勝ち誇ったような顔で?」

「嫌よ」

 否定されたのに、ドヤ顔で魔法を披露だけして立ち去るナディアを想像して私はくつくつと笑う。頭の泡を流し終えて顔を上げたタイミングで、ナディアが私の顔にお湯をぺっと掛けてきた。ぶわぁ。

 お湯がちょっと鼻に入ってしまって痛いのに、顔がニヤてしまう。ナディアと戯れている今の状況がとても楽しい。

「ところで、新しいベッドなのだけど」

「うん?」

 入荷待ちだった私とナディアの新しいベッドも先日届き、既に入れ替え済みである。

「私のベッド、脚の一つがちょっとおかしいような気がするの。寝返りを打った時に、少し揺れる」

「え」

「組み立てが緩いのかしら。後で見てもらえる?」

「勿論、っていうかそういうのは気付いた瞬間に言ってよ!」

 驚愕の表情で振り返ると、ナディアはややバツが悪そうな顔をして「気付いたのが夜で」「それに、少しだけだったから」と小さく言った。よく観察すればというレベルだった為、そこまで気にしていなかったそうだ。でも今、偶々思い出したんだって。思い出してくれて本当に良かった。万が一のことがあったら危ない。後でちゃんとチェックして、ついでに全員分のベッドを点検しよう。偶然ナディアのベッドだけに不備があっただけかもしれないけど、杜撰ずさんな職人が作ったという線も捨てきれない。

「そろそろ上がるわね」

「うん。あっ、ベッドは私が見るまで乗ったらダメだよ! 全員に伝えてね!」

「はいはい」

 なんだその「過保護」みたいな返事は! と不満な顔をしたかったのに、お湯から上がってきたナディアの尻尾がぺしょんってしてるのが可愛くて頬を緩めた。気付いたナディアに今度は手桶で汲んだお湯を頭のてっぺんからドバシャと掛けられた。ぶわあぁ。

 その後、早々とお風呂を済ませた私は、浴室から出てすぐにナディアのベッドの点検を始める。「先に髪を乾かしなさい」と呆れたように言われたことも聞こえていなくて、一生懸命に確認している私の後ろから、笑いながらリコットが風を当てて乾かしてくれた。

 なお、ナディアのベッドは確かに一か所のボルトが緩んでいて、脚がぐらついていた。もう二度とそんなことが無いようにしっかり修理し、他の脚も含めてベッド全体を点検。勿論、他の子達のベッドもまとめて細かく点検した。本来なら納品された時点できちんと確認するべきだったのにちょっと油断していたね。とりあえず幸か不幸か、不備はナディアが既に見付けていた一点だけ。他の問題は何も無かった。ふう、ひと安心。

「ナディ、念の為、私のと交換する? 不安じゃない?」

「いえ、このままで良いわ。アキラが見てくれたから大丈夫よ」

 信頼してくれているのは嬉しいけども。我慢させていないかな。迷う顔をする私に少しナディアは笑い、「ありがとう」と言った。ぬう。嬉しい。


 翌日。平和な昼下がり。私の特製パスタをみんなで食べた後。

 女の子達が片付けをしてくれている間に私は観葉植物マリコに水をやって、更に水を含ませたガーゼで大きな葉っぱを丁寧に一枚ずつ拭いていた。

「いつも綺麗だね~、マリコはね~」

「当たり前みたいに話し掛けるわね……」

 ナディアにドン引きされている。だけどマリコだって生きているんですよ。

「あっ、新しい子が出てる! 大きくなるんだよ~」

「新しい子って、芽かな」

「多分……」

 芽ですが何か。マリコの成長を喜ぶ私をそんな目で見ないでほしい。

「今日もお日様が気持ちいいねぇ~」

 だが私はめげない。お日様と一緒に私の愛情も受け止めてくれるマリコに、遠慮なくたっぷり注ぐのだ。

 よし、完璧。葉っぱのお掃除が終わった。掃除に使ったガーゼを洗いに洗面所へ向かう途中、私がぴたっと不自然に停止したのを、ルーイとラターシャが気付いて振り返る。

 私は何でもないって言うみたいに軽く手を振って、そのまま洗面所へと入り込む。そして、一つの溜息。

『――何ですか、王様』

 通信が入ったのだ。応えながら、ガーゼを洗面台で手洗いする。

 話を聞く間ずっと洗っていたので、ちょっと洗い過ぎたかもしれない。固く絞って、一旦、洗面所の端に掛けておいた。ガーゼは煮沸消毒もしておきたいので、その処理はまた帰ってきてからやろうかな。

「アキラ」

「うお」

 洗面所を出ようと振り返ったら、入り口にナディアが居たからびっくりした。

「どうしたの、ナディ」

「……何かあった?」

 私から尋ねたはずなんだけど。ナディアには似た質問で聞き返されてしまった。思わずふっと笑ったら、ナディアが眉を顰める。

「鋭いね。どうしてそう思ったの」

「急に雰囲気が変わったから」

 そうかな。まあ、ついさっきまで陽気に一人で、いやマリコと喋っていたので、ちょっとした変化が大きく見えたのかもしれない。私は軽く頷いて、ナディアをリビングの方へと促した。やや不満な顔で私を振り返り、顔を見つめてくるナディアが可愛い。

「王様から呼び出しだ。行ってくる」

 この一言だけで、みんなの表情が一斉に強張る。何度繰り返しても、この瞬間がどうにも慣れない。

「討伐?」

「いや」

 その方が、今回ばかりは良かったと思う。私は湧き上がった嫌な思いを隠し切れずに少し口元を歪め、不器用な笑みを浮かべた。

「……もっと気分の悪い仕事だね。『治療の依頼』だそうだ」

「それって……」

 女の子達の表情も曇って、苦い色を滲ませた。私は苦笑して、軽く首を振った。

「詳しいことはまだ聞いてない。とりあえず説明を受けてくる」

 しかし、受けるも断るも気分が悪くなることは間違いない。はぁ。全く、次から次へと。不愉快な王族達だよ。

「――行ってきます」

 うだうだしていても仕方がないから。上着を羽織って、みんなに手を振った。

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