第510話

 つらつらと説教するように告げる私の言葉に、デオンは小さくなったままで何度か頷く。

「幼い頃、講師の魔術師殿にも言われた記憶がある……」

「ちゃんと『見える』講師さんを雇ってるじゃん。勿体ないなぁ」

 ホセ程度のレベルなら魔力感知で濃度までは見分けられないだろうから、デオンのそれを正しく指摘できた講師さんは、かなり高位の感知能力を持つ魔術師だったはずだ。そんな人に付いてもらっていながら、この結果とは情けない。

「ちゃんとレベル1から『魔力を練る』練習をした方が良いよ。そのままの魔力でやり過ぎだ」

 ゆっくり魔力を体内に巡らせて、集めて、イメージを固めてから出力する。その感覚が完全に身に付くまで何度も反復する。素早く出力する練習はそれらを完全に習得してから。私がそう話すと、「言われた覚えがある……」と言うのだから本当に悪い生徒だ。

「講師の人に今からでも謝った方が良いよ……」

 やや呆れて言えば、デオンは酷くバツの悪い顔で頷いていた。

「虐めるつもりじゃなかったんだけど、ダメ出し会になっちゃったね。まあ今の話を参考にまた頑張って。ほら飲もう~」

「ああ、助言に感謝する。魔法については、勉強し直すよ」

 生真面目そうな顔で言うけれど、過去のデオンは自信家な悪ガキだったのだろうと思って、ちょっと笑った。

 その後しばらく、悪ガキだったデオンが受けた魔法講座の話を聞いたり、ここ最近でこなした冒険者クエストのことを聞いたりと、雑談をしていたけれど。一時間ほどが経過した頃、デオンがハッとした顔で「違う」と言う。

「ん?」

「私は礼をしに来たんだ」

「あはは。思い出しちゃった」

「煙に巻こうとしないでくれ……」

 デオンって純朴で流されやすいんだよね。面白い。とても揶揄い甲斐がある。

「今回の件は、私のことを黙っててくれるだけで充分に助かるんだけどなぁ」

「それでは私の気が済まない」

「まじめだな~」

 ヘレナの時もそうだったけど、私、あんまり困っていることが無いんだよねぇ。だからこういう時、お礼と言われても要望が無くって困るのだ。

「私が君の為に、何か出来ることは無いだろうか?」

 改めてそう問い掛けてくるけれど。フォスターの屋敷で片棒を担がせた時点で、デオンに「してほしかったこと」はもう終わってるんだよなぁ。うーん。

「あ、そうだ、それじゃあ」

 そっか。ヘレナ同様、『自分でも出来るけど面倒くさい』ようなことを、任せてしまえばいいんだ。えーと。徐に収納空間から取り出した紙の束。そこから一枚を引き抜く。

「これ、私が近い内に欲しいなって思ってる魔物素材の一覧。出来る範囲で良いんだけど、取って来てくれないかな?」

 私が持っていないもので、市場に出回っていないから取りに行かなきゃいけないと思っていたもの。先日のスラン村で魔物素材の話を聞いて色々調べていたら、あれもこれも欲しくなっちゃったんだよね。

 普通の人なら多分、冒険者ギルドで依頼を出して取ってきてもらうはず。デオンは冒険者なんだし、お願いすることとしては最適かも。

「分かった、やってみよう」

「わーい。助かるよ。ちょっと待ってね、これただのメモ書きだから……」

 私の方で既に知っている情報と、取って来てほしい量とかも追記しないと依頼にならないね。魔物の正式名称、分かっている生息域、必要数と、その他注意点を箇条書きにした。

「どれも急ぎじゃないし、出来るやつだけ、のんびりでいいよ」

 一応そう告げて渡したけど。今すぐにでも行きそうな顔をしている。まあ、デオンの気がそれで済むなら、別にいいか。

「途中で死んだりしないでよ?」

 今更だが、私はデオンの実力を知らない。一覧にある魔物が全て簡単に倒せるかどうかが分からない。下手に無理して死なれるくらいなら、別の『おつかい』をしてくれる方が助かるよ。

 改めてそう伝えたら、デオンが可笑しそうに笑いながら「気を付けよう」って言った。その言葉は本当だったから、一先ず信頼しておこう。

「アキラはしばらくこの街に?」

「うん、当分は居るつもり。何か用があって離れなきゃいけなくなったら、ギルド経由で連絡する」

「分かった。この住所に手紙を入れてくれても構わない。私の拠点だ」

「お、ありがと。了解」

 デオンはジオレンの外れに小さい家を持っているらしい。賃貸じゃないんだね。そう聞くと、依頼で長く離れている間に支払いが滞り、部屋が無くなってしまうと困るからわざわざ家を買ったとのことだ。なるほど。確かに賃貸の場合だと、タイミングを外して払えない場合の立ち退きが怖いな。冒険者は依頼がどれだけの期間になるか分からない時もあるし。此処を拠点として決めているのなら、持ち家の方が都合が良いのだろう。

「では、そろそろ失礼するよ。長居してしまった」

 その後、魔物素材についての質疑応答が済んだらすぐにデオンはそう言って立ち上がった。

 今度は今日飲んだ分のワインの埋め合わせもするってさ。何だかいっぱい貸しを作っちゃったな。そう思うと確かにデオンの言う『借金』が、増えたのかもしれないね。

 デオンは長い滞在を私の女の子達にも謝罪してから立ち去って行く。女の子達は軽く会釈だけをしていた。

 窓からデオンの背を見送り、うん、やっぱりもう魔物素材を取りに行きそうだと感じた。背中がさ、うきうきしてるんだよね。冒険者だなぁ。しかし死なれちゃうのは勿論、大きな怪我をされるのも寝覚めが悪いものだから。ちゃんと気を付けてくれることを祈るしかない。

 お祈りしながらいつまでも見つめていれば、また不機嫌な顔になったリコットが突撃してきて、近くの棚に腰を打ち付けた。痛い……彼を見ながらちょっと考え事をしていただけだから、そんなに怒らないでほしいです。

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