第509話

 話すべきことはこれで全部だと思うので、これから雑談に移行しようと思います。私はずっと聞きたかったことをすぐに質問することにした。

「デオンは、どんな魔法が使えるの?」

 あの馬車の中でデオンにだけ聞けていなかったからね。しかも貴族様としてきちんと教育まで受けているなら、平民より達者なのでは。わくわくしている私の顔を見て、デオンが軽く笑う。

「水と火の属性魔法だ。水はレベル3、火はレベル2まで。ただ生活魔法が苦手でね、照明すら点けられないよ」

「はは!」

 二つの属性をそこまで扱えるのは充分すごいと思うのに、生活魔法がそんなにダメなことある? 申し訳ないと思いつつ大きな声で笑ってしまった。

「だけど対極にある属性を扱えるのはすごいね」

「ああ、珍しいことだと聞いた。しかし火属性がどうしても攻撃まで伸びなかった。正直、攻撃魔法としては火が欲しかったんだ」

「確かに強いもんね、火属性」

 しかも対極属性どちらでも攻撃できると、魔物との戦いにおいてすごく有利になるからなぁ。片方しか攻撃魔法に至らなかったのは、冒険者なら特に悔しかったことだろう。

「アキラは、どの程度の魔法が扱えるのだろう」

「あー」

 自分から聞いたんだから、流石にだんまりは失礼だよな。

「雷と氷も含めて属性魔法は一通り。特に、火と風が得意かな。攻撃魔法も使えるよ。後は生活魔法が色々。それぞれ魔道具でちょっと底上げしたり、補助したりもしてる」

 一番得意なのは雷魔法なんだけどね。事実を織り交ぜつつちょっと誤魔化すのである。属性も「一部しか扱えない」と嘘を教えても良かったが、私が『王様お抱えの魔術師』であることは教えてしまったので、嘘を吐いてもバレそうだ。何せ既に大衆の前で雷と氷を使ってしまったからね。

「属性が全てとは、とんでもないな。……私も底上げが出来れば、火の攻撃魔法を扱える可能性はあるだろうか?」

「うーん」

 適性の無い属性を無理やり付けるタトゥーや焼印は寿命を削るだろうが、デオンのように適性がある人を底上げする場合、そこまでの負担にはならない気がする。

「デオンが攻撃魔法まで到達できなかった理由にもよるんだけど、もしかしたら補助できるかもね。魔法の杖の中には、魔力効果を一割増しにするようなものもあるよ」

 リコットにプレゼントした杖とかさ。まあ、かなり高価な品にはなるけれど。

「理由か……」

 デオンが難しい顔になっちゃった。ワイングラスもテーブルに置いて、両腕を組んで首を捻っている。

「分かんない?」

「……すまない、魔力が上手く練れていないと言われた記憶がある。しかしそれがどのような感覚なのか、結局、私には分からなくて」

「ふむ」

 練れていない、か。「言われた」って言い方をするから当然『本当』のタグが出ているけれど、これではその指摘が正しいどうかが分からない。デオンがそれを言われたという事実の方に反応しちゃうからね。だけどもしそれが真っ当な指摘なら、魔力効果の底上げじゃどうにもならない可能性がある。うーん……気になってきちゃった!

「酒の肴にちょっと見てあげる~」

「いいのか? 私は未だ先日の借りも返していないのだが……」

「気にしない、気にしない」

 準備しま~す。躊躇うデオンの声も無視してサッと立ち上がる。背後で、デオンが溜息を吐いた音がした。

「君と居ると、あっという間に大きな借金を抱えそうだ」

「ははは!」

 やや悲しげな声で言うから、笑ってしまった。大丈夫だよ、取り立てないよ~。でもモニカ達もよく、今のデオンみたいな顔をするんだよね。私は好きでやっていることだから気にしなくていいのにねぇ。

 とにかく、部屋の端にある作業台から、蓋の無い木箱を引っ張り出した。

「まずはこの箱に結界を張って、と」

「簡単に言ってくれる……」

 デオンにはもう解毒や催眠魔法、そして消音と盗聴防止の結界魔法まで見られているので、この程度は今更である。彼の戸惑いは、笑うだけで流しておいた。

「まず、何処の段階から出来ないんだろう。攻撃用の火球を生み出すところ? それを放つところ?」

「生み出すところからだ」

 ふむふむ。じゃあとりあえず見せてもらいましょう。私が結界を張った木箱に手を突っ込ませて、その中で火球を生み出してみてもらう。出来ないのは知っているが、どのように出来ないのかを見せてほしいのだ。そう伝えたら、デオンは言われた通りに箱に手を入れ、魔力を手に集め始めた。

 数分待ったが、やはり彼の手から火球が生まれることは無かった。

「うーん、デオン。レベル1の火花生成と、レベル2の炎生成は出来るんだよね」

「ああ」

「やってみて」

 素直に頷いたデオンが、そのまま火花生成と、炎生成を順番に披露してくれた。しかし私はその光景に、ちょっとだけ眉を寄せる。

「雑だね。いや下手だね?」

「う」

 可哀相だけど、此処は忌憚きたんのない意見を言わせて頂こう。

「そりゃレベル3なんかできないよ。デオンはレベル2までの練度がまるで足りてない。出来たからオッケーで次に進んだでしょ」

「……確かに、これらの練習は、あまりやっていない」

 彼はおそらく元々の勘が良くて優秀だったのだ。最初からあっさり出来てしまったものについて、練度を上げる努力をしていない。

「練習せずにこのレベルに到達できるのはすごいことだよ。でも、此処で止まっちゃったら低能でしかないよ」

「ぐっ……」

 私の言葉がかなり堪えているようで、デオンは実体より小さくなったように見えた。

「火花ってのはこうやって出すの」

 彼の目の前で、ばちっと火花を放つ。これでもちゃんと手加減して、小さめのサイズで披露した。だけど彼くらいしっかりと魔力感知が出来る人なら、見ただけで、レベルの違いは分かったはずだ。

「自分のと全く違うの、分かるでしょ?」

「……ああ、こうして比べてみると、……確かに恥ずかしい」

 デオンはレベル1の火花すら、ちゃんと出すまでに三度も出し損ねた。しかも右と左で強さが違うみたいな歪な火花だ。炎生成も、生成までに時間が掛かり過ぎているし、生まれた炎は大きく揺れて、三秒足らずで消えた。うちのナディアの方が百万倍は上手だぞ!

「練習不足。ただそれだけだね。補助とかって話じゃないよ」

「……反省している」

 魔法は、レベル2に進んだらレベル1が勝手に上達するような仕組みじゃない。レベル1はレベル1の、2は2の練習がちゃんと必要だ。こんな下手なレベル1でも先に進めたのは、生まれつき魔力濃度が高いんだと思う。そして火属性と比べれば濃度の要らない水属性は、そのままで攻撃魔法まで出来てしまった。逆にそのせいで練ることの重要性を学べなかった彼は、『魔力を練って濃度を上げる』技術がまるで備わっていないのだ。

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