第508話

 一拍だけ、二人でつまみを口にしてワインを傾けて沈黙。今日もジオレンのつまみとワインが美味しいねぇ。

「ところで君は、何者なんだろう。……差し支えの無い範囲で構わないが」

 本来は私の方から説明すべきなんだが、デオンから切り出してくれた。私は目尻を下げ、ワイングラスをテーブルに置く。

「お気遣いありがとう。そうだね、簡単に言うと……魔法が扱えることを秘密にして、気儘に世界を放浪してる旅人なんだ」

 私がどういう存在かを伝えるには、異世界の人間であることを伏せるともうこれでほとんどの説明が終わってしまう。なんせ、この世界に来て数か月ですからね。歴史が浅いのだ。

「冒険者ギルドでは、協力者となっていると聞いた」

「うん。ガロの協力者。知ってるかな、ガロ。大剣を持ってて、デオンくらいの身長のおじさんで……」

 最初は名前だけで済ませようとしたんだけど、そう言えばガロは冒険者ギルド内で四番が付いていて、少なくとも彼以外に三人の同名登録者が居たはず。だから背格好とか容貌も簡単に説明にした。するとどの段階からか、デオンが目を真ん丸にして固まっていた。

「……今、君の魔法を見た時以上の衝撃を受けている」

「えっ、なんで!?」

 とりあえず彼がガロの名前を知っているのは分かったけど。あんな大騒動の中でも冷静だったデオンが本当に動揺していて逆にこっちが驚く。何でだよ。ガロ、一体デオンに何をした。

「ガロさんは冒険者の中では有名な方だ。まさか、あの方の関係者とこうして話す機会があるとは……」

 そういえばヘレナも、ガロのことを「有名な冒険者」って言っていたかな。私にとってはアンネスという静かな村の飲み屋で知り合ったおじさんでしかないのに。ゾラも伝説の女統括だし、偶々知り合っただけの人達が無駄に有名なの怖いよ。

「実は、私はガロさんに憧れて、冒険者を志したんだ」

「いや比重が想像以上……」

 有名な人だから知ってるってレベルじゃない。デオンはガロの影響で身分を捨てたってことだ。大き過ぎる彼の影響力に明らかに引いている私を見て、流石に可笑しくなったのか、デオンが目尻を下げた。

「私は、とある子爵家の三男として生まれた。長男は子爵家を継ぐ予定をしていて、次男は騎士をしている。私も同じく騎士となる予定だったのだが」

 そこで言葉を止めたデオンは、懐かしそうに目を細めた。

 かつてデオンの子爵家が治める領地に大きな魔物の襲撃があった時、多くの冒険者が支援として加わってくれたと言う。その中に、ガロとその仲間達も居たそうだ。そしてデオンは後方で残党狩りをしていたはずが、運悪く乱入してきた鳥系の魔物に、攫われてしまった。

「当時まだ十五歳だった私が、あの場では最も身体が小さくてね。魔物から見れば運びやすく、丁度良かったのだろう」

 今はこんなに大きいのに、その頃のデオンは標準よりずっと身体が小さかったそうだ。そして魔物からの初撃で剣も取り落としてしまって、どんなに暴れても成すすべなく、魔物の巣に放り込まれようとしていた。しかしその寸前。巣へ向かって降下した魔物を倒し、デオンを助けたのがガロだったのだという。

「飛ぶ魔物を見失わずに追い続けるなど、途轍もないことだ」

 しかも攫われた位置から五、六キロほど離れた場所での救出劇。ガロは、救うチャンスが来るまでずっと地上を駆け、諦めずにそれだけの距離を追い続けてくれたのだという。感動で泣きそうなんだけど。どれだけ正義の味方なんだよ。凄すぎるわ。そりゃ誰でも人生変わるほど憧れるわ。

「彼のようになりたいと思った。冒険者という職に就くことを、しばらく家族には反対されていたが。ガロさんが私の命の恩人であることは家族も良く知っている。最後には頷いてくれた」

「ちなみにそれって何年前?」

「もう、十年、いや十一年前のことだな。懐かしい」

 つまり今のデオンは二十六歳か。私より二歳上であるらしい。兄さんと同い年かぁ。身体の大きさは似てるかも。兄さんはデオンのように穏やかに笑う人ではない為、印象は真逆だけどね。

「そういうわけで。この縁に酷く驚いてしまった。それともガロさんの顔が広いのか」

「後者だと思うなぁ」

 私の顔が広いというのは流石にあり得ない。繰り返すが、この世界に来てからまだ数か月の身だ。

「此方から質問をしたのに、アキラの話を遮ってしまったな。申し訳ない」

「いやいや」

 そういえばそうでした。私も普通に面白くて聞き入ってしまったね。話を戻しましょう。

「改めて。私はただの『旅人』なんだけど、デオンも知っての通り、魔法に長けてる。ガロとは、彼が魔法の知識を求めていた時に偶々知り合ってね」

 簡単にその時の経緯を話し、私の行った手助けも説明した。デオンには大きな魔法を使うところを実際に見られている為、ガロが私について知っていることで、デオンに知られて困ることは特に無い。

「私は何処にも属さず、自由な旅人を続けたい。でも私の力を必要とする人が多い」

 それすらも無視できるくらい傲慢で居られたら、私はもっと気楽にこの世界を生きていけたのかな。不意に、ちょっと悲しい気分になる。

「此処からは、ガロにもまだ話していないことなんだけど」

 人差し指を口の前に持ってきて、内緒だよという仕草をした。デオンは真剣な顔で頷いてくれる。

「時々、私は『日雇いの魔術師』として大きな討伐仕事をしている。契約の相手は、だ」

「……なるほど」

 一度、大きく目を見開いた後で、デオンは苦笑を零した。

「王妃殿下の生家を相手取っても上回れる理由がよく分かった。まさか国王陛下に直接、進言できる立場だったとは」

 やっぱり元貴族なら、フォスター侯爵家が『王妃の生家』ってことは、知っていたんだね。それでも私から話すまで何も言わないでいてくれたのは、話したがらない私を気遣ってのことだ。重ねてありがたい。

「今回は巻き込んじゃったから色々話しただけ。ガロにも今は話すつもりが無いんだ。だから誰にもこの件は内緒にしてね」

「承知した。何度も言うが、助けてもらった立場だ。君が大切にしているものを壊すつもりなど毛頭ない」

「ありがとう」

 本音を言えばガロになら、もう少し事情を話してもいいとは思っている。

 だけど私は懐に入れた相手についつい甘くなってしまうので。こうやって「まあいいか」を増やしてしまったら際限がない。いつか足元を掬われるかもしれないし、そうでなくとも、私のことを知る者が増えるというのは、すなわち『巻き込む』者が増えるということでもある。慎重であるべきだ。私をいつも心配してくれている、女の子達の為にもね。

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