第507話_デオン招待
広場でデオンと待ち合わせをしていた私は、先に市場で買い物をして遊んでいたから、予定よりずっと早くに到着していた。真面目な彼も当然、約束よりは早く来たのに、私の姿を見ると慌てて駆け寄ってくる。
「すまない、待たせたようだ」
「ううん、私が早く来ちゃっただけ」
デートの待ち合わせみたいな掛け合いになってしまった。今日の見張りはラターシャだから突っ込まれなかったけど、リコットだったらまた拗ねた顔をしたかもしれない。気を付けよう。ちなみにラターシャは隣でデオンに軽く頭を下げて「こんにちは」と愛らしく挨拶していた。礼儀正しいねぇ。可愛いねぇ。思わず撫でようと動かした手をラターシャに鋭い目でチラッと見られた。バレている。止めましょう。
「じゃー、ちょっと移動しよう、ゆっくり喋れるところ!」
今日は少し冷えるし、そうじゃなくてもこんな広場のベンチで並んで長話は落ち着かない。そう言って、素直に付いてくるデオンを連れて私は真っ直ぐ自宅に案内した。
「……アキラ、此処は」
「私と連れが住んでるアパート」
「待ってくれ」
「どうぞ入って~」
何かを言い掛けているデオンを無視して玄関を開け、招き入れる。彼は困惑しながら玄関前で立ち止まり、中に入り込む私に「アキラ」と焦った様子で声を掛ける。そして部屋の中に居る面子を見て、一層青ざめていた。
「まさか、此処は女性しかいないのか?」
「そだよ~」
彼は言葉にならない様子で何度も首を振る。面白い。首を振った回数が数え切れなくなった頃に、ようやく声を発した。
「いや。入れない、それは」
「まあまあ。取って食ったりしないってばー」
「そちらではない」
私の隣に控えるラターシャも笑いを噛み殺している。私は完全にデオンで遊んでいた。
「玄関先で騒がないで、ほらほら」
ご近所に迷惑だから。そう言うと真面目なデオンは即座に口を噤んでくれて、一歩、入り込んで扉を閉める。でもやっぱり、それ以上は動かない。
「アキラ、女性だけの家に、男を不用意に招くべきではない」
「不用意には招かないよ。今回は致し方なく。私らが話したいことは、外で話すのに向かないでしょ?」
これは全く意地悪ではない。この家に連れ込まないなら、何処か別に宿を取ってデオンを連れ込むことになる。どっちもどっちだ。そう説明すると、デオンは唸って「それはそうだが……」と言った。さっきより声が弱っていた為、このまま押し通せそう。
「奥の部屋へどうぞ。リビングだと、女の子達が落ち着かないだろうから」
当然、寝室に入れるわけにもいかないので、工作部屋の方へとデオンを案内した。抵抗を諦めたのか疲れたのか、デオンは渋々という顔で従ってくれる。
「普段は魔道具とか作ってる部屋だからね、あんまり居心地のいいとこじゃないけど」
そう断りつつ、部屋の中央部にある大きな作業台へと、デオンを招いた。まだ引っ越したばかりで作業台は散らかっていないし汚れてもいない。
「ワイン飲みながらでいい? デオンもどうぞ~」
「……私はお礼に来たんだが?」
「まあまあ」
台の上にワインとグラスを並べる。タイミングよく、のんびりと入って来たナディアが簡単なつまみも並べてくれた。「申し訳ない」とデオンが彼女に声を掛ける。ナディアは「いいえ」と、思ったより柔らかな声で答えて、並び終えたらさっさと出て行った。
「はいじゃあ乾杯~」
早速飲み始める私に、デオンは戸惑いながらも付き合ってくれた。
「あ、今更だけど飲める口?」
「はは。ワインは水のようなものだな」
「良かった。流石はジオレンの冒険者」
聞くところによると、ジオレンを拠点にしている冒険者の中には、偶々立ち寄った時にワインに惚れ込んで定住してしまう人が結構居るらしい。デオンも此処のワインや風土が気に入ってしまったのが理由だから、ほとんどそちら側なんだって。分かる。私もしばらくまだこの街でワインを楽しみたいからね。
「とりあえずの御礼になるが、受け取ってほしい」
乾杯直後、デオンはそう言って収納空間から菓子折りを三箱出した。収納空間がそれなりに大きい人だ。
「ふふ、いっぱいだ。ありがとう。女の子達と大事に食べるよ」
「礼を言うのは此方の方だ。……フォスターは、随分と徹底的に絞られたようだな」
「いや~叩いたら想像以上の埃が出たからね」
あれからも続々とフォスター家とその仲間達には調査の手が伸び、本家の者は勿論、分家や協力者は悉く実刑。ほんのちょっと手伝っただけのような人も、重い罰金刑が課せられた。
王様自身はフォスター家の犯罪には関わっていないことになっているものの、「処理が遅れたことで多くの被害者が出てしまった責任」という
細かい減税の仕組みについては領主らから改めての説明があるとのことだが、来月開始である。
「何にせよもうフォスターから私達へ手が伸びることはないよ。平和な幕引きでホッとしたね~」
「あの惨状を思い返せば平和かどうかはともかく。……ホッとできたのは間違いない。正直、もうジオレンからは出なければならないと思っていた」
だよね~。既に平民になっている彼からすれば貴族相手の不和というだけでもう逃げ一択だっただろう。私が何とかすると言うから、信じて留まってくれていただけで。
「ところで、あの巨大な魔道具は、どうなるのだろうか」
ふむ。良いところを突いてきますね。私は口に含んだワインを堪能してから、一つ頷く。
「まずは調査の為に、宮廷魔術師が派遣されてくるそうだよ。移動に危険なしと見れば、早めに城に運ばれるだろうね」
「城か……。逆に恐ろしいことが、起きなければいいが」
それだね。あんなもの、誰が持っていても脅威であることは間違いない。魔道具の使い方がちゃんと分からないことには何の意味も無く霧散させるだけだろうが、使い方が分かってしまえば、ドラゴンを世に放つようなレベルの兵器になる。
モニカに『善政』を求められたガレン国王がむざむざ悪用はさせないだろうけれど、結局『彼が上手に管理している内は』の安全なんて脆いものだ。私だったら何かしら
「心配は尽きないけど、アレはこれ以上、私達が関与できる問題じゃない」
私の立場で言えば全く関与が不可能というわけではないものの。あれもこれも抱え込むなんて、そんな救世主みたいなことはしたくない。デオンがそんな私の心情を知ることはないけれど、軽く笑って肩を竦め、「それもそうだな」と同意してくれた。
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