第505話

 三日もすると、王様が公表したフォスター侯爵家の不正と、アグレル侯爵家の潔白はジオレンにも広く伝わっていた。此処にはフォスター侯爵家の別邸があることもあって話題が大きい可能性はあるが、これだけしっかり市中に伝わっているなら、もうアグレル侯爵家を悪だと言う人は居ないだろう。むしろ「俺は三年前から、変だと思ってたんだよな!」と言う人まで現れていて、本当に面白い。

 そして、王様の悪事は発表されていないものの。「解明に三年も掛かるなんて」と、王家の動きに不満を漏らす人も少なくはなかった。時間が掛かったことについて王様は正式な謝罪文を出したようだが。それでもこの程度は言われておくべきだろう。

 それに結局、フォスターが王妃の生家であることも問題にはなっている。平民は今までそんなこと知らなかったようだけど、王様がわざわざその点も付け足して広めたみたい。貴族らや、一部でもそれを知っている平民が零せば分かってしまうことだし、バレてから動くよりは潔いかな。

 結果「そもそも王妃として相応しくなかったのではないか」という声がちらほら聞こえてくる。ただ、王妃が病気で臥せっていることは元より有名らしく、それに対する配慮なのか、強く叩く意見は少ない。

 さておき。

 今日、私達は改めて全員で、スラン村を訪問しています。

「布は全部、此処でいいかな?」

「はい、ありがとうございます」

 本日は屋敷建設の出来高を支払いに来ている。一部はお金じゃなくて物資になるので、あちこちにお届けしていた。

 私達の屋敷となる三軒分の土台はすっかり完成していて、私の屋敷とカンナの屋敷は骨組みまで仕上がっている。仕事が早い。つまり私はしっかりお支払いをしなくてはならないのです。

 ついでに今日、捲揚機ウィンチも納品した。高いところへの資材の引き上げにご利用ください。早速使用を始めたルフィナがめちゃくちゃ楽しそうにはしゃいでいて、見ているこっちも楽しかったです。

 最近は布も幾らか渡してあったから、出会った頃と比べて結構みんな服装がしっかりしてきた。普通に街中を歩いても違和感がなさそうなくらい。今は特に寒い時期だし、温かい服が間に合って良かったよね。

 生地だけじゃなく、既成の服も持ってきている。事前に雑誌とかカタログを渡して大体同じものを買ってきているのでNGは今のところ出ていない。ちょっと行商気分で楽しい。

 中でもみんなが喜ぶものは『本』だ。専門知識を持っていても、今まで彼女らは頭に入っているものしか扱えていなかった。本さえあれば「そうそう、そうだった」みたいな情報も引っ張り出せる。薬草とか医療知識に関しては特に、記憶じゃ覚束ないことも多かっただろう。この村唯一の医師であるレナからは特に多く、本の取り寄せ依頼を受けていた。

 徐々にスラン村が豊かになるのを見ると、嬉しく思うし、わくわくする。領民を幸せにする領主になるのだ。他領と王家にはやや横暴ですが。

「アキラ様、玄関前の階段はこのくらいの高さになりますが、問題ないですか?」

「うん、イメージ通りだよ。ありがとう」

 あれから、モニカだけじゃなくってみんな、私のことを『領主様』って呼ばなくなった。モニカがそう促したのか、それぞれの意志でそうしているのかは分からないけど、そんなことを聞くのは無粋だろう。何であれ、前よりも仲良くしてもらっているみたいで気分が良い。

「おはよう、モニカ。ごめんね、先に物資を出してたら遅くなった」

「いえいえ、ご訪問ありがとうございます」

 時間通りにスラン村に到着したものの、迎えに来てくれた従者のユリアと共に目録に従って納品していたら、モニカの屋敷に到着するのが遅くなった。それをモニカが咎めることは無いと分かっているものの、待たせてしまったのは事実だ。申し訳ない。

「はい、これ。王様が出してたお触れ」

 門の周辺とか中央広場の掲示板とか、色んな所に張り出された上、駅前の号外みたいに各所で配られていたので一枚貰ってきた。

「ありがとうございます、これで一つ、肩の荷が下りた心地です」

「それは良かった」

 王様が公表した内容は結構多くて、一枚にびっしりと記載がある。しばらくモニカは、紙に書かれた内容をじっと読み込んでいた。私と女の子達は、淹れてくれたお茶を飲みながらしばし沈黙する。

「ねえ、モニカ」

「はい」

 読み終えた頃を見計らって、彼女を呼ぶ。視線が私を真っ直ぐに見つめてきて、その瞳が今は悲しみを含んでいないのを見ると、ちょっと怯んだ。告げようとしたことは、彼女を再び悲しい気持ちにさせるかもしれなかったから。

「……うーんと」

「言い難いことを言う前に私達に相談してほしかったわ。あなただから」

「ひどい!」

 間髪入れずにナディアのお言葉。発言に常に問題があるみたいな言い方はやめて下さい! だが反論の余地は全く無かった!

 モニカはナディアの言葉に楽しそうに笑って「構いませんよ」と、私に発言を促す。一度口を引き締めてから、じっくり言葉を選んで、続きを口にした。

「慰霊碑が建つまで待たなくっても、君達が望むなら、アグレルの屋敷に幾らでも連れて行くよ」

 私の言葉に、モニカから回された紙を読んでいたユリアとライラも、顔を上げる。

 約束では、慰霊碑が完成してから、全員をあの場所に連れて行くことになっている。だけど。……それで本当に良いのかなって、後から思った。

「どっちが辛いかは、私には分からなくてさ。当時のままの屋敷を見るのが辛いか、跡形もなくなってしまった光景が辛いか」

 慰霊碑が建てばもう、崩れた侯爵邸は無く、当時の惨状を思い起こさせる光景ではなくなるだろう。だけど、それよりも前。モニカ達が過ごしていた幸せな侯爵邸の形すら、何処にもなくなってしまう。

 どんなに傷付いた姿であっても。最後を見届けたくはならないだろうか。見届けられなかったことを、悔やんでしまわないだろうか。

「……そうですね」

 モニカは弱々しく、呟いた。最初に私が懸念した通り、彼女の瞳には寂しさと悲しさが同居した色が宿っていた。

「勇気のいる、決断ではあります。村の者も、それぞれ意見が異なるでしょう。……話し合ってみますので、少しお時間を頂けますでしょうか」

「うん。ゆっくり考えてほしい。取り壊しが始まるまでは、まだまだ猶予があるから」

 実は既に王様には、もし彼女らが見たいと言ったら、工事着手前に見せてあげたいと連絡をしてあった。

 その時に確認したところ、取り壊しが始まるとしてもまだ一か月から二か月ほど掛かるらしい。屋敷の内部調査も残っているし、それが終わってから慰霊碑建設の為の計画を立て、工事前の準備や測定、地盤調査も必要で。着手前に済ませなければならないことが沢山あるとのことだ。だから、存分に悩んでもらって構わない。

 改めて王様には、モニカ達の回答待ちだと伝えておこう。

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