第504話

 途中まではモニカの説明をみんなと一緒に大人しく聞いていた私だったが、王様へ最後に求めた痛快な要求のくだりには私も補足を入れ、めちゃくちゃ笑いながら話した。我慢していた分、思いっきり笑った。何度か女の子達に「もう分かったから」と宥められてしまった。どうしてさ。こんなに面白いのに。

「今後のことは定期的に報告させて、滞るようなら私がしつこく脅してくるよ」

 その辺りは私の領分。徹底的にやりますよ。腕を掲げて「任せろ!」と言うと、みんなが楽しそうに笑う。

「は~、さてそろそろ、盗聴も止めようかな……」

「あ、それって遠隔で止められるの?」

「うん」

 私がリンクを切れば、術が消滅するようにしてあるのだ。再びあの別邸に足を運ぶチャンスがあるか分からなかったので、その点は抜け目ない。

 屋敷が押さえられた後、しばらくうるさかったけど、夜になる頃には静かになっていた。多分もう屋敷の人間は別の場所に移送されたんだと思う。だから残っているのは城側の人間で、別邸の調査の為の人員とか、封鎖する為の兵士が居るくらいだね。

 切ったら、もう何にも雑音は聞こえない。

 しかも今はスラン村に居るのでとっても音が静か。うーん、ホッとします。今夜は一段とよく眠れそう。

「――アキラ様」

「うん?」

 余計な音の無くなった世界に、モニカの透き通った声が入り込む。私を呼ぶ音の変化に気付かなかったわけじゃない。ただ、知らないふりをしただけだ。

「本当に、ありがとうございました」

 彼女が頭を下げると、全員が立ち上がって頭を下げた。ケイトラントも今回は一緒だった。

「頭を上げて。私が何か善行をしたわけじゃない。あるべき形に戻っただけだ」

 それでも彼女らが失ったものは、何一つ戻ってこない。領地や爵位については、取り戻さないことをモニカが望んだんだけど。彼女らが本当に返してほしかったものは、もう、取り戻しようがないものばかりだ。

「君達が三年間、生き抜いたその結果だよ」

 本当に頑張ってきたのは彼女達自身で、三年前に失わなかったものを大切に今日まで守り通してきた。どんなに過酷な状況でも諦めずに、生き抜いてきた。それが今日この日の結果に繋がったのだ。

 私の権力は確かに絶大ではあるけれど。貸した手は、そんなに大きなものではない。最後ちょっと良いところを掠め取ったようにも思う。

「逃げることも隠れることも、もう必要ない。この村をこの先どうしたいか、ゆっくりみんなで考えてみてね」

 モニカが求めた通りにアグレル侯爵家の潔白を王様が広く公表してくれたら、今度こそ彼女達は胸を張って、どんな人達の前にも立てる。

 だけどまだきっと彼女らには実感が無いのだろう。私の言葉に、ほんの少し、戸惑いの色を見せていた。

「もう少し、外部と接触があっても良いかもしれませんが。……此処はアキラ様の隠れ家ですから。あまり広く開く必要は無いでしょう。我々にとっても、都合の良いものではありません」

「ま、そうだね。確かに閉じててくれる方が、私は助かるね」

 悪党の隠れ家ですからね! モニカは悪党とまでは言ってないが。

 でも「ほんのちょっと開く」というのも、具体的にどうしたいという展望が出てきたら、追々教えて下さい。私もそれに沿って色々動きます。

 少なくとも王様にはスラン村の存在を明かしたわけだし、「スラン村の為にあれとこれを用意しろ」と言えばその度にモニカの顔を思い出して従わざるを得なくなるに違いない。

 むしろこっちが求める前から色々物資を送ろうとする気がしてきた。その辺は、実際に起こってからモニカと相談しようかな。私だけでは手に余りそうなので。

「じゃ、私達はそろそろ帰ろうか。遅くまで、私の女の子達の相手をありがとう」

「私達が迷惑を掛けたみたいな言い方やめてくださ~い」

「むしろ私達からモニカさんにお礼を言うべきね」

「アキラちゃんの相手の方がずっと大変だよねー」

 ちょっと挨拶しただけなのに酷いことを言われている! ルーイの最後の言葉には女の子達が全員同意を示して頷いているし、スラン村の人達もくすくすと笑っている。酷いよ!

 ぶちぶち文句を言っても「はいはい」とラターシャに宥められ、しょんぼりしたままでジオレンへと転移した。ぶちぶち。

「アキラちゃん、お疲れ様」

「んー」

「まだ拗ねてる?」

 いやもう拗ねてないです。軽く覗き込んできたラターシャに苦笑する。

「大丈夫だよ、ただ本当に疲れたから、軽く晩酌してから私は寝るよ。みんなは遅いからもう寝なさいね」

 全員もうお風呂は済ませているので、寝支度したらお布団に行って下さいな。私は彼女らに背を向けると、ダイニングテーブルにお気に入りのワインを一本置く。ついでにちょっとおつまみでも用意しようかなってキッチンに立った。

「それは……」

「ん?」

 振り返ったらまだみんなそこに居て、立ったままだ。私を見つめる目が何処か、不安というか。悲しそうに見える。

「一人の方が良いの?」

 言われた意味が一瞬分からなくって、みんなの顔を見ながら、二度の瞬き。あー。なるほどね。気付いたら、思わず口元が緩んだ。

「ううん。ナディとリコも飲む? ルーイとラタも、何か温かいものを淹れようか。外で待ってるのは、寒かったでしょ?」

 四人が同時に頷くのを見て、その様子が可愛くて、また笑った。

 ちなみに女の子達は全員冷えてそうだったから、まずはアルコールを飛ばしたホットワインを四人分作ることにした。私は応接間に居て全く寒くなかったので冷たいワインを飲むけどね。なお、ホットワインを用意する脇で私が作ったおつまみを見て、みんなが「多い」「夕飯食べたよね?」と引いていた。まあ、うん、疲れたからカロリー摂取が必要なんだということにしておく。

 女の子達はホットワインを飲みながら、新しいホットワインレシピの考案に盛り上がっていた。このレシピを考えるの本当に楽しいよね。以前ナディアとやった時もめちゃくちゃ盛り上がったもんなぁ。そんなことを思いつつも私はあまり口を開かず、食べたり飲んだりするのみ。

 一杯のホットワインを飲み終えたら子供達は就寝して、三人だけでゆったりと晩酌を続ける。

「気は晴れそう?」

 静かになった部屋で、眠る子供達を気遣うようにやや小さな声でリコットが問い掛けてきた。

「平気だよ、苛々はしてない。ちょっと、なんだろ、気持ちのリセット中」

「そっか」

 私の中に怒りが充満しているわけではない。ほんのちょっと欠片は残っているものの、頑張って消化しないと儘ならないような気分じゃなかった。ただ少し、ひと息つきたかっただけ。

「でも私も、変な緊張がようやく取れた気がするよ~」

「私もそうね……今回は本当、気疲れしたわ」

 あらら。そっか。私だけじゃなくてみんなも、流石に城との此処まで大きな不和というか、騒動は気を揉んだよね。そういう意味ではこの晩酌、二人にとっても良かったのかもしれない。私からも労うように、二人に新しいワインを注いだ。

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