第503話_スラン村帰還

 ジョットは先程の内容を契約書としてすぐに書き起こしてくれた。王様とモニカ双方でサインを取り交わし、私とベルクとクラウディアが、立会人としてサインを入れる。

 慰霊碑は完成次第、また連絡してくれるとのことだ。その時は私が責任を持って、スラン村全員を転移魔法でそこへ連れて行くことを約束した。

「……ベルク、クラウディア」

「はい」

 王様は、彼らにも控えの紙を直接渡しながら、二人の名を呼んだ。クラウディアの返事はベルクの声に重なってほとんど聞こえなかった。彼女は憔悴している様子だった。

「俺は、我が身の可愛さに国民を殺した男だ。今の俺に対する嫌悪を、よく覚えておいてくれ。そして……」

 王様は、少し視線を下げる。微かに項垂れたようにも見えた。

「どうか俺のようには、ならないでくれ」

 私とモニカは、彼の情けない懺悔をぼんやりと見つめる。いや、ぼんやりしていたのは私だけだな。モニカはずっと凛としていて、しゃんとしています。

「お父様を、軽蔑します」

 憔悴して声も出せないと思ったクラウディアが、震える声で言った。彼女の目には、涙が浮かんでいた。

「お母様が愛したのは、あなたの、そのようなお姿では無かったはずなのに。……本当に恥ずかしい」

「僕も、父上を目標に努力し続けてきた自分の心が、裏切られた思いです」

 クラウディアは唇を噛み締めて俯き、ベルクは握った拳を震わせながら、王様を睨み付けていた。二人からの容赦のない言葉に、王様は力無く「ああ」と応える。

 まあしかし。

 そっちはそっちで勝手に仲直りしてくれ。せんでもいいが。何にせよ私らがその口論に立ち会う義理は無い。

「ところでさぁ」

 なので会話途中かもしれないが、割り込ませて頂く。彼らは驚いた顔で私を振り返り、そして私のそんな横暴な振る舞いに、隣のモニカは小さく笑ったようだった。

「王妃の今のご容体は?」

 私が先日「王妃を殺すぞ」って散々脅したせいか、王様は私の口から王妃という単語が出てくるだけでやや緊張を見せる。しかし警戒して固まるようなことはせず、速やかにソファに戻って正面に座り直した。

「厳しい状態が続いています。内臓の機能が衰えていて、食事も満足には取れないとのことで」

 ふうん。私は僅かに残っていた冷めた紅茶を傾けた。そして王様ではなく、モニカの方へちらりと視線を向ける。

「モニカ、念の為に聞くけど」

「はい」

「お友達だっけ?」

「……そう、ですね。今となっては何と呼ぶべきかも難しいところですが、……幸か不幸か、今も王妃殿下に悪感情はございません」

 私は小さく息を吐いて首を捻る。もしもモニカが王妃のことも憎んでいて、苦しんで死んでほしいくらいの想いでいるなら、これは言わなくても良いかと思ったんだけどなぁ。

「君らと違ってさ、私は考え方が根本的に悪党なんだ。だから思うんだけどね」

 その違いが、『発想するかどうか』の境目だと思うんだよね。だけど綺麗な人達は私の言葉の意味も分からない様子で、怪訝な顔をしていた。

「……主治医は誰の紹介で、何処から来たの?」

 静かになった部屋、王様の視線が一度落ち、そして上がった時に、その瞳が恐怖に染まる。

「『誰かさん』にとって、あまりに都合がいいことだと思わない? 王妃が体調を崩して、心労が一因で、刺激しないようにしなきゃいけないなんてさ」

 そもそも王妃が体調を崩すタイミングも、この世界にしては不自然なことに思った。末っ子である二人目の王子が生まれてから、かなり年月が経過した後の、突然の不調だ。心因もあると言われたとのことだけど、その日に至るまでは兆候の欠片もなく健康だったと言う。

 しかもこれといった病気ではなく、流行病でもなく、『病弱』になっている。そのタイミングが、あまりに不自然に思えた。第二王子の産後すぐであればまだ理解は出来るが、それから八年か九年が経過した後ってのはなぁ。まだ当時三十代だったはずの女性だろう。

 後天性の免疫不全でも発症したなら分からなくもないが、それなら逆に、今日まで騙し騙し生きていられた方がおかしなことだ。この世界の医療技術では免疫不全に対する治療などまともに出来るはずがない。だから、そうだとしたらとうに亡くなっている気がする。私には医学的知識が無いから、おかしいと断言はできない。実際にはただ、軽めの免疫不全が発症してしまっただけとか、何か他の病気で、医者が見付けていないだけかもしれないけど。

 どう捉えてみてもやはりが気に掛かって仕方がない。

「一旦、今とは別の医者にも診てもらうことをお勧めするよ。現在の服薬の内容も、全部ね」

 ちょっと間を空けてからそう告げたが、王様達はまだ私が投げ込んだ疑念を受け止め切れていない様子。本日最大の動揺を見せている彼らを横目に、私はモニカの方を向いた。

「もうちょっとこれ見てる?」

 真っ青で汗だくの王族達、珍しくってそれなりにいい眺めだろうと思うんだけど、どうだろう。そんなつもりで聞いた私の考えもちゃんと伝わっているみたいで、モニカは眉を下げ、くすくすと笑う。

「いいえ。スラン村へ帰りましょう。皆がきっと心配しているでしょうから」

「そうだね」

 その掛け合いを最後に、私達は断りもなくサッサと立ち上がる。本来であれば王族相手にこんな不作法は許されないだろうが、私達には該当しない。当然、彼らがそれを咎める様子など微塵も無く。王様は慌てて立ち上がって挨拶をして、転移する私達を見送ってくれた。

「たっだいま~」

 行く時と同じ場所に転移で帰れば、スラン村の全員がそこに居た。びっくりした。

 ほぼ野営状態。門の正面にある広場に大きめの焚火がされて、食堂とか、その周辺でみんな待っていたみたい。私の女の子達も居る。あっ、そうだ、まずこれを報告しなければ!

「あのねぇ、爆発しそうになった! モニカに止めてもらった!」

 第一声でそう報告したら、スラン村の人達がぽかんとする一方で、私の女の子達が堪らない様子で笑い出す。

「頑張って我慢するって宣言してたのに~」

「だめだった!」

「駄目だったじゃないのよ、もう……。ご迷惑をお掛けしてすみません、モニカさん」

「いえいえ、とんでもございません。私の為に怒って下さいました」

 間抜けなご報告により、場の空気がちょっと和む。気遣いだったら格好いいけど、実はわざとではない。怒られる前に自分で報告しよう! って思っただけでした。結果オーライ。

 その後、やや緩んだ空気の中、モニカが城でのことを説明してくれた。自分で説明しなくて良いって、楽だなぁ~。

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