第502話

「今回の為に、誤魔化しようのない規模で兵を動かしました。これは秘密裏に片付けるつもりは無い、という意志表示でもあります。あなた方に対しても、フォスター侯爵家に対しても、他全ての貴族に対しても」

 まあ、確かに。これだけ大規模に動いておいて何の説明も無ければ国民が不審に思うだろうし、平民に知られたら貴族以上に情報の歯止めは効かない。インターネットが無いから広がらないかなと思ったエーゼン砦での大暴れも、即行でレッドオラムまで広まっていたからね。意外とこの国の商人達が運ぶ「噂」はバカに出来ない。

「私とフォスター侯爵家が犯した罪は、国民に広く伝え、私は王位を退く心づもりです」

「父上……」

 ベルクは驚きの声を上げつつも、反対の声は、上げなかった。今、私とモニカを前にそれを口に出来ず飲み込めただけ、父親よりもまだ理性的だと思うよ。

「王妃にもこれ以上、隠し立てすることは不可能でしょう。彼女に直接会い、全てを打ち明けようと思います。……どのような結果になろうとも、こんなことは、すべきではなかった。最初から、私が間違っていたのです」

 今の彼は、王というより、ただ一人のちっぽけな人間に見えた。

 きっと過ちを犯し続けた彼は、ただの人間だったのだ。国王という立場も何もかもが見えなくなった、弱い人間でしかなかったのだ。

「モニカ嬢にはこの場で殺されようとも、一切の罪に問いません。あなたの望む形で、私は罰を受けたいと思っています」

 王様はそう言うとその場で立ち上がり、モニカに向かって、深く頭を下げた。

 一国の王が、国民に向かって頭を下げるというのは、救世主って立場の私に下げるのとは全く意味が違うよな。私は呑気にその光景を眺めた。するとモニカがこっちを見たので、彼女の方に視線を移す。

「モニカの好きにしたらいいよ。私は君の望みを叶える為に此処に居るから」

 私の意見を窺う意味での視線だろうと思ったので、そう答える。

 もしもモニカが全員を殺したいと言うなら、そうしよう。

 って付け足そうかと思ったけど、それは飲み込んだ。真っ青になって汗ばかり流している王様達への配慮ではない。

 私が告げるように簡単に、「そうだ殺そう」と決めて殺された家族を持つモニカへ告げるには、良くない言葉だと思っただけだ。時々ちゃんと働くブレーキである。

 モニカは静かな声で王様に着席するよう促し、彼が着席すると再び淡々とした声を続けた。

「私の言葉を聞いて頂けるなら、幾つかお願いしたいことがございます。まず……アグレル侯爵家の元領地は今、フォスター侯爵家が治めておりますか?」

「はい」

「ではそれを没収し、オルソン伯爵の領地と統合して下さい」

 オルソン伯爵領というのは北部の東端にある領地で、こちらもアグレル元侯爵領と隣接していて、フォスター侯爵領とは逆隣りだそうだ。曰く、アグレル侯爵家とは古くから家族ぐるみの付き合いがあり、心から信頼している家なのだとか。王様は頷きながら、ジョットに指示をしてモニカの言葉を書き止めさせた。

「残りのフォスター侯爵領もこれから差し押さえられるのでしょう。そちらは王家の采配にお任せします。しかし当面は王家が監視し、不正や、領民への不当な搾取をしないように徹底をお願いいたします」

 こんなことは言われるまでも無い当然のことなのだけど、敢えてモニカがこれを口にした、しなければならなかったという情けなさを噛み締めるように、王様が低く「はい」と応える。

「最後に、私の家族……アグレル侯爵家には一切の罪が無かったことを国民へ知らしめ、あの屋敷で犠牲になった者全ての為に、侯爵家跡に慰霊碑を建設して下さい。そしてこの先も決して、慰霊を絶やさぬように尽くして下さい」

 今モニカはこの要求を『最後』だと言った。私は誰にも聞こえぬように息を吐く。

 きっと、私がモニカのように清廉な心を持つことは一生無いだろう。こんなに真っ直ぐな復讐があるだろうか。モニカは色んなものを背負って、アグレルの名に恥じない自分を貫き通しているのだ。それが彼女の、復讐なんだと思う。

 視線を落とした私に気付かず、モニカは言葉を続けていく。彼女は私が予想した通り、「陛下が王位を退くことは望みません」と言った。

「救世主様の召喚が成功しているということは、魔王の危機が迫っているということ。国は今、絶対に乱れてはいけません」

 フォスター侯爵家の取り潰しや不正は、そこまで大きな問題にはならないだろう。彼の領内ならともかく、領地外の市民の多くは、貴族のことをよく知らない。貴族らの中では有名な人であったとしても、その名前を聞いたことが無い市民も多いのだ。「貴族らの中でそんな騒ぎがあったのか」で、酒場で話題に上がって終わりかもしれない。

 だが、対象が王様となると、話はまるで変わってくる。

 市中では賢王として有名なガレン国王。彼の不正は、おそらく全ての王族・貴族に対する不信となり、王位がベルクに継がれたところで不信は続く。信頼を裏切るという行為は、一朝一夕では取り戻すことはできない。現時点で広く信頼されている彼だからこそ、大き過ぎる影響が出ることは必至だ。

「ですから陛下のなさったことは、このまま隠し通して下さい」

「しかし、それは――」

「ええ。フォスター侯爵家が我が家に行ったことを、あなたが、あなたの手で。フォスター侯爵家に行うのです」

 モニカの言葉に、私は笑みが隠しきれなかった。つまり。

 全ての罪を、自分の意志で、フォスター侯爵家になすりつけろとモニカは言ったのだ。なるほど、それは残酷で良い!

 真っ白で美しい為政者のままで、残酷な復讐ってのは最高だね。思わず膝を叩いて喜ぶところだった。

 フォスター侯爵家に対する罰としても、自分が昔にやったことがそのまま返ってくるって状況が楽し過ぎるし、王様は『償い』と言って逃げることもできず、確かな罪をその手で犯し、新しい罪悪感をこの先もずっと抱えなければならないのだ。本当にこれはめちゃくちゃ楽しい。

 しばらく苦しげに呼吸を繰り返した王様は、モニカの願い全てに、了承を告げる。私は、高笑いしたい気持ちを必死に飲み込んでいた。笑うのはスラン村に帰ってから思いっきりやろうっと。

「モニカ嬢にはアグレルの名も、侯爵位も、即座にお返し出来ますが」

「いいえ。それは結構でございます。私はこの先も、領主様がお与え下さったスラン村で、ただの村長として生きて参ります」

 これは私にとってもやや意外なことだった。取り戻せるなら、取り戻したいかもしれないと思っていたから。だけど貴族社会の中で懸命に生きた末に与えられたあの仕打ちを思えば、モニカはもう、ウェンカイン王国の為に生きて尽くすことを、あの頃のような気持ちで貫くことが出来ないと思ったのかもしれない。

「あの村で、この命が尽きる日まで。……あなた方の『善政』を祈り、見つめておりましょう」

 威圧感すらもあるモニカの言葉に、王様は再び深く頭を下げて、「はい」と静かに呟いた。同じくベルクとクラウディア、そしてジョットも、モニカへと頭を下げていた。

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