第501話

 私の気配が緩むと、テーブルの向こう側の四人は静かな息を吐き出し、誰もが汗を頬に伝わせている。まあ、これ以上はモニカに任せて何も言わんが。多少は私の怒りを理解してもらえたということにしよう。

「陛下からのご説明は、以上でしょうか」

 冷静な声で、モニカが王様に問い掛ける。王様はゆっくりと息を吸ってから、静かな声で応えた。

「当時のことについては、これで以上になります」

 他に質問があれば何でも応じると続けた王様に、モニカが頷いた。

「フォスター侯爵家をすぐさま捕らえるようにと、領主様が要請されたと思いますが。その後は?」

「即座に捕縛の準備を整えまして、当主と夫人、嫡男は昨夜の内に捕らえました」

 あー。あの真夜中の大騒ぎね。悲しい寝不足を思い出して目を細める。

 何処かの屋敷から『順番に』って動くと後続の屋敷から逃亡者が出るってことで、タイミングを昨夜の深夜二時に合わせたらしい。領地にある本邸、王都とジオレンにあるそれぞれの別邸は、屋敷に居た者全員が一旦捕らえられ、一人ずつ事情聴取中だそうだ。本家筋はそれでもう全員で、あと残っているのは、侯爵の従兄弟などが継いでいる分家のみ。そちらも順次、手が入る予定だと言う。

 そして嫡男アンディがジオレンへと向かわせる予定だった兵と魔術師は、まだ準備途中で王都に留まっていたとのことで、一緒に捕らえたらしい。私個人としてはそれが一番の懸念だった為、間に合ってくれた事実にちょっとホッとしていた。

「また、アキラ様からお話を聞いていた巨大魔道具については、領地の本邸とジオレンにそれぞれ一つずつ、保持しているのを確認しました」

「そう。やっぱり領地にも持ってたか……」

 領地付近での『行方不明者』についてはそれが原因だろうな。王様達もそのように予想しているらしく、痕跡や証拠集めも現在、本邸や別邸を徹底的に洗って探しているところだと言う。まあ、アホだから証拠隠滅していないだろうし、その点はあんまり心配していない。

「それにしても、随分――あ、ごめん。ちょっとだけ疑問」

「どうぞ、構いません」

 モニカと王様の質疑応答タイムだったのに遮ってしまった。遅ればせながら断りを入れると、王様は問題無いというように頷き、モニカも頷きながら、ちょっとだけ表情を緩めていた。いつも思うけど、モニカって私のこと子供だと思ってるよね。あなたから見れば確かに子供なんだが、いちいち照れ臭くなるんだよな。

「兵の到着が早いよね。フォスターの領地もジオレンも、王都からはかなり距離があるけど、どういう仕組み?」

「はい、今回のものは王都からの出兵ではなく、各地に駐在させている兵らになります」

 なるほど、そういう出兵もあるのか。

 ウェンカイン王国は領地の自治を領主に一任する一方で、補助と監視の両方の意味で、王宮所属の兵が各地に駐在している。癒着を防ぐよう定期的に人員は入れ替えられており、ある程度は他の貴族から息の掛かっていない兵であるそうだ。

 特に今回はフォスター侯爵家が相手である為、他領に駐在させている兵らに実行させ、フォスター侯爵領に駐在させている全ての兵には、王宮帰還の命令を出したとのこと。フォスター侯爵は思った以上に愚かなので、駐在兵も別に取り込んでいないかもしれないが、念には念をってことだろう。

「王宮との連絡には、通信魔道具を利用しています」

「あー三文字のやつ」

 私が王様やモニカにあげた音声式の魔道具ではなく、一回に三文字しか送れない不便な魔道具だ。でも他には手紙しかやり取りの手段がないこの世界では、それでもかなり重要な通信道具である。

「はい。ただ、今回は緊急連絡が必要となる可能性も高いので、駐在地に保持されている全ての魔道具を使用させました」

 どういうことだ? と首を傾けると改めて説明してくれた。

 通信魔道具は高額の為、普通は一個だけでチマチマと利用することが多いそうだけど、城が本気を出せばかなりの数を掻き集められる。よって今回の作戦で動いている部隊は平均で六個、つまり合計十八文字の通信が一気に可能とのこと。なるほどね、足して使えば一気に送る文字が増えるんだね。それを利用して普段よりも円滑な情報共有が出来ているみたいだ。

 ちなみに足りない分は周辺から買い集めたそうです。とんでもない費用が掛かってそう。いい気味。

「ありがと、すっきりした。邪魔してごめん。続けて」

 私が再び沈黙する姿勢を取ると、緩く頷いたモニカが改めて、王様に向き直る。

「アグレルの屋敷は今、どのようになっておりますか?」

「処理はフォスター侯爵家の主導で行われ、遺体などの撤去、証拠品押収の後は完全に封鎖されており、ほぼ当時の状態のままとなっています」

 あー。え? そういう話ならもしかしてフォスター侯爵は、モニカ達が使った隠し通路を今も見付けていないんじゃないだろうか。聞いている限りあの通路は、屋敷の取り壊しなどがしっかり行われれば見付かるだろうと思ったものの、焼け崩れた状態で見付けられるとは思えない。本当にバカだな。ある程度はそんなことも予想の上で、徹底して内部調査するだろうに。何だその「途中で面倒くさくなった」みたいな半端な処置は。

 さておき王様が言うには、三年前の処理はフォスター侯爵家とその息が掛かった貴族だけが行い、王家や、アグレル侯爵家と親しかった家の介入は無かった。親しかった家については『介入できなかった』が正しいだろう。下手に動いてはアグレル侯爵家の二の舞になる可能性が高い。つまり、誰も手出しができなかったのだ。侯爵家ほどの大きな家が潰されたのを見れば、そうもなるだろう。

 だけど今回。フォスター侯爵領へ兵を派遣したのと同時に、旧アグレル侯爵家にも調査用の兵を派遣しており、現在は内部を確認中とのこと。

 今のところはフォスターがその屋敷を何かに利用している気配は無いという。無用な出入りを領民に見られるのが嫌なのかもしれないな。しかし、貴金属の類は一切が消えており、当時、その報告は上がっていない。おそらくフォスター侯爵が回収して金に換えているんだろうってさ。

 いやー、強欲だな。「盗賊などが入り込まないように全て回収した」とか言って一部でも王宮に提出しておけば、少し抜いたくらいはバレないかもしれないのに、全部を懐に入れるから「これは盗ったな」って思われるんだよ。

 だが結局そんなことも三年間ずっと誰にも指摘されなかったわけだし。一番のバカは目の前に居る王様であって、フォスター侯爵ではないとも言えるかもしれない。実際、ずっと王様を手の平で転がしていたわけだもんな。

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