第499話_ウェンカイン王城再訪
転移は初めて経験するとバランスを崩しやすいが、出来るだけ、その様子が王様達には分からないように支えてあげた。モニカは俯いて微かに笑い、私にだけ聞こえる声で「ありがとうございます」と囁く。いえいえ。これは私の責任で行うフォローです。
そして到着した応接間には、王様と、先日同席した側近さんの他に、ベルクとクラウディアが居た。お茶係としてのカンナも。衛兵らは既に姿が無かった。もう人払い済みかな。その上でこの面子が揃っているんだと思って、「へー」と思った。
「ようこそお越し下さいました。アキラ様、……モニカ嬢」
モニカの名を呼ぶ前に、王様は複雑な色を目に宿していた。真ん中にぎゅっと寄った眉はまるで痛みを堪えているようだ。
やや気分が悪い。辛いのは断じてお前ではない。眉を顰めた私と違い、モニカは涼しい顔で軽く会釈をした。
「ご無沙汰しております、国王陛下。お変わりございませんようで何よりです。第一王子殿下、王女殿下も……ご立派になられましたね」
丁寧に挨拶を告げるモニカだが、いつもの笑顔など一切無く、声も冷たくて硬質だ。部屋がぴりりと緊張したのを感じる。
「どうぞ、お掛け下さい」
王様に促されるまま、私とモニカはソファに座った。その正面には王様だけが座り、残り三人は彼の後ろに立った。
「カンナ、お茶の用意が済めば、下がっていてくれ」
「畏まりました」
王様の指示通り、カンナは三人分のお茶の用意を終えると速やかに立ち去って行った。凛としていてブレのない仕事姿が今日も素敵です。ひと時の癒し。
さておき。彼女の姿が見えなくなるのを見守ってから、まず私から口を開いた。
「改めて。私の領地で村長をしてくれている『モニカ』だ。今のところ、私の正式な臣下は彼女一人だけ」
私の紹介に応じる形で、モニカが軽く頭を下げる。
「出身はアグレル侯爵家。三年前にフォスター侯爵家によって夜襲を受け、モニカを除いて血筋は全員が死んでいる。今日はその事件についての詳細を聞きに来た。王様の口で、全ての真実を教えてほしい」
今回の訪問の用件をわざわざ言い直したのは、後ろのベルクとクラウディアの表情を見て、彼らがまだ何も知らないんじゃないかと思ったから。あと、モニカも私がこれを要求した日には居たわけじゃないからね。ちゃんと言い直すのは大事です。これで全員、同じ認識で話が出来るでしょう。
王様は私の言葉を噛み締めるように「はい」と言い、背後に控えていた側近さんから資料と思われる紙の束を受け取った。
「まず、此方におります側近のジョットは私の部下の内、当時の真実を知る唯一の者でございます。他の部下は勿論、王妃、王子、王女は何も知りません」
静かに控えているベルク達は今、不安そうに私達のテーブルを見つめている。嫌な予感がしているんだと思う。モニカが善であれ悪であれ、私がモニカ側に居る状況を見る限り、王族にとっては悪い方向にしか転がりようがないからだ。
「ベルクとクラウディアにはこの機に全てを話そうと思い、此処に呼びました。最後まで同席させて宜しいでしょうか」
「私はいいよ。モニカは?」
「構いません」
むしろ、次代にこの国を背負う者として、そうあるべきだろう。
ちなみに此処に居ない二人目の王子は、未成年だった気がする。それで居ないのかな。もしくは以前の晩餐会でも言っていたように王妃の傍に誰かが残らなきゃいけないから、来られなかったのかも。まあいいか。その辺りは王族らが決めることだ。
「約三年前、アグレル侯爵家は『国家反逆の兆しあり』とフォスター侯爵家によって取り押さえられ、屋敷からは多くの犯罪の証拠が挙がったと、表向きはそのように報告され、広く知られております。しかしその全てが偽りです」
あっさりと開示された事実は、何も知らない者からすれば衝撃的だったのだろう。後ろのベルクからは一拍置いて微かに「は?」と声が漏れていた。クラウディアは目を見開いて固まっている。
「まずは、フォスター侯爵家からの報告書、全てを開示いたします。ご不快に思われるでしょうが……」
「お気遣いなく。全てを知る為に参りましたので」
モニカがそう答えると、王様は微かに頭を下げる仕草を見せてから、資料を一枚ずつ私達の前に出して、その内容を説明していく。
フォスター侯爵家から送られてきたらしい報告書の内容は、モニカが「漏れ聞いた」と言っていた内容とほぼ一致していた。竜人族を多く領地に招いていたのは友好の為ではなく私兵の強化の為で、セーロア王国と結託して反逆をする為だった、という説明だ。復興費用の虚偽報告や、脱税についても、証拠と言ってフォスター家が出したと言う資料を見せてもらえたが。
「あっはっは! これは傑作だな」
黙っていようと思ったんだけど、想像を上回る面白さだった為、お腹を抱えて笑った。モニカも隣で失笑している。
「ち、父上? 冗談ですよね、この、こんな報告書は……」
後ろで、側近さんから渡された同じ資料を見つめていたベルクとクラウディアは真っ青になっており、ベルクに至ってはそう告げる声が異様なほどに震えていた。
「……ベルク、お前ならこの報告、どう思う」
「こんなものが証拠になるわけがありません! そもそも数字が全く合いませんし、一枚目と二枚目で、主張に明らかなズレがあります!」
そうなんだよね。この報告書を見ただけでもう、フォスター侯爵家の方がアホだって分かるんだよ。うっかりの記載ミスにしては数字も主張も、ズレ方が明らかにおかしい。どう見てもこれは、
王様は、ベルクの言葉に二度、頷いた。
「ベルクの指摘通り、この報告書はあまりに
フォスター侯爵が望んだほど、王様はこれを形骸的には扱わなかったようだ。まあ、それでも結果は知っているから、そんなことで見直す気にはなれないが。
「全ての数字は、フォスター侯爵家の過去の帳簿から使われたもののようです。自らの家が実際に付けた数字……つまり、自らの脱税を、この資料に載せたのです」
なるほどねぇ。敢えておかしな数値を作り上げて報告書に書いたんじゃなくて、実際に自分達がやっている犯罪だから、そのまま書いたわけだ。それなら何も考えなくても辻褄が合うだろうって思ったのに、数字を使う月を途中から間違えたらしい。レベルの高いバカである。
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