第498話_スラン村
日が昇って、みんなも起きて。全員での朝食を終えた頃。
「うう~、眠いよ~」
「お、お疲れ様……」
私はみんなに報告というか愚痴のような形で昨夜の件を伝える。女の子達はちょっと苦笑いで労ってくれた。
だって大きな音と騒ぎの声で叩き起こされてから明け方まで、ずっとうるさかったんだよ。ふざけてる。悲しい。私があいつらを押さえろって王様に要請したんだけどさ。眠いのでよく分からない理不尽な怒りを覚えていた。
「今日はちょっとでも寝てなって。早速カウチ使ってさ。ご飯なら私らが用意するから。ね?」
リコットが優しく背中を撫でてくれるだけで安心してしまって、眠気が襲ってくる。それがすぐに分かったのか、リコットは私を昼寝用カウチに促すと、肩をとんとんしてくれた。
何という強力な睡眠導入……これには抗えない……。私は三十秒くらいで寝たと思う。
今夜にはモニカを連れて王城だ。それまで、可能なだけゆっくり休むことに徹しよう。
すぐに寝入った私をみんなが可笑しそうに見つめているのも知らないでぐっすり休んでいた私は、昼に一度起こしてもらって昼食だけ取り、その後もまだまだ寝る――予定だったけど。おやつの時間くらいに、目を覚ました。
「んむ……」
少し愚図るような声を漏らして起き上がった私に気付いて、リコットは笑いながら傍に歩いてくる。
「どうしたの」
「ん~~」
背中を撫でられるとまた眠りそうなんだが。眠気を振り払うように、私は軽く頭を振った。
「モニカが呼んでる……」
彼女からの通信で、目を覚ましたのだ。すぐに理解したらしいリコットの手が、宥めるみたいに二度、私の背を叩いた。ちょっと精神を落ち着けてから『ごめん寝てた』と返すと、モニカは『申し訳ございません』と本当にすまなそうに言った。
「……あー、私のがある、好きに使っていいよー」
眠たくて思念と声が分けられなかった私は、一人で声に出して喋る。ちゃんと思念も入っているのでモニカにも届いているものの、傍から見ればただの奇行だ。みんなからは怪訝な目が向けられていたが、大いに寝惚けている私には分からない。
モニカと会話しながら収納空間から取り出した幾つかの袋を、そのまま向こうへと送る。
「そうだ、服は? 一応これとか、あと、これとかあるけど」
目の前に居ないのに『あれ』や『これ』が伝わるはずもないが。私はまた袋ごと服を送った。
「そう? 良かった。じゃあまた夜に」
通信を終えて、むにむにと目の辺りを擦っていると、ラターシャが濡れたタオルを持ってきてくれる。それで顔を軽く拭く。目が覚めてきた。
「……私、今、全部喋らなかった?」
「はは、うん、喋ってたよ」
ようやく、普通に声で応じていたことに気付く。みんなが楽しそうに笑っていて、私も苦笑いで返した。恥ずかしいです。このシステムを作った時は「私なら他の人と話しながらでもこれくらい上手くやれる」と思っていたのに、寝惚けていただけで完全に崩壊しているんだから。
「モニカさん、どうかしたの?」
「ん、いや」
羞恥に眉を寄せたのが深刻な顔に見えたのか、ラターシャが心配そうに尋ねてくる。私は笑顔で首を振った。
「ユリアとライラがさ、王様との面会にモニカの身支度を整えたいって言ったみたいで。化粧道具を用意できないかって」
「ああ~」
ユリアとライラとは、いつもモニカの傍に付いている従者さん二人のことだ。流石にみんなももうスラン村の住民は名前を覚えている為、わざわざ分かりやすく『従者さん』と伝える必要も無い。
さておき。モニカの身支度について。今はスラン村だけで生活しているとは言っても、元は貴族様だからね。そして今回はこの国のトップである王様との面会。
「モニカは今のままで良いって言ったらしいんだけどね、二人の圧に負けて連絡してきたみたい」
どちらの意見も分からなくはない。
モニカとしては、着飾ることを避けたいのだと思う。あまりにも身綺麗にして現れたら、家を潰された後もまるで苦労せず贅沢をしていたように見られるかもしれないから。だけど従者の立場からすれば意地みたいなものがあると思う。今もモニカは彼女らにとっての絶対的な『主』なのだ。みすぼらしい姿を王の前に晒したいとは到底思えないのだろう。
とりあえずモニカはそんな二人の圧に負けたのだから、私がとやかく言うことは無い。そのまま彼女らの間で攻防してもらうことにしよう。という考えで、私は望まれるまま、持っている化粧道具と服を送った。
服装は私も一応、選択肢を与えようと思って事前にモニカのサイズで幾つか用意していたから丁度良かった。私が行くよりも先に支度を整える気なら、服も向こうで決めてくれたらいい。私はいつも通り、普段着で行くけどね。
そして、その後は結局もう起きた。中々たっぷり眠りました。
今日の睡眠不足はそんなに酷かったわけじゃないんだけど、多分、フォスター侯爵家の音がずっと聞こえているって状態が、降り積もってそれなりに疲労となっていたらしい。日中だけならともかく、夜もずっと聞こえていたからね。
リコットに寝かし付けてもらえて幸いだったな。かなり疲れが取れて、すっきりした。
そうして体調がきちんと整った状態で夜を迎えられた私は、やや緊張している女の子達を連れ、スラン村を訪れる。
時間を事前に伝えてあったからだろうか。モニカだけじゃなく、スラン村の住民全員が門の傍に集まっていた。彼女らにとっても、今日は本当に大切な日だろうからね。
「うん、綺麗だね、モニカ。良く似合うよ」
私が送った内の一つ、聖職者のようにも見える白基調のローブとケープに身を包み、いつも以上に丁寧に整えられた髪は軽く編んで横に流されている。薄化粧ではあるものの、普段と違ってずっと顔色が良く見えたし、美しい印象が強い。でも派手さや贅沢さは全く無いから、ユリアとライラは上手く整えたなと思った。モニカの上品さを最大限に押し出しつつも、控え目なのだ。
「モニカ様を、どうぞよろしくお願い致します」
二人が揃って、私に頭を下げる。周りで控えていた村の人達も一緒に頭を下げていた。前回は私に頭を下げる様子の無かったケイトラントも、思い詰めたような顔で一歩前に出て、同じく、頭を下げてくる。
「同じ言葉しか言えないが。……本当に、頼む」
「うん。分かってる」
分かっているよ。みんなの不安も、どれだけモニカを愛し、大切に想っているのかも。
「モニカ」
「はい」
私はモニカの正面に立ち、彼女を見据える。彼女もまた真っ直ぐに、私を見つめていた。
「君は私に命を預けると言った。なら君の命は今、私のものだ。そうだね?」
住民らの表情が強張る。モニカはそれを知っているのだろうに、淡々と「はい」と答えた。
「――私は君に、命を投げ出すことを許さない」
はっきりと言い放った言葉を受けて、モニカが無防備に目を丸める。
「そのカードは切らない。絶対に。いいね。その上で今から面会に行く」
言い聞かせるようにして告げれば、彼女は少し力が抜けた様子で笑い、そして静かに、「承知いたしました」と応えた。他のみんなの表情にも、安堵の色が滲む。
「必ずモニカを無事にこの村に返す。大丈夫だよ」
私は最後に改めて全員へそう告げてから、モニカを連れて、城に転移した。
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