第497話
「本当に入って良いの?」
「……だから呼んだのよ」
大きな桶にのんびりと浸かるナディアは、髪を結い上げていた。ドレスアップした時を除いてナディアはいつも下ろしているので、新鮮な感じがする。可愛い。
いそいそと服を脱いで、私は洗い場へ。可愛いナディアを眺めるのも悪くないが、早く洗えと怒られそうなのでちゃんとしましょう。頭からさばーとお湯を被り、せっせと髪を洗う。髪と、それから顔も洗い終えて、さて次は身体を――と思ったところで、ナディアが徐に「アキラって」と話し掛けてきた。
「うん?」
「水、いえお湯を汲み上げて洗うのは、もしかして慣れていない?」
「あはは、恥ずかし。うん」
この世界に来てずっと汲み上げだから、これでも最初の頃よりはマシになったんだけど。ちょっと洗っているところを見られただけで即座に不慣れがバレちゃった。
ルーイと一緒に入った時は何も言われなかったんだけどなぁ。まあ、あの子は浸かって眺めていたわけじゃなくて、一緒に洗い場で身体を洗っていたからね。あんまり見ていなかったんだろう。
「故郷はシャワー式が多かったんだ」
自分の身体を洗いながら、私の使い慣れたお風呂の仕組みを説明する。
「すごい仕組みね、ずっとお湯を流し続けられるなんて。……そもそも水が不足しそうだわ」
「だろうね~」
やっぱりその印象が強いよね。日本は、全国民がたっぷり使える綺麗な水が沢山あった。この世界だって各集落が川などの水源から水を引き、ちゃんと
「分かっていても、やっぱり私にはちょっと不便だからさー、魔道具で何とかならないかなって前に考えてた」
その内容をつらつら話すのを、ナディアがのんびり聞いてくれる。なんか、この空間、良いな。お風呂でナディアと団欒中である。
「再利用という方法もあるかもしれないわよ。浄化魔法なら、汚水も浄水になるのではない?」
「おお」
確かに。魔法なら私の世界の浄水システムよりも遥かに質のいい浄水が出来るかも。流石にトイレの水の再利用は心情的にもアレだけど、お風呂とか洗い物の水を魔法で浄化したものは大きな抵抗なく使えそう。
スラン村の場合、トイレは汲み取り式だから水を使っていない。そしてそれ以外で使った下水は村の外れに流されて、自然に還しているだけ。だけどそれを魔道具に流し込んで完全に真水に戻し、元の水源に導いてやれば、使い込んでも水不足にはならないかもしれない。いや、自然の蒸発は避けられないから雨が降らなくなったら水不足の可能性はあるとして。使い込んだことによる水不足はなくなるな。
「浄化に時間が掛かるようなら、少し難しいかしら」
「確かに、どれくらいの量を、どれくらいの時間で浄化できるかが肝だね~」
ただ、浄化は生活魔法に分類される。高位ではあるが、他の属性魔法や特殊魔法に比べれば魔道具化は困難ではないし、魔力消費も水生成し続けるよりはマシかも。
「うん、良い意見ありがとう!」
「……つい口を出したけれど。あなたにまた新しい課題を与えただけのような気がするわ」
「あはは」
いやいや、元々あった課題を前に進めてもらったんだよ。この案件は既にメモにあるのでね。私がそう言うと、ナディアはちょっと首を傾けていた。あんまり納得していない顔だな。
「そろそろ上がるわね」
「はーい」
最後少し身体を流すだろうからと、私はちょっと端に寄った。今はまだ私の身体は泡である。
ナディアは私の前にある大きな桶からお湯を汲み上げ、身体を流す。じっと見ていたら「あっち向いてて」と怒られました。はい。
お互いの裸とか今更なんですが。多分ナディアは恥ずかしいとかじゃなくて、この状況でナディアの身体を眺めようとする私の行動に苦言を呈したのだと思う。はい。食い下がると二度と呼んでもらえないと思うので、大人しく従うことにした。
「そっちの桶、後で一緒に洗っておくから放置で良いよ」
「……流石に尻尾の毛は流しておきたいわ」
私は別に気にしないけどなぁ。でもナディアは自分の尻尾の毛を人に片付けさせたくないらしい。
この国は獣人族も多いから、流すところに毛が詰まらないようにと宿の浴室には専用のネットが常設されている。ナディアはお風呂に入る時、必ずそのネットを使って詰まらないように配慮してくれていた。今は宿でないので持参のものだけど、今回もネットを通して桶の中の水を流し、最後に毛をまとめて回収していた。
「後はやっとくから、早く身体拭いて上がってね。風邪引くよ」
最後、浸かった桶は蛇口にホースを付けてびゃーっと流しながら丸洗いする。これはお湯じゃなくて水でやるので、裸のままでやると寒い。私もいつも服を着てからやってる。そして今やられると私に水が掛かる。それはナディアも分かっているのだろう、「お願い」と言って引き下がってくれた。
そうして脱衣場に下がったナディアが着替えている間に、私はざばざばと身体を流して、汲み上げ用の方の桶に身体を浸ける。
汲み上げにくくならないようにと多めにお湯を作っている為、みんなに汲み上げられた後でも充分、私が浸かるに困らない湯量だ。今回は足す必要も無いかな。ふい~久しぶりの湯船ですね。気持ちいい。「だぁ~」とか声を出した私を、着替え終えて浴室から出ていくナディアが微かに笑ったような気配がした。
気分のいい夜だった。
だから、きっとよく眠れるだろうと思ったのに。
全員が寝静まって、私もすっかり寝入った深夜。騒がしい音に目を覚まして、身体を起こす。
「……あぁ」
寝惚けて一瞬分からなかったが、『こっちの音』じゃない。今、聞こえてきた騒がしい音は、フォスター侯爵の別邸の盗聴だ。
この夜、国王の勅令を受けたジオレン駐在兵によって、侯爵家の別邸は差し押さえられた。
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