第496話

「アキラちゃん……」

「絶対に選ばないよ。大丈夫」

 不安そうに私の名を呼んだラターシャが何を言うよりも先に、はっきりとその選択肢は否定する。

「どんな状況になっても、そのカードは使わない。それはスラン村のみんなを裏切る行為だ」

 スラン村の人々は、ずっとモニカを守ってきた。彼女らは復讐よりもモニカの方が遥かに大事なんだ。その思いを踏みにじることは絶対にしない。

「モニカ自身がたとえ望んだとしても、選ばないし、選ばせない」

 これは『モニカの為』の復讐だということは分かっている。だけど彼女は、自分がスラン村の住民らにどれだけ深く愛されているのかを分かっていない。目の見えない彼女をずっと懸命に支えてきた彼女らを悲しませることは、モニカが本当に望む未来じゃないと思う。

「私は悪党だよ。他のどんなカードを使ってでも、モニカを生かしたまま、無傷のまま、彼女の願いを叶える」

 その為なら脅迫でも暴力でも、何だってやる。

「いっそ本当に王妃を、王様の前でバラバラにしてやってもいい」

 つい、胸の奥から怒りが湧いてきてそんなことを口にしてしまった。みんなの表情に恐怖の色が混ざって、ハッとした。

「ごめん。まあ、万が一の場合、そんな最終手段もあるってことで」

 此処に居る子達を怖がらせることは本意ではないのに。悪い気持ちをすぐ溢れさせてしまって良くないね。改めて自分を落ち着けるべく、深呼吸を一つ。

「面会では出来るだけモニカに主導権を握らせて、私は補佐をするだけだよ」

 モニカの為にもスラン村の為にも、頑張ります。爆発しません。

 胸に手を当てて「爆発しません」と宣言する私に、みんなはちょっと呆れたように笑っていた。「本当に頑張ってね」という応援付きです。はい。頑張ります。

 そして真面目な話はその辺りで終了し、迎えたその日の夜。ポン、という柔らかな音と共に、ソファ脇の魔道具が仄かに光る。

「呼ばれた。入ってきます」

「行ってらっしゃい~」

 呼び出しボタンが絶賛稼働中。浴室側の魔道具に触れたら、こっち側の魔道具が今のように反応する。逆も同じ。こっちで触れたら、向こうが反応する。相互呼び出しボタンです。今はラターシャが返事をするみたいに触れていた。ラターシャが応じたことが、浴室のルーイにも伝わっただろう。

 反応が返らなかったら相手が気付いていないか、または傍に居ないので、再び押すとか色々です。その辺りは互いで決めておけばいいってやつ。これは触れたらもう片方が反応するだけの単純な魔道具だからね。

「実際に侍女さんと使うのは、一対一ではないんだよね?」

「うん、全部で六つかな」

 カンナの屋敷はワンルーム式なので、部屋の中央に一つ、あとは浴室に一つ置く予定。

 そして私の屋敷は1DKだから、ダイニング・寝室・浴室に一つ。それからカンナからの要望でもあった通り、玄関先にも。これで合計六つになる。

「それぞれ色と番号を決めて、押した場所の番号が浮かび上がりつつ、その色で光る仕組みにするよ。今回のはそこまで複雑にしてないけどね」

 つまりカンナと使おうと思っている最終版は別途また開発する。

 だから今回のこれは、スラン村に移住した後は使う予定が無い。どうしようかな。私と三姉妹の屋敷でそれぞれ持つとか、三姉妹の屋敷内で一階と二階で持つとか、まあその辺りはまた考えればいいでしょう。何なりと使えそう。モニカと従者さんにあげてもいいね。

「玄関先が光ると、夜に見張りをしてるケイトラントさんが度々驚きそう」

「ははは」

 リコットの呟きに、驚くケイトラントを想像して笑ってしまった。私がカンナを呼ぶ度に、屋敷前が光ることになってしまったら確かに迷惑だね。でもそれはちゃんと対策を考えている。これは控え目ではあるが音も鳴るので、全部が無条件に反応したら流石に困るのだ。

「周囲に人が居る時だけ反応するよ。不用意にあちこちで光って鳴るわけじゃないんだ」

 この仕組みは今回の魔道具にも入れた。だから浴室に誰も居ない時にこっちを押しても、向こうは反応しない。

「『周囲』ってどれくらい?」

「遮るものが無ければ、此処から、向こうの壁くらいまで」

 私が示した距離は約三メートル。広すぎず、狭すぎずという範囲を目指してみた。流石にカンナのワンルーム全体をカバーは出来ないが、持ち運びも容易なので、適宜移動させてくれたらいいかな。

「壁があればそこまで。部屋の外に居る人には反応しない」

「だから浴室に限定できるんだね」

 その通り。つまり反応させたくない時は布でも被せておけばいい。

 カンナにも、私の呼び掛けに応じないと決めた時は布を掛けてもらおうと思っている。うーん、絶対にやらなさそう。侍女としての誇りがそれを許さないかも。休日は休んでほしいタイプである私、どうやって休んでもらうか常に悩む未来が既にちょっと見えている。

 リコットの疑問が解消されたところで、各々のんびりと過ごす。

 そして予定通りに女の子達が順番を進めていく中。リコットが上がってきて、五分ほど経った時、ポンと魔道具が鳴った。部屋が静まり返った。

「……え?」

 私が間抜けな声を漏らした一秒後に、リコットが少し笑いながら「あー」と言う。

「入って良いって。アキラちゃん」

 マジで!? 夢!?

 そんな驚きを抱えながらも私は俊敏な動きで魔道具に触れて応え、着替えを持って浴室前にダッシュで向かった。しかし扉を目の前にして今更、不安になる。押し間違いでは?

 そんな思いを胸に、控え目に扉をトントンした。中からは「どうぞ」とナディアの声が返る。ちょっとドキドキしながらそっと扉を開くと同時に、背中側からリコットの声が掛かる。

「アキラちゃん、音は消して『して』ね~?」

「何もしませんが!!」

 半ば叫ぶように返す私に、リコットだけじゃなくてルーイまで楽しそうに笑う声が聞こえた。全くもう。教育に悪い。静かだったラターシャがどんな顔をしたのか確認する余裕も無く、私は浴室に身体を滑り込ませた。

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