第495話

 翌日には私の見張られ用……もとい、昼寝用カウチを設置して。呼び出しボタン魔道具も完成させた。そしてカウチの購入ついでに、ソファ周りに置くクッションも幾つか購入しており、部屋がどんどん充実していく。女の子達が安心してごろごろできる家になればいいなぁ。

 なお、魔道具については開発直後に女の子達が繰り返し無意味に遊んでいたので、すっかり動作確認完了である。

「あ、そうだ、リコ……いや誰でも良いんだけど」

「そう言われるとやや傷付くけど?」

「待って違う、聞きたいことがあるだけ! 三姉妹なら誰でも分かるかもって途中で気付いたの!」

 言い方を間違えた。慌てて謝りつつ言い訳をする私を、リコットがけらけらと明るく笑い飛ばす。揶揄からかわれただけらしい。ぐぬ。

 まあいいや。聞きたかったことを聞きましょう。コホンと軽く咳払いをしてから話題を戻す。

「呼び鈴って、どういう仕組み? 魔道具ではないし、電気でもないし……」

「あー」

 三姉妹が顔を見合わせ、数秒してから、三人揃って「知らない」と答えた。あら。

「確かに、なんで音が鳴るんだろうね」

「考えたことも無かったわ」

 疑問に思ったことが無かったみたい。なるほど、そういうこともあるよね。当たり前に身近にあったものだから余計にだろうね。

「ラターシャは? エルフの里には呼び鈴って無いの?」

「うーん、無いと思う。用があったら玄関扉の前で呼んで、反応が無かったら諦めるか、そのまま開けるから」

「開けるんだ……」

 三姉妹の戸惑いを見て、私もちょっと笑った。

「里の人達はもうほとんど家族だからね。家に鍵を掛けるって習慣も無いみたいだよ」

「あ~、へぇ~」

 この世界と比べて圧倒的に治安の良かった日本でも、余程の田舎に行かなければそんな文化にはお目に掛かれない。三姉妹が驚いている様子を見る限り、この国では辺境の村でもきちんと鍵を掛けているようだ。

 大事な物が保管されている部屋などはエルフ達も鍵を掛けるみたいだけど。玄関の場合はおそらくほとんどの家に鍵が無い。

「まあ私も、スラン村の屋敷でいちいち鍵を掛けるかって言われると、掛けないだろうねぇ」

「あー、確かにそうかも……」

 あんな平和な村で、出入りの度に鍵をする理由が無い。むしろ面倒くさいから開けっ放しにするだろう。それくらい、スラン村は閉鎖的で、信頼のおける仲間しか居ない。エルフの里も感覚としてはそれと同じなんだ。

 ところでスラン村は私の結界があるから滅多なことは無いけれど、万が一何かに襲撃された時などを考えて内鍵を作る必要はあるかもしれないな。

 でも木造住宅に内鍵を付けたところで、大した防御力は無いよなぁ。ましてあんな場所に仕掛けられる襲撃を対象にするには心許ない。……内鍵を掛けた瞬間、家に結界が張られる仕組みとか作れないか? かなり魔力を使いそうだが、私の魔法石さえあればそれなりの強度で作れるかも。また新しい開発になるが、これも近い内に考えよう。

 最近はこういう思い付きが増えてきたので、アイデア帳を用意している。メモします。

「また、新しいこと?」

「へへ」

 アイデア帳については既にみんなにも把握されてしまっている為、取り出すだけでバレるのである。

 書きながらさっき考えていたことを説明したら、みんなも「あ~」と、難しい顔。スラン村は平和な村だが、念には念を入れよというもの。みんなの安心安全を守るのが私という領主の使命なのだ。

「今更、少し緊張してきたわ」

「うん?」

「……モニカさんと、国王陛下の面会、どうなるのかしら。もう、明日の夜なのね」

 私がスラン村のことを話題に出したから、急に思い出して、不安になってきたようだ。

「大丈夫だよ、私が傍に居るんだ。モニカに手を出させることは無い」

「分かっているわ。分かっているけど……」

 少し動揺を垣間見せたナディアが、ぎゅっと眉を寄せる。難しい顔って言うよりは、悲しい顔だった。

「彼女が、アキラに『命さえも捧げる』と言ったことが、ずっと気に掛かっているの」

 その言葉に私は目を細めた。

 この子達は本当に鋭いというか、言葉の端をきちんと捉えている。生きていくのに必要で、そうならざるを得なかったのだろう。そんなみんなを口先で誤魔化せはしないって、私がもっと理解していなきゃいけないんだよな。こういうところが、説明不足と叱られる一因なのだと思った。

「そうだね」

 静かな声で相槌をした。女の子達が少し、不安そうな顔で此方を見つめている。

「あれはね、言葉を間違ったわけでも、うっかり零したわけでもない。モニカは私に伝えるつもりで言ってる」

 私はちゃんと汲み取っていたし、モニカもそれを理解しているだろう。あの場に居合わせた従者さんとケイトラントも、何も言わなかったけど、本当は分かっていたのかもしれない。

「城やフォスター侯爵家に『モニカを傷付けさせる』または『殺させる』のも、カードの一つなんだ」

 その言葉を聞いた瞬間、女の子達は青ざめて、息を呑む。怖がらせたいわけじゃないけど、全部を明かさなければきっと、安心もさせてあげられない。

「モニカは私の領民であり、唯一の臣下だ。正式な書類さえ揃ってる。……になるんだよ」

 賢い女の子達にはもうこれで十分に伝わっただろう。ナディアが表情を歪めた。泣きだしそうにも見えた。

「上手く事が運ばない時に、強硬手段を取る理由として、自分の『命』を使えと?」

「そう」

 王様はおそらく私の機嫌を取る為に、私達の望む形で動いてくれるだろう。しかし、もしもフォスター侯爵家を抑え込むだけの証拠が揃わないと言ったら? フォスター侯爵家のことはどうしても野放しにするしかないと言うなら?

 モニカは自分がアグレル侯爵家の生き残りとして表に出れば、確実にフォスター侯爵家が動くことを知っている。彼女を餌に、フォスター侯爵家を動かす。過去が暴けないのなら、新しい罪を犯させるのだ。

 後は救世主の臣下を傷付けた者として、この国で最も重い罪で罰するだけだ。

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