第493話
スラン村へ納品する魔道具の製作は今も続けていて、楽しく出来る限りはそちらを優先しようと思っている。スラン村のみんなが屋敷建設など頑張ってくれているから、支援の意味も込めてね。
「でも、そうだな。ちょっと」
言われて初めて気が付いたけど。
「ヘレナの時に、軽く気が削がれたのは、あるかも」
お食事に誘われて行ったら、解呪の依頼なんだもんなー。ナンパじゃないのは薄々分かっていたし、多少の罠は楽しめるつもりだったのに。ヘレナの場合は内容が悪かったからなぁ。口をへの字にしてあの時を思い出していたら、みんながちょっと心配そうに眉を下げた。同情を買うつもりではなかった為、何か別の話にでも変えてしまおうかと思考を巡らせる。すると、ちょっと言い難そうにしながら、ラターシャが先に口を開いた。
「アキラちゃん、それでヘレナさんに興味を無くしたの?」
「うん?」
意味が分からなくって首を傾げる。私の反応にラターシャはちょっと困った顔をしてから、最初、ヘレナが私の好みの女性に見えたのだと説明を追加してくれた。だけど私がヘレナに対してそういう興味をまるで示さなかったから、少し戸惑っていたのだと。ほう。
「いや~? ヘレナは、最初からそんなに。モテそうなお姉さんだなーとは思ったけど、欲しくはならなかったな。流石にお誘いされたら、受けただろうけどね」
ナディアが私をじっと見つめてから、首を傾げる。その動作、君がすると本当に猫ちゃんで可愛いんだよな。その動きに応じて猫耳がふさっと揺れた。
「よく分からない感覚ね。あなたは女性なら何でも良いと思っていたわ」
「酷いことを言われてる!」
即座に抗議の声をあげたつもりが、女の子達は楽しそうに笑い出すので衝撃を受けた。みんなもそう思ってたってこと!?
「何でも良いとは思ってないよ! 可愛い人が可愛いの!」
「その『可愛い』の基準に疑問を持っているんでしょう。彼女の見目は普通に良かったわよ」
ぬう。
でもなぁ。改めて聞かれると難しい。私はただ「可愛い!」と感じる衝動に従って生きている。
「直感的なものだから、その辺りはよく分からないや。何となく、うーん、……ヘレナは私じゃない誰かを求めてる気がした?」
「いや、疑問形で言われても」
呆れた顔をされている。だって。そんな風に改めて考えてこなかったので、急に言われても分からないです。
「大体、私達も別にあなたを求めてはいなかったけど?」
「やめてよ傷付くから」
敢えて明言して頂かなくとも知ってます! ナディアなんて、心底私のことを迷惑そうにしていたものね。
「みんなに求められたとは思ってないよ。じゃなくてさ、なんていうか。違う人と幸せになろうとしてる人を求める気にはならないだけ」
兄さんを求めて寄って来た女性の一部を掠め取っていたことはあるけれど。あれも、本気で兄さんに惚れている人までは手を出していない。もっと違う何かを求めていて、振り向くことのない兄さんより私の方が応えてあげられると思った人に手を出しただけだ。いずれにせよ大きな声では言えないが。
さておき、ヘレナなぁ。うーん。改めて記憶を辿り、感覚を手繰り寄せてみる。彼女は特定の『想う誰か』が居るような印象があった。呪いから解放されたら、一緒に生きていきたいような人。今思えば、家族だったのかもしれないけど。何にせよ彼女は今持っている人間関係に満足していて、新しい何かを求めてはいないと思う。
「だから私と居たところで幸せにならないと思った、かな」
私が求めるものとヘレナが求めるものは、一致していない感覚というかね。
「でも結局ただの直観だから、上手く言えないよ」
こんな説明では何にも分からないだろうけど、もっと言語化しろとか責められることはなく、みんなは柔らかく頷いていた。
「あー、だけど軽い感じで遊んでくれる子は無関係だよ。ヘレナはそれとは違う枠だから、色々ハードルがあるだけで」
「だから普段はプロ相手が多いんだねー」
「そう、……ん? 私そんな話した?」
今までにふらふら遊びに出て関係を持った子が今のところ全員プロだってのは事実だが、遊んだ相手について詳しく伝えるようなことはしていない気がするんだけど。そう思って首を傾けると、リコットはニコニコしながら首を振った。
「ううん、でもレッドオラムを離れる前、挨拶に行く相手がプロの子っぽかったし」
「あぁ……」
酒場を回れば会えると思うから~ってぽろっと言ったかも。それだけで、夜の営業をしている子だとピンときたんだな。うちの子達はみんな鋭いからちょっとした情報で色々バレるのが恥ずかしい。
遊び相手は、ナディアからのご指摘通り、楽しく遊んでくれるなら割と誰でも良い。でもそうじゃない子は流石に慎重に選ぶ。こっちが遊びであっちが本気、みたいな温度差は女の子を幸せに出来ないので良くない。遊ばない子は真剣に愛します。なので性格的な相性とか、求めるものの符合とか、そういうことが大事になってくる。ほぼ直観なんだけどね。
「……で、これ、何の話だっけ?」
はた、と我に返って首を傾ける。女の子達も一緒に首を傾けてくれた。
「リコお姉ちゃんが拗ねてたところから」
「アキラちゃんがあんまりこの街で遊んでない話になって」
「ヘレナさんの話に移行した」
ルーイとラターシャが交互に説明してくれた。そうでしたね。リコットがご機嫌斜めだったところを蒸し返しちゃうとまずいかもしれないとヒヤッとしたものの、リコットはからからと楽しそうに笑っていた。もう大丈夫みたい。
「さて、そろそろ家具が搬入されてくるかな。準備しましょう」
そもそも私達、この新居を整える予定だったんですよ。どうしてこんな話の為にテーブルを囲んでゆっくり座ってしまったんだ。はいはい立って。お片付けしますよ。
でもまあ、朝から家具屋と市場に行って多少は疲れていただろうし、休憩には丁度いい雑談だったかもしれない。
私が収納空間から全員分の荷物を出すと、働き者のみんながテキパキと手分けして片付けを始めた。私はキッチン周りから整えようかな。よく使う調理器具と食器を並べる。
「収納空間に入れていても物体は把握できるけど、やっぱり食器棚に並ぶ食器が一番、可愛いよねぇ!」
「可愛い……?」
やや後方で片付けをしていたリコットが私の独り言に怪訝な声を返す。あれ、分からない?
「マグカップとか。並んでるの可愛いでしょ、ほら!」
「ほらって言われてもな~」
めちゃくちゃ呆れ顔をされています。伝わらないらしい。しょんぼりしつつ私は自分の思う『可愛い』を食器棚に表現していく。可愛いと思うんだけどなぁ。
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