第492話
何にせよ、少年は平穏無事に過ごしているということが分かって良かった。私より遥かに優しいデオンによってアフターケアまでされているんだから、運のいい子だな。
「詳しいことはまた今度ゆっくり話すけど、死体は片付けた。血痕も残さずね。だからあの屋敷内で今ホセは『行方不明』の扱いだ」
私はそれを、去り際にこっそり設置した盗聴の魔道具で知っていると伝える。嘘半分、本当半分。
「十日から十五日くらいで、新しい兵と魔術師が送られてくるみたい。それまで一切動くなと指示されていたから、その間はこの街の何処に居ても安全だよ」
デオンもやっぱりそれを警戒していたようで、私の言葉にこの瞬間は気を抜いた顔を見せた。そう言えば、私が名前を呼んだ時の反応も、少し過敏だったかもしれない。警戒心の強い大型犬っぽかった。ふふ。そう思うとちょっと面白い。笑いそうになった口元を誤魔化す為に軽く鼻を擦った。我慢。
「並行して、更に上の家から圧力を掛けてもらう予定だ。きっとすぐに大人しくなる。怖いだろうけど、それまでもうちょっと我慢していてほしい」
「更に上……?」
デオンは元貴族だと言った。つまり彼は平民よりずっと、『侯爵』という爵位の強さを知っている。もしかしたら『フォスター侯爵家』という強さも、正しい意味で知っているのかもしれないけど。今それを互いに共有するのは得策ではない。
「ごめんね、これ以上は状況が整ってから話したい。とにかく出来る限りで君達の安全は保証させるつもりだし、それが確定次第、また知らせるよ」
あの家は今も盗聴を続けているから、万が一危険が迫る気配があったらすぐに知らせるとも付け足す。それ以上のことを今は言ってあげられないから、まだ連絡しないでいたんだけどね。
デオンは難しい顔をしながらも、私の言葉に了承を示して頷いた。
「込み入った事情もあるようだな。了解した。此方は助けてもらう側だ。無理を言う立場にない」
やっぱり優しいというか、紳士的な人だな。隠し事ばかりの私に対して、心からの信頼なんて到底、寄せられないだろうに。それでも此方のことを考えて、追及を控えてくれる。
「デオンはしばらくこの街に居るの?」
「ああ。私はこの街を拠点にしている冒険者だ。先日は、長い任務を終えて疲労
「はは! そりゃ勝てないよ。災難だったね」
タイミングの問題であって、デオンはもしかしたらホセ達くらいは振り払える強さがあったのではないだろうか。権力的には相手が悪かったかもしれないものの、武力としてはね。本当に可哀相だな。
「じゃあ、そろそろ行くよ。すぐに安心させてあげられなくて申し訳ないけど、出来るだけ早く片付けて、また連絡する」
「いや、とんでもない。忙しかったのだろうに、時間を取ってくれてありがとう。次こそはきちんと礼もさせてくれ」
あんまり気にしなくっていいんだけどね。でも無下にするのも悪いから、軽く頷いておいた。そして結界を解いて、デオンとは別れる。
「見張りありがとう、ルーイ。デオンは怖くなかった?」
「うーん、ちょっとだけ怖かったから、あっち向いてた」
「はは」
ルーイは少しだけ、大きな身体の男性が怖い。デオンはガロ並みに大きい身体をしていたから、きっと怖かっただろうに。見張りの為に傍に来てくれた。よしよしと改めて頭を撫でて、待ってくれているみんなと合流する。
すると、何故かリコットが不機嫌そうな顔をしていて、私と目が合うとそれをスッと細めた。
「ふーん」
「え、何ですか」
普段はニコニコしている子だから余計に怖いし緊張します。何だ。どうした。
「別にぃ~早くアパート帰ろ!」
「ハイ」
何にも教えてもらえないまま、アパートに全員揃って初の帰宅を果たした。これからは此処が家です。
「格好いい人だったね」
「ん、デオン? あーそうだね」
確かに美青年って感じだったかな。ガタイは良いけど顔は甘めで、日頃からある程度は気を付けているのか、他の男性と比べても小綺麗な印象を受けた。年齢は私と変わらないかも。ルーイが「前は貴族様だったみたい」と報告していた。徐にリコットが、長い溜息を一つ。
「アキラちゃんが、男の人まで引っ掛けてくる」
「どうしてそうなった……?」
拗ねているような顔をしている。いや本当に何でそうなる。デオンと知り合った経緯はフォスター侯爵家から戻ってすぐにしたじゃん。何にも引っ掛けてないじゃん。
「リコットってば、デオンさんが格好いい人だったから、急に妬いちゃったの?」
ラターシャが笑いながらそう言ったら、リコットは何も言わずに口を尖らせた。えー、そんなことある?
っていうかこの子達は私が女の子を引っ掛けてくるより、私に男が寄ってくる方が嫌なんだなぁ。しかし一切その気も無いだろうデオンまで警戒するのは、やめてあげて。
「もしかしたらリコお姉ちゃん、最近アキラちゃんに構われ足りないのかもー?」
「ルーイ~~~?」
変なことを言い始めたルーイをリコットが低めの声で制止し、もぎゅーと抱き締めている。ルーイはきゃっきゃと楽しそうに笑った。なにそれ私もやりたい。混ぜて。可愛い。
「構ってくれている方でしょう。この街で、女遊びに出掛けたのは一度も無いのだから」
「あれ? ほんとだ」
「えぇ……」
ナディアの指摘でみんなが目を丸め、一斉に私を振り返った。急にまた違う興味が私に向けられている。
「ヘレナさんをカウントしなければ、だけど」
「あー」
確かにあの日はナンパに行くみたいな顔をして出掛けたものの、向こうの意図を思えば微妙なところだよね。
そしてそれを除いたら確かに、私は一度もこの街でナンパ目当てに出歩いていない。夜に飲みに行く時は必ず、ナディアかリコットとの外泊付きだ。
「急に大人しくなっちゃって、どうしたの?」
何故かこの話題で調子を取り戻してしまったリコットは、そう言って私の顔を覗き込む。目がちょっと楽しそうに輝いていた。君のご機嫌が直ったなら別に、何でもいいけどさ。
「どうかな、単に、落ち着かない日が多かった気がするけど」
「うーん、確かに……?」
照明魔道具の納品で頑張ったり、ヘレナのことがあったり、城の依頼があったり、それを終えて帰ったら直後にガロから手紙が来たり。思い返すほど、呑気に夜歩きする暇はあまり無かったような?
しかしこれってそんなに、全員が気にするようなことなのだろうか……。じっと私を見つめるみんなの顔を見て、何とも居心地の悪い思いを抱いた。
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