第491話

 家具店に到着して私が真っ先に確認をしたのは、私が持っているテーブルよりもずっと丈夫な作業台。

 魔道具などの工作は、食事やお茶に使うテーブルとは別に持っておきたい。収納棚とソファはみんなが見てくれているので私は自分の欲しいものを見るのである。時々相談に呼ばれるのにはちゃんと応えています。

 結局、一軒目の家具店でいいものが全部揃った為、まとめて購入。沢山買ったからちょっと割引してもらっちゃった。収納棚が三つと、作業台が二つ。ソファ二つとローテーブル一つ。あとはカーテンなどを細々と。大きなものは全部アパートに直接届けてもらえるように手配して、次は市場で食材の買い出しだ。

 みんなが輪唱してくれた食材以外にも、果物やお酒、生活用品の買い足しも済ませて。いよいよアパートに帰りましょうと市場を出た時。視界の端に、見覚えのある姿が入り込んだ。

「――あれ、デオン?」

 私の声に彼はパッと振り返って、目を大きく丸める。

「アキラ!」

 連絡するまでも無く、こんなところで遭遇してしまうとはね。私は笑いながら手を軽く上げて挨拶し、女の子達に「ちょっと待ってて」と告げて彼の方へ。

「偶然だね、ギルドで伝言は聞いた?」

「ああ。……それより、つい大きな声で名前を呼んでしまったが、問題なかったか?」

「大丈夫だよ、全く隠してない本名だよ」

 偽名だと疑われていた――とまで思ったわけじゃなかったが、私の返しにデオンは少しバツの悪い顔で「失礼した」と言った。

「そこでちょっとだけ話そっか。あんまり時間が無いから手短に」

 近くのベンチに彼を呼び、二人で並んで座る。私の女の子達もその動きを見て、少し離れた位置のベンチに移動していた。

 さてと、まず私達の会話が周りに聞き取れないように魔法で周囲を包もう。するとデオンがぴくりと反応し、軽く辺りを見回した。

「魔法か?」

「よく分かったね。盗聴防止だよ。軽く音を誤魔化して、聞き取れないようにする魔法」

「なるほど、器用なものだな……」

 見えない結界なんだけど、魔力の気配が分かるのか、デオンは結界の端になる地面をじっと見つめている。

「それにしてもデオン、かなり魔力感知が鋭いね?」

 侯爵家の筆頭魔術師を豪語していたホセよりもしっかり感知できている気がする。ホセの言葉も、嘘とは出ていなかったから、侯爵家内ではそれなりに上等な魔術師であったはずだ。

「ああ、私は元々――」

 何か言い掛けたデオンが言葉を止め、私の背後の方へ視線を向ける。釣られて振り返れば、ルーイが一人で私の傍に駆け寄ってきていた。

「どうしたのルーイ」

「音が聞こえないってお姉ちゃんが言うから、代表で見張りに来た」

「あはは」

 ナディアは距離を取っても聞き耳は立てるつもりだったのに、私が今の魔法で防いでしまったのがお気に召さなかったようだ。見れば不機嫌そうに眉を顰めている。私はルーイを隣に座らせて、よしよしと頭を撫でた。

「女の子達は私が心配みたいだ。気を悪くしないでね」

「いや、心配は当然だ。全く問題ない」

 デオンは優しい目でルーイを見つめて、そう言ってくれた。とにかくルーイにも侯爵家での騒動は話してあるので、何を聞かせても問題ないとデオンに前置きをして、先程の続きを促した。

「私は元々、貴族の出なんだ。数年前に市井に下って、今は家と何の繋がりも無いが。魔法の教育は幼少期にきちんと受けている」

「なるほど。道理で稀なくらいに紳士的だったわけだ」

 冒険者みたいな装いで身体も大きかったし、勝手な偏見とは知りつつも私にはあの時、彼の振舞いが少し意外で珍しく映った。でも今の説明でちょっと納得した。

 ガロだって几帳面で優しいものの、デオンはそれよりも遥かに紳士的で、立ち居振る舞いがとても自然だった。ああいうのは知識と意識だけで行うと、やや不自然に映るものだ。ガロはどちらかというと『意識して女子供に優しい』人なので、時々『正解かどうか』を考えている節がある。でもデオンは今の振る舞いを幼少期から教えられている為、それ以外の接し方をむしろ知らないんだろう。

 さて、デオンのご出身の件はともかくとして。この盗聴防止魔法があるから、侯爵家の話も気にせず此処で話してしまって問題ない。近くに人が来ない限りはね。

「女性らの方は特に問題なく介抱して家に帰したよ。少年は?」

「指示通りの説明をして金貨を渡したんだが、彼は西の外れの孤児院に暮らしている子供だった。無断で外泊したことを院長に叱られると怯えていた」

「あらら」

 親と一緒の時に引き離される形だったわけじゃなく、夕方に一人で居た時に攫われちゃったんだな。その話が孤児院の方へ伝わっていない限り、無断外泊を怒られるという可能性は、確かにありそうだ。

 それに、そんな境遇の子が金貨を貰っても孤児院で取られるだけだろう。親でも同じことだろうが、親ならまだ子供にも恩恵のある範囲――例えば家族の生活費として利用される可能性が高い。だが孤児院になると、本人には何ら関係のないところに使われてしまいそうだ。

 デオンも同じ考えを抱いたらしく、彼が収納空間で隠しておけるように、デオンの持ち金から大銀貨と銀貨に崩して、使いやすくして渡したらしい。

 その上で、今の内にあまり使い過ぎず、いつか独り立ちする時の支度金と思った方がいいと教えたそうだ。まあ、孤児院暮らしの子の羽振りが急に良くなったら不審に思われて、何処かで盗んだことを疑われる可能性も高いからな……。

「少年は孤児院まで直接送り届け、町の外れで人攫いに遭いそうになったのを私が助けたと説明した。……アキラの手柄を横取りするようで悪いとは思ったのだが」

「いやいや、最適解だよ」

 私が助けたよりもずっと信憑性があるから、その方がいいよ。

 デオンは孤児院の院長に「他に追手が居ないかを確認していたら深夜になってしまった為、近くの宿に身を隠していた。早くに帰してやれなくて申し訳ない」と言って頭を下げたそうだ。すると院長は恐縮していて、逆にお礼を言われたとのこと。少年も心配されただけで、怒られる様子は無かったと言う。

「あれから二度、様子を見に行っているが、変わったことは無いようだ」

「それは良かった」

 優しいな。アフターケアまでしてくれていたとは。私は正直、そこまで心配していなかったし、女性らは自分の足で帰ってもらったので所在を知らない。この街の何処かで元気にしてると思う。多分。

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