第490話

「じゃあ、本家だけっていうのは?」

 ワクワクしてるみたいな顔で楽しそうに問い掛けてくるリコット。うーん、抱き締めたいな。逆隣りに座るナディアに殴られるだろうから我慢しますが。

「そのままだね、分家はミドルネームを継げない。王族で言うと、ベルクが王位を継ぐなら、クラウディアと弟くんは分家になる。結婚をしても彼女らはミドルネームを持ったままだけど、子供は『マルス』を持てない」

「はー、なるほど」

 その辺りがややこしくて、リコットもよく分かっていなかったらしい。

 結婚相手が何処かの本家なら、子供はそのミドルネームを継ぐことになるけれど。分家同士の結婚であればもう子供がミドルネームを持つことは無い。つまりミドルネームを持っていないカンナは、親が既にどちらも持っていない、または分家同士の結婚だったんだね。

「おもしろ~! アキラちゃんが面白いって言ったの今ようやく分かった」

 貴族一覧のようなものがあれば、それを辿ると『本家の血』を持つのが誰かって、結婚しても養子に出ても一目で分かる仕組みだ。貴族の『血』に対する拘りが本当に色濃く出ている。

「元々は初代を敬う気持ちだったのかもしれないけれど、きっと今はその『ミドルネーム』の有無で、上下があるのでしょうね」

「あるだろうね~。同じ爵位でも、ミドルネームが無い方の立場は弱いと思う」

 カンナも自身の伯爵家は立場が弱いと言っていたが、その辺りも関係しているんだろう。貴族って面倒くさいねぇ。

「偉そうにする為じゃなくって、その受け継いだ名前に恥ずかしくないように振舞ってほしいよね」

「本当にそうだね」

 もしかしたら今、天国のマルスとリーは嘆いているかもね。

「さて。この雑談もおしまい。約束の三日後まで、私達はお引っ越し作業しよっか?」

 緊張して待っていても仕方がないからね。私達は新生活に向けて、動き出すことにしましょう。みんなはちょっとくすぐったそうに笑ってから、頷いた。

「アキラちゃんはまだ疲れてるかもしれないし、のんびりしてても良いからね、出来る範囲のことは私達でするから」

「ありがとう。また明日それも相談しよう」

 今日のはただの気疲れだったから、大丈夫だとは思うけど。みんなが気遣ってくれるのも無下にしたくない。夜更かしせず早めに休むことにした。


 そして翌朝。

 元気よく一番に起きた私は、いつも通りみんなの朝食を作った。今日も元気です。問題ない。そうみんなにも宣言して、全員一緒に午前中から動き出す。

 今の宿は適当に「この日までの分」とお金を払って延長を繰り返しており、最後の支払いから数えて今日が最終日。それならもう今日中に引っ越しを済ませてチェックアウトしてしまおう、ということになった。朝から全員で荷物をせっせとまとめています。まあ、旅人だからそんなに無いけどね。私はみんなから渡される袋を黙々と収納空間へ仕舞う係です。

「忘れ物は~ないですか~?」

「ないでーす」

「大丈夫!」

 浴室やトイレ、ベッド下までも入念に確認し、全員が問題なしと告げたので部屋を出る。

 チェックアウトも滞りなく済み、すっかり顔馴染みになった受付に「お世話になりました~」と挨拶して宿を出た。

「しばらく帰り道を間違えそう」

「分かる」

「あはは」

 それは私も分かるよ。ぼーっとしてたら宿の方に歩きそう。長くお世話になった宿はジオレン北東部にあるが、新しい私達のアパートは中央部のやや南寄りに位置する。その為、中央市場からは全く帰り道の方向が違う。

 なお、今歩いている場所からはちょっと遠い。南下しつつも少しぐるっと回って市場や家具店に寄ってもいいね。そう言うとみんなも頷いていた。

「食材もそれなりにきちんと揃えないといけないわね」

「そっか、もう外食じゃないんだ」

「まあ食材管理は私の担当だから、あんまり気にしないで良いよ」

 今日からみんなのご飯を作るのも私なのでね。嬉しい。張り切ってシェフしちゃう。本人はうきうきしているのに、どうしてかみんなは軽く顔を見合わせると「負担じゃない範囲でね」と苦笑していた。

「うーん、じゃあ今日の昼食と夕食は何が良い?」

 それならちょっと、献立決定のお手伝いをお願いしようかなと思って問い掛けてみる。

「ビーフシチューは朝から仕込むんだっけ?」

「前日か朝だね、うーん、今からは少し時間が足りないな」

「むー」

 リコットはビーフシチュー食べたかったんだね。「明日はビーフシチューにしよっか」って言ったらニコニコになっていた。可愛い。

「今日のお昼は外でも良くない? 近くのお店も確認したいし」

「なるほど」

 ラターシャからの提案。多分、私の負担を減らそうともしているが、そうだね、早速アパート近くのお店を開拓するのもいい。みんなも私も了承した。

「じゃあ後は、夕食の献立ね……ルーイ、何か食べたいものはない?」

 のんびりした口調でナディアが末っ子に話し掛けている。声が甘いんだよな。いいな。聞いているだけでも幸せだが。それでも諦めきれない私である。羨ましい。

「うーんと……、グラタン?」

「ですって」

「ハイ」

 末っ子の発言力たるや。即決です。決まりました。今夜はグラタンです。

「種類のリクエストは無いかな? 二種類は作ろう~」

 五人も居て、うち一人が私という大食漢である為にどうせ沢山作るんだから、種類も一つじゃ寂しいよね。

 ということで何か指定してほしいと願うと、女の子達が相談し合った結果、ホワイトクリーム系のグラタンと、ミートグラタンの二種類に決まった。よし、任せておけ。

「野菜を沢山使いそうね。スープは私が作っても?」

「おお、ナディ秘伝のやつだ。うん、お願いします」

 ナディアは野菜の皮とか芯で出汁を取ったスープが得意料理なのだ。あれ美味しかったなぁ。今夜もどんなスープになるのかな。楽しみ。

 収納空間に入っている食材を思い浮かべながら、必要な食材を独り言のようにぶちぶち呟く。すると途中からナディアを除いた三人が輪唱するみたいに私の後に続いて繰り返してきて、叫びたくなるほど可愛かった。たまねぎ。たまねぎー。

 とにかく。西側の奥に幾つか家具店がある為、先にそっちを回ってから、中央市場を通って、アパートに向かいましょう。

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