第489話

 さっきの王城訪問に関しての報告はこれで終わりなんだけど、向こうで王様を虐めている間にもう一つ報告すべきことが出来たので、このまま話を続ける。

「それから、フォスター別邸の情報。嫡男アンディと連絡が付いたみたいだ」

 王城で怒りを爆発させながらも、あっちの会話には聞き耳を立てていたのである。ぎりぎりね。後で思い返せば「何か言ってたな」って程度ですが。

 報告を受けたアンディはホセ不在について「何も知らない、連絡も来ていない」と書いた上で、調査用に新たな兵と魔術師をジオレンへ送ると言っているようだ。更に別邸へは「ホセから何か連絡があればすぐに知らせるように」という指示と共に、「今から送る魔術師の指示に従い、勝手な判断では動くな」と書いてあったとのこと。

「つまり別邸の人間が今すぐに市中を嗅ぎ回ることは無い。新しい魔術師一行の到着も十日から十五日は掛かる見込み」

「良かった。まだ猶予があるね。だけど王様は、間に合うかな」

 一瞬ホッとした顔で言ったリコットが、言葉の途中で心配そうに眉を寄せる。私から王様へ、フォスター侯爵家を押さえろと要請はしたが。新しい火種になると思われる追加の魔術師と兵士らは、既に移動の準備中だろう。移動し始めてしまったら取り逃す可能性もあるし、そいつらがジオレンに到着して新しい悪さをする前に止められるかどうかも全く分からない。

「ま、その辺りはもう任せるしかないね。私はモニカの支援と、自分達の身を守ることだけを考えるよ」

 王様がフォスター侯爵家を押さえることに失敗したとしても、私達に実害が無ければ手伝うつもりはない。実害があるなら当然、ホセ同様、死んでもらうだけだ。もしかしたら王様と王妃もまとめて一緒にね。だから危機感を抱く必要があるのは私じゃなくて、城の方だと思っている。

「ていうか、王妃の話の時にモニカから聞いて知ったんだけど」

「うん?」

「この国のミドルネームって結構おもしろいね」

 唐突に雑談をします。というか、報告しなきゃいけないことが終わったので、雑談を挟んで呑気な空気に変えてから、就寝を迎えたい。

「そうなの?」

 意図を汲み取った様子で、リコットものんびりとした口調で返してくれた。

「私の故郷はそもそもミドルネームが存在しなくってさ。でもラストネームは全国民が例外なく持ってる、かなりフラットな国だったんだ」

「へえ~」

 日本では誰もが苗字と名前を持ち、ミドルネームは無い。その形は法律で決められているものだから例外も無くて――いや、あるとすれば戸籍が無い子供とかかな。でも日本だとそれもあまり聞かないケースだ。

「この世界でラストネームがあるのは貴族なんだよね?」

「えっとね、ウェンカイン王国は少なくともそう」

「共和国も同じはずよ。マディスとセーロアは、よく分からないわね」

「なるほど」

 ルーイとナディアが答えてくれた。世界共通ではないんだね。なお、ナディアが言った『共和国』はダラン・ソマル共和国のこと。この世界では王国が三つ、共和国が一つだ。共和国と呼べば誰でもダラン・ソマルだと分かるってことだね。

「ミドルネームについては、みんなも知ってるの?」

 女の子達はきょとんとした。三姉妹はおそらく、私が何を聞いているのか分からなかっただけかな。だから答えがノーで決まっているラターシャが、最初に答えた。

「私は、ミドルネームについては何も知らない。何か特別な意味があるの?」

 エルフの知恵には無かったから、ラターシャが知らないのは道理だ。ちなみにエルフ族にはもうラストネームの文化すら無い。遥か昔にはあったそうだけど、里を五つに分けるより少し前から、廃れていったらしい。エルフってもう里の全員が家族だからね、ラストネームに意味がないんだよね。

 次に答えてくれたのはリコットだったけど、ちょっと眉を寄せて難しい顔をしていた。

「意味はあるけど……なんかややこしいんだよね? 私は『最初の人の名前』ってことしか分かんない」

 その言葉に、ルーイが「私も」と続く。正解を知っている私は頷くが、ラターシャは更によく分からないと示すように首を傾けている。

「……私が知っているのは、本家の人ということかしら。理解しているとは言えないわ」

「いやいや、どっちも正しいよ。そっか、大体みんな知ってるんだな」

 ナディアが補足してくれる内容に感心した。平民でも、ざっくりとしたことは知っているらしい。あるべき情報は今のところ揃っている。三姉妹の中で情報が上手く繋がっていないだけだ。

「私の世界はね、他国だとミドルネームを扱う国も多くあって。国や文化によって、付け方とかルールは違ったはずなんだ。でも、家族みんなが同じミドルネームを持つ『決まり』ってのは初めて聞いた」

「じゃあ、ウェンカイン王国とは全然違うんだね」

 リコットの言葉に、はっきりと頷く。

 この世界で何度かミドルネームは耳にしていたが、ベルクの名を聞いた時に、私は少しだけ引っ掛かっていた。父親と全く同じミドルネームだったからだ。それ自体は、私の世界でもあり得ないわけではないし、だからそこまで強い疑問に思ったわけではなかった。しかしクラウディアまで同じだと知った時点で、私が知らない意味がある可能性を感じていた。

 まあ、何ら重要なことではない為、ずっと放置していたけれど。

「この国のミドルネームは、建国以降の家系の流れを示している。今の国王の名前はガレン・マルス・ウェンカイン。ミドルネームは、『マルス』だね。これは初代国王のファーストネームだ」

 最初の王様はミドルネームを持っていない、マルス・ウェンカインだったってわけ。

「え、でもそれなら『ウェンカイン』も、家系じゃないの?」

「惜しい。ちょっと違うね、例えばクラウディア――第一王女がお嫁に行けば、彼女の名前はウェンカインではなくなる。だけどマルスはそのまま」

「ああ~~~!」

 みんなが一斉に納得した声を上げた。可愛い。

「じゃあミドルネームは、『血縁』を示してるんだ!」

「その通り」

 戸籍の話ではなく、血を示しているのがこの国のミドルネームだ。だからフォスター侯爵家から王家に嫁いだ王妃の今の姓はウェンカインだけど、イーリス・リー・ウェンカインがフルネームとなっていて、彼女だけは家族の中で「マルス」を持たない。「リー」ってのはフォスター侯爵家の初代当主の名にあたる。

 私の話を興味津々という瞳で聞いているみんなに、笑みを向ける。もうすっかり、さっきまでの憂鬱そうな色は消えていて、何処かほっとした気持ちになった。

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