第488話_ジオレン帰還

 城から退避することを優先した私は、部屋に戻るまでに表情や心を整えられなかった。

「おかえりなさい、アキラちゃん」

「疲れたでしょ、何か飲む?」

「……ハァ」

 出迎えてくれた女の子達が優しくて気が抜けてしまい、リコットの問い掛けに答えるより先に溜息が零れた。普通に失礼な反応だったと思うのに、リコットは可笑しそうに目尻を下げて私を抱き締めた。

「お疲れだね~。頑張った頑張った」

 背中をとんとんしてくれる。嬉しい。力を抜いて、リコットの方に少しだけ凭れた。私を抱く彼女の腕が強まって、身体だけじゃなくて心も支えてくれているような気分になる。

「途中から頭に血がのぼってしまった……反省中……」

「おぉ~殺してはいない?」

 返ってきた言葉に思わず笑う。リコットも本気で疑ったわけではないのだろう。くすくすと笑っていた。

「殺してないし、暴れてもいない。だけど言葉は、ちょっと過ぎたと思う」

「そっか」

 また背中を撫でてくれたのが嬉しくて、そのまましばし彼女の温もりと優しさを堪能したが。ずっと立ちっ放しにさせるわけにもいかないので、程々にして身体を離す。私はまずお風呂に入ります。

 浴室に行くということは必然的に私が一人になる為、ラターシャが心配そうに見つめてくれた。でも「一緒に入る?」って揶揄ったら脇を叩かれた上で「早く入って」と押し込まれた。ご無体な。しかし、ぷんぷんしてるラターシャが可愛くて仕方がないので癒しです。

 さて。今夜は浸かることもせずに手早く風呂を済ませる。そうして浴室から出たら、ナディアがコーヒーを淹れてくれた。一服しましょう。ふい。

 みんなは私に視線こそ向けていないものの、全神経を此方に向けている気配がする。猫ちゃんの耳とひげがこっちに向いてる感じ。可愛い。そうだね、色々と、報告しなければね。

「三日後の夜になりました」

「え、はや」

「……元々、情報が揃っていたということ?」

 そう思うよね。ナディアの言葉に私も苦笑しながら頷いた。それがつまりどういうことかって、賢いみんなも分かるんだろう。全員、苦虫を噛み潰したような顔を見せる。そんな顔も可愛いけどね。ナディアが苛立ちを誤魔化そうとするように、溜息を吐き出した。

「ガレン国王は賢王だと市中では有名なのだけど……」

「分かんないもんだね~、噂なんて。アグレル侯爵家だってさ、私らが知ってるのと真逆だもん」

「そうだったわね」

 モニカから話を聞いていた時は真っ青になっていたリコットも、今は笑ってそう話す。これが彼女の受け止め方ってだけで、あの時の恐怖が消えたわけではないだろう。ただでさえ残酷な世界を生きてきた彼女らに、私はまた種類の違う怖い世界を見せてしまっている気がする。……反省しても今更か。私と過ごす以上は、王家の内側も裏側も全部見ることになってしまうからね。

 そう考えた時、さっきの王様の情けない姿が思い起こされて、また胸がむかむかした。

「私も多分、あいつを賢王と信じてたんだよね。だから余計に腹が立って……あ~あ。無駄に感情的になったな。恥ずかし」

 項垂れたら、隣に座っていたリコットがまた頭をよしよししてくれた。優しい。

「怒る権利があるのは、モニカ達だ。後は彼女らの決断に、任せなきゃね」

 おどけることなく真剣にそう告げたつもりだった。すると私の頭に触れていたリコットの手がピタリと止まる。何故だ。もっと撫でてくれ。振り返ると、リコットは苦笑いしていた。

「いやアキラちゃんは充分に怒る権利あるでしょ。フォスターに攫われてんじゃん」

「……そうだった!」

「忘れていたの?」

 ナディアが呆れたような声でぽつり。いやいや覚えていたけど。自分が『被害者』という考えは無かった。殺してきたので! そう言うとみんなも「あぁ……」と力無く笑っていた。

「それから、当日なんだけど……みんなは何処で待ってる?」

「え、何処って?」

 きょとんとした顔で聞き返すラターシャに、私が説明不足を補うより早く、ナディアが口を挟んだ。

「スラン村で待つ選択肢があると言う意味じゃない?」

「そうです」

 女の子達、私の言葉をフォローするの慣れてきたね。素早いんだよね。

 とにかく当日の私の動きは、スラン村へモニカを迎えに行って、王城に行って、面会を終えたらモニカをスラン村に戻して、ジオレンに帰ってくることになる。

「王城でのことはスラン村にも報告するだろうし、説明が一度で済むなら楽だなって私は思うけど。スラン村で待つのは居心地が悪ければ、無理は言わないよ」

 三十分くらいならちょっとだけ我慢しててね~って言えなくもないけど、もしかしたらもっと時間が掛かるかもしれないし、あんまり長時間になると、そのせいで女の子達が気持ちだけじゃなくて体調まで崩してしまわないかが心配だ。

 四人は顔を見合わせながら、首を傾けている。

「居心地が悪いってことは無いけど」

「スラン村のみんなはどうだろうね、モニカさんを待つ間のストレスって言うか、緊張感に加えて私達に気を遣うってなると、しんどいかも」

 逆に向こうを気遣うのか。本当に優しい子達だなぁ。でも確かに、今回の件で最もストレスを抱えるのはモニカを心配する周囲の人達かもしれない。私も首を傾けて「うーん」と唸った、その時。

「でもいつかは同じ村の住民なんだし、こんな大事な時ほど、一緒に居た方がよくないかな」

 ルーイがそう言ったら、部屋が静寂に包まれた。その反応に戸惑った様子で、言った本人が目を瞬く。

「え、なに」

「いや、君は本当に大人だね。感心しちゃった」

「同感……」

 私に続いてリコットもそう言うと、ナディアとラターシャも同意を示して頷く。ルーイの言葉が正しいと私も思う。確かに、こんな時だからこそ、一緒に居てもらうべきなんだろう。

「そうだね、スラン村のみんなと一緒に待ってて」

 みんなが頷くのを見てから、私はモニカに面会予定の日時と、その時は女の子達もスラン村で待たせたい旨を書いた手紙を送った。

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