第487話
王様は喉を大きく震わせ、準備も整わない内に出した声は彼らしくないほどひっくり返った。
「わっ、たしの」
自分でも出た声のみっともなさに驚いたのだろうか。一瞬息を止め、改めて続けたけれど。感情と震えを抑えられてはいなかった。
「私だけの罪です、王妃は何も知りません! 申し訳ございません、罰するならば、どうか、どうか私だけを」
テーブルに両手を付いて、王様が必死に頭を下げている。
これではただの、弱者の懇願だ。
私の心の中にはぬるい落胆が広がる。傍に控えていた初老の側近は落ち着きなく眼鏡の位置を整えた後で、王様に勝るとも劣らない震えた声で間を埋めるように言葉を挟んでくる。
「お、王妃殿下はお身体が弱く、発作も年々酷くなっておりまして……その一因に心労が含まれている為、これ以上の負荷は、お命に係ると」
「それで?」
だが今、王様のフォローをするのは私の神経を逆撫でするだけだ。しかもそんな、自分達のことしか考えていない『事情』の押し付けなんて以ての外だろ。
「王妃が『死にそう』だから、親や弟の悪さについて責めるなって? 国民はもう大勢が死んでるんだよ。モニカ達だけじゃないでしょ。なのにどうしてお前らだけは、助けてもらう権利があると思うの」
何なら国の為に率先して死ねよ。ふざけるなよ。
側近も私の言葉に大量の汗を流しながら押し黙り、王様は頭を下げて震え続けているだけ。部屋には沈黙が落ちた。
罪人は自分だとか、自分だけを罰せとか、聞きたいのはそんなことじゃない。フォスター侯爵家を放置したまま王様が罰を受けたって何にもならないのだから。
呆れた。
元凶は王様かと思ったけど。王妃の方か? 長い溜息を吐いた後、私はソファから立ち上がる。
「目の前でその王妃を殺さないと、分からないみたいだね」
埒が明かない。その王妃ってのを、此処に連れてくるか。その方が話は早いかもしれないな。そう考えて半ば私の意識がこの二人から外れた瞬間だった。
「アキラ様!!」
びりびりと部屋に響く大きな声で王様が私を呼んだ。
大きい声、嫌いだって伝えたはずだよね。目を細めたらそのことに気付いたらしく、王様は焦った様子で「申し訳ございません」と続ける。そしてソファから転がり落ちるかのように床に片膝を付いて、深く
「……仰る通りでございます。私の犯した罪は、王としては勿論、一人の人間として許されることではありません」
切羽詰まったような早口で王様が言った。聞き取れる範囲ではあったが、声は感情に震え、泣き出しそうにも聞こえる。私は無言で眉を寄せた。
「王妃が、もしも死ぬことになってしまったとしても。これ以上、隠すことは致しません。フォスター侯爵家の罪、過去のものも含めて全てを暴き、必ず相応の罪でもって裁きます。その全てを広く公表し、王妃にも伝えます。私は王位を退きましょう。その後、誰の手でどのように私が殺されようとも、一切不問とさせます」
側近は弱々しい声で「陛下」と、彼を止めるような声を掛けたが。王様は首を振った。側近は飲み込むようにぐっと歯を食いしばって俯き、一歩下がる。
王様の頭を見下ろして、ひと呼吸。それから軽く天井を見上げ、頭を振った。少しだけ凪いだ自分の胸に手を当てる。……ちょっと、カッとなり過ぎたか。
私はこいつにただ自分の罪を認め、今からでも本来あるべき対応を取ると言ってほしかったのだ。間違いを犯したなら、間違いを正すと。
この人は、理想の王かと言われるともう全くそんな風に思えない情けない王だが。彼の魂に応じて色を変えた魔法石を見た時から、それに見合うだけ公正で誠実であってほしかった。多少は、王妃や家族が可愛くても構わないから。その為にもう、弱い者を虐げないでほしい。
彼らにも聞こえるよう、強く息を吐き出した。
「……もう一回、座って話そう」
少し疲れたような声が出たが、誤魔化すように大股で歩いて、ソファに座り直す。王様も噛み締めるように「はい」と応え、再び正面のソファに座り直した。
「お茶を淹れ直させますか」
「いや、もういい」
此処で仕切り直すように間を空けても良いけれど、あまり長居する気も無い。さっさと話を済ませてしまおう。もう、少し疲れた。
「私があなたから示してほしかったのは、きちんと向き合い、罪を罪とする覚悟だ。侯爵家のことも、あなた自身のこともね」
「はい」
王様も疲れた顔をしている。この時間だけで三歳は老けたな。いつもは丁寧に撫で付けられている髪も、いつの間にか少し乱れていた。
「王位がどうとかは一旦置いておいて。まず二つのことをしてほしい」
正直、王様が退こうがどうしようが私はあまり興味がないからね。
「一つ目、一刻も早く、フォスター侯爵家を押さえて。これ以上の被害者は許さないよ」
実際に私が今ジオレンに居て、ホセの件で更に侯爵家から接触される可能性はゼロじゃない。呑気に動かれれば、再び自分の手で露払いをする羽目になる。下らない労働はもうごめんだ。
「もう一つ、アグレル侯爵家を焼き討ちしたあの事件をきちんと洗い直して、全ての事実を確認してほしい。そして、その内容を王様の口でモニカに説明して。私が彼女を、此処に連れてくる」
これはモニカが求めたことだった。
どうして自分の家が焼かれなければならなかったのか。その時に王家は何をしていて、どんなつもりでその後の処理をしたのか。領地や屋敷はあれからどうなったのか、その全てを知りたい。それを王様から説明してほしいと彼女は言った。
王様は一度唇を噛み締めると、深く頷く。
「承知いたしました。では、三日後の、今夜と同じ時間で如何でしょうか」
思ったより早い。私は頷くより先に、軽く首を傾ける。
「私は構わないけど。間に合う?」
「はい、問題ないと思います」
つまり――今から改めて調査をする必要が無いほど、既に王様の手には当時の情報が揃っているんだな。言い換えれば、それだけの証拠があってもフォスター侯爵家を断罪せずに放置したってことになるんだが。
まあいい。それも含め、この人を裁くのは私ではなく、モニカだと思うから。これ以上、私からは言わないでおこう。
「今度こそ、誠実な対応を期待するよ。……そうしたところでモニカがあなたを許すかどうかは、知らないけどね」
私はそれだけを告げて、話は終わったと立ち上がる。側近と王様は、今までで一番深く頭を下げて、転移する私を見送った。
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