第486話_真相
「ところで、フォスター侯爵家って言えばさぁ」
唐突に空気を変えてやった。彼が呆けた顔をしたことに内心は満足しながらも顔には出さず、素知らぬ振りで続ける。
「私も先日、殴られてるんだよねぇ」
「は」
殴られたのは兵士にであって侯爵にじゃないけど、別に間違ってないよね。アンディの指示だったはずだし。
とにかく肩透かしを食らって呆けている王様に、私は今、南部のジオレンって街に滞在していることを明かした。
「っていうか、ジオレンに私が居ること、報告が行ってないかな。私のこと見付けてるでしょ?」
「……はい。申し訳ございません、監視はすぐに止めさせた為、ご報告しておりませんでした。既にお気付きでしたか」
いや。半分かまを掛けただけ。
ジオレンに入ってすぐくらいになんか視線があるなぁとか、出入りの時に見られてるなぁって思ったのが、少しすると唐突に無くなったから逆に不思議に感じたのだ。検問の兵士らが独断で監視して、報告を受けた王様が止めさせたかなーってね。想像通りの流れだったらしい。
もしそうなら、下手に動かずこのままジオレン滞在の方が都合がいいと思って放置していたんだよね。次の街でもまた見付かって、監視されて、王様が止めるって流れを繰り返されそうだし。既に『監視しない』の指示が通っているジオレンの方がむしろ余計な目が無くて良い。
大体、今回の件を話すにはジオレンという場所は隠しようがないから仕方ないね。
「店で食事してたら、突然『フォスター侯爵家の使い』ってやつが来てね」
呑気な口調で、私はあの夜に起こった全てを説明した。
私以外にも四人の被害者が居ること、私自身も、兵士からの暴力を受けたこと、最終的には四人を守ってホセ達を殺したことも、本当に全部だ。ただ一点だけ、ホセに止めを刺したのがデオンであることは言わない。全員私がやりましたってことにした。
「平民に対して、随分な態度だね。どういうことだろう?」
試すように王様に目をやれば、彼は再び背筋を伸ばしてから、私に頭を下げる。
「大変申し訳ございません! その件につきましては早急に調査し、その侯爵家には厳しい処罰を――」
「へえ。出来るの? 本当に?」
失笑すれば、また王様の顔が強張った。
もしかしてまだ、『言い逃れ』の余地があると思っているのかな。私は背凭れに預けていた身体を起こし、少し前のめりに彼に迫る。
「ねえ王様。私が『全てを知った上で』此処に居ると思ってほしいな」
静かな声は、優しくも聞こえたかもしれないが。王様と側近から緊張の色が消えることは無い。王様は視線を落としたまま、私を見ようとしなかった。
「私にとってフォスター侯爵家を潰すことは簡単だ。転移で領地へ会いに行って、殺せばいい。だけど私は今、此処に、あなたに会いに来ている。意味が分かっているんだよね? だから人払いにも応じたんでしょ?」
返事は無かった。王様と側近の呼吸が微かに震え、怯えていることが分かるだけ。……だからって容赦をする気持ちはもう微塵もない。
「王妃様は元気?」
そう言った瞬間、王様の手はガタガタと震え始めた。
「嫁入り前の名はイーリス・リー・フォスター。……現当主の長女だって? アンディは、王妃の弟だ」
言葉尻に、思わず怒りが乗ってしまって声が震えた。
腹が立っていた。取り繕いようも無いほどにムカついていた。
ああ、同爵位の誰も手が出せないわけだよ。現王妃の生家。王様すら、愚行に一切の口を出さない家。そんな状態を見て他の貴族から何か言えるはずも無い。公爵家であっても言えなかっただろう。王族が暗にフォスター侯爵家の行いを認めているのだ。誰がそれに逆らえるって言うんだよ。
フォスター侯爵家が悪なのは疑いようも無い。あいつらが居なければモニカ達のような被害者は居なかった。だけど。
元凶は、私の目の前に居る、こいつだ。
更に前のめりになって、テーブルに手を付く。何も傷付けないように優しい動作を心掛けたつもりだったが、私の感情に応じて溢れた魔力が、テーブルを微かに軋ませた。
「全部知ってたよね? アグレル侯爵家に掛けられた疑いが冤罪でしかなかったことも。フォスター侯爵家がどういうつもりであの家を夜襲したのかも、あの屋敷で大勢死んだのが『無実の被害者』だったってことも」
ぐっと歯を食いしばったところで、またテーブルがぎしりと大きな音を立てた。
王様は凍り付いた表情のまま、一切動かず、瞬きすらせずにテーブルを見つめていた。彼のこめかみから流れた汗が、頬を伝って落ちる。
「あなたはただ、王妃とその家族の機嫌を損ねられなかっただけだ。その為に、モニカ達が犠牲になった」
大切な人を守る為に他者を犠牲にする行いそのものは、私自身が繰り返している。だから私はそれを糾弾できるほど立派な人間ではない。モニカの為にその復讐を手伝うだけなら、こんな『真っ当』な言葉ではなく更に強い力で虐げ、苦しめれば良かった。
だけど私が許せないのは。『世界の為』と言って私を呼び付けたこいつが。ただの個人として、自分と家族の為だけに、権力を利用して国民を犠牲にしたこと。貴族の模範として歩んできたアグレル侯爵家すら。そんなことの為に根絶やしにしたこと。
私が。
……あんたを良き為政者として、何処かで信じていたってことだ。
湧き上がっていたのは、怒りと苛立ちと。言葉に表せない程の大きな悲しみだった。
震えるばかりで何も言わないことが、もう彼の答えだ。「はい」も「いいえ」も口にしてしまえば私にタグが見える。だから王様は黙り込み、少しでも逃げ道を探している。
それを見逃してやれる優しさが、今の私に残っているはずもないのに。
「何の罪も無かった大勢と引き換えにしたくなるほど大事なら、その王妃、今すぐ私が殺してきてやろうか?」
流石に王妃が居なくなれば、こいつの目も覚めるんじゃないかな。
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