第485話_ウェンカイン王城
大きなソファのど真ん中に腰掛け、目の前に置かれた温かな紅茶を手に取る。正面に座る人は何処か落ち着きなく、私に合わせて紅茶を傾けながらも、味わっているようにはまるで見えない。
「突然の訪問でごめんね、時間を空けてくれて助かったよ王様」
「……とんでもございません」
モニカの話を聞いてジオレンに戻った後。夜になると私は王様に連絡して、今すぐ話がしたいから時間を空けろと――柔らかくお願いするような口調で告げて、訪問した。
応接間には見慣れた側近達、王様、ベルクと、お茶淹れ係のカンナが集まっている。カンナについてはもしかしたら日中も普通に働いていたのに、私が来るからって急遽の残業または呼び出しになったかもしれない。申し訳ない。カンナだけにしか思わないけどね。
「さて。まずは『人払い』をお願いしたいんだよね。折角集まってくれたけど、王様、二人だけで話せるかな?」
途端、部屋には戸惑いの空気が漂った。当然のことだ。護衛を付けずに王様を誰かと二人きりにするなど、相手が臣下であってもそうそう無いことだと思う。最低限、部屋の端に従者や衛兵が待機するはず。それを、よりにもよってこの私――王様に対して完全な友好姿勢を取っていない人間となれば、容易く同意できるはずもない。
短い沈黙が落ちたが、王様は表情を整えて、冷静を装いながら口を開いた。
「それは、何故でしょうか。此処には既に、アキラ様と何度もお話させて頂いた、信頼の置ける者しかおりません」
私と二人きりなんて危ないから駄目だと言わずにこう返してくるのは、私の機嫌を取る意味では、上手なものだと思う。だけど、きっとこの話を伏せたいのは、私ではない。
「モニカ・ローズ・アグレル」
王様の顔色が、一瞬で変わった。
「この名前を、知ってる?」
最早、王様には問うまでもないようだけど。他の者達はどうだろう。側近らやベルクも、表情は変えていた。しかしそのほとんどは怪訝の色を見せるものであって、王様の真っ青な顔色とは違うものだった。
「その姓は確か、三年前に反逆を起こした――」
「やめろ」
ベルクが答えようとした瞬間、王様が強い声で制し、続きを言わせなかった。
「人払い、承知いたしました。ただ、私以外にもう一人だけ残すことをお許し下さい」
「王様が良いなら、私は構わないよ」
そうして残るように指示されたのは護衛となりそうな衛兵でも肉親であるベルクでもなく、初老に見える側近のおじさんだけ。他の者は退室するようにと王様が命じる。ベルクは「父上、どういうことですか」と食い下がったし、衛兵らも渋っていたのだけど。最終的には王様が強く「今は下がれ」と言い含めて下がらせた。
「カンナ、君も下がりなさい。必要な時に呼ぶ」
「畏まりました」
お茶係のカンナも下がって行った為、私のお茶は手にあるこれが無くなるまでである。まあ、話し終わったら帰るからいいけどね。
応接間には側近一人と王様と私の、三人だけが残った。静かな部屋に、王様は長い息を吐き出す。
「その名を、どのようにお知りになりましたか」
「王様」
私は笑みを湛え、優しい声で彼を呼んだ。それでも王様は明らかに緊張を深めた様子で息を呑む。
「先に『知っているか』って聞いたはずだよね。答えられない?」
にっこり笑っていても私が苛立っていることは伝わるのだろう。背筋を伸ばした王様が、慌てて頭を下げた。
「し、失礼いたしまいた。はい、存じております。我が国の北部に領地を持っていた侯爵家の長女で、次期侯爵と言われていた者です」
「そうだね」
彼の丁寧な回答に頷き、紅茶をひと口飲む。
「で、どうやって知ったか、だったかな」
今度は私が彼の問いに答える番だ。どう答えるのが一番良いかを考えながらのんびりと言葉を選ぶ。
「本人に聞いたよ」
事実をそのまま、簡潔に伝えても。全容を知らぬ者が聞けば意味は分からないだろう。王様はよく分からないと言うように眉を寄せ、私を見つめていた。
「モニカ本人に、名前を聞いたんだ」
「……ご存命、なのですか?」
改めて言い直してあげたらようやく理解し、一層その顔色を悪くして、王様が聞き返してきた。少しだけ、気分が悪かった。
「うん、生きてる。死んだと思っていた?」
「生き残りは無いと、報告を受けました」
「ふむ」
報告ね。それは誰の指示で、どういう判断で行われたものなのだろう。捕らえたモニカを侍女と間違えていた時点で、彼女の行方は見失っていたはずだ。つまり死亡の確認が取られたわけがない。
だが、ケイトラントは女性らを連れて屋敷内へ向かい、隠し通路を利用して逃げている。焼け落ちた屋敷に向かって逃げたところでどうせ焼け死んだと思い、一人も外に出していないから、モニカ個人を見付けていないものの、全員死んだと判断した可能性もあるか。
とは言え、隠し通路の存在自体を全く想定していない、そして今も見付けていないなんてことがあるのだろうか。
もしくは単に、逃げられてしまったことを報告したくなくて、王様には全員死亡と伝えつつ裏ではまだ私兵で捜索を続けているか。
うーん。その辺りは微妙だな。まあ、今はいいか。
「そうだなー、何処から話そうか」
放っておくと王様の方から引っ切り無しに質問が飛びそうだから、私から色々話す気があると分かるように呟く。案の定、王様はそわそわしつつも私の言葉を待って口を噤んだ。
「竜種討伐をした後、領地にしてもらったヴァンシュ山。あそこは頂上付近に魔物が居ないって報告、ベルクから受けているかな?」
王様は一度驚いたように目を見開いてから、私の問いには肯定を示して頷いた。続く言葉が予想できたようだ。
「あの山の奥で、私は女性だらけの、結界も無い集落を見付けた」
事前に集落の存在を誰からも聞かなかったことで、私はすぐに隠れ里であることを察した。女性らも、外部には言わないでほしいと怯えていた。
「全員、アグレル侯爵家の生き残りだった。三年前、突然の夜襲でモニカは屋敷を焼かれた。男達は大人も子供も無く殺される中、何故か女性達は『集められて』いたらしくてね、協力し合って逃げたそうだよ」
この『何故か』の部分を敢えて強調したが、『活用』する為だということくらい誰が聞いても分かる。王様も、側近も微かに喉を震わせ、表情を歪めた。
「夜襲の首謀者はフォスター侯爵家」
私が一つ一つ丁寧に語るごとに、二人の顔色はどんどん悪くなる。側近は、ハンカチで何度も額を拭っている。
「……王様」
静かに呼べば、彼は怯えた様子で身体を震わせた。「はい」と応えた声は小さく弱く。そして、息を潜めて私の言葉を待っていた。
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