第479話
その後、私はヘレナと管理人さんから一通りの案内を受け、改めてみんなを振り返った。
「みんなも此処が気に入った? 此処で良い?」
もう決定だろうというつもりで聞いたのに、あんなにはしゃいでいたはずの女の子達がちょっと戸惑った様子で顔を見合わせている。
「金銭的なことはずっと気になるけど……アキラちゃんが、それでも良いって言うなら」
なんだぁ、そんなことかぁ! 何か他に気になることがあるのかもって一瞬不安になっちゃったじゃん。私はニカッと笑う。
「良いよ!」
「軽いんだよねぇ……」
はは。でも割引が効いている上、しばらく入ってなかったことも加味して端数を切って、月額きっちり金貨二枚にしてくれるとのこと。だからそんなに気にする値段じゃないんだよね。2LDKだし、新しくて綺麗だし広いし、治安も良くて立地も良い。妥当だと思う。
「契約で」
「はい」
私の短い言葉にもヘレナが淀みなく了承を返し、管理人のおじさんと話を進めてくれる。その間は採寸でもしてしまおうかって話をしていたら、やり取りの途中で少し難しい顔をしたヘレナが足早に此方へ来た。
「アキラ様、此処は日割り対応をしていないようで……私の確認不足で申し訳ございません。入る時期によっては損をする形になりそうです。来月になさいますか?」
「あー」
なるほど。つまり月の後半に差し掛かるほど損をするよってことか。うーん、でも此処は家賃以外に初期費用が必要ないみたいだから、損した分をただの礼金と思えば気にならないよな。今もまだ上旬の内なわけだし。
「いや、可能な限り早い契約で良いよ。みんな、いつ頃から入れる?」
「私らの予定を聞かれても……」
苦笑いされちゃった。でもほら、心の準備とか、家具を見に行くとかそういうのあるじゃん。
「明日は出掛ける予定をしていたでしょう、あまり慌ただしいのは困るから……三日以上は欲しいわ」
「じゃあ三日後で」
「最速」
とりあえず部屋だけ契約しておいて、完全に移るのは後からでも構わないからね。そう言うと、管理人のおじさんはちょっと可笑しそうに目尻を下げながら答えた。
「いつでもお値段は変わりませんので、お支払い次第、鍵をお渡ししますよ」
「あ、そっか。じゃあもう今すぐ払うよ。契約しちゃおう」
「倍速」
さっきからリコットの端的な突っ込みが面白いんだよね。ヘレナもずっとお仕事モードでピシっとしてたのに慌てて口元を押さえてるじゃん。ツボだったらしい。
さておき、今さっき自分で言ったことだが移るのは後からでも構わないんだから、契約しちゃえば後は好きなタイミングで良いんだよな。
本来はクリーニングとか管理側の準備があるものだが、前の人が出た後のクリーニングはとっくに終わっていて、以降は定期的なクリーニングを月末にしているとのこと。つまり年末に終わらせたばかりだそうだ。それなら追加のクリーニングなんか要らないね。
「私はギルドの正規な職員ですので、契約はこの場で完了できます。進めて宜しいですか?」
「うん、お願い。助かるよ」
ヘレナを従属させていて良かったかも。今とても実感した。書類をキッチンの空いている場所に並べ、私と管理人さんが契約書にサインを入れる。そしてヘレナがギルド職員としてのサインをして、今月分の支払いを済ませれば契約は完了。
管理人さんはすぐに鍵を渡してくれた。ちょうど五つで、人数分だ。
それが済むと管理人さんはさっさと退室して行く。もう此処は私達が借りているので、戸締りも何もしなくていいし、残る必要が無いもんね。
「新しい住処が決定~! あ、ヘレナ」
「はい」
まだギルド職員には整えるべき書類があったらしく、何かを書き込んでいるところに声を掛ける。ヘレナはすぐに手を止めて顔を上げてくれた。
「ギルドで伝えた滞在先の変更って、ギルド行かないと駄目?」
「今回は不要です。手続きがギルド経由ですので、合わせて変更されます」
「そっか」
ギルドを経由するとそういう手続きも簡略化されるんだね、便利で助かるなぁ。なお、数日間は宿と此方のどっちに居るか分からない半端な状態になることも、書類の備考欄に今書いていたところだそう。ありがたい。そうだね、必要だね。もし急を要する場合はヘレナが例の魔道具で一報を入れてくれ、と伝えておいた。あれは常に私達の傍にあるから確実だ。
「それから、アキラ様」
「ん?」
「内密にお話しできる機会があって丁度良かったです」
そう言うとヘレナは入り口の方を軽く確認してから、私に身を寄せてきた。管理人さんは退室したが、その後に施錠はしていない。『内密』と言うだけあって、警戒したようだ。なお、『警戒』の目は私の女の子達からヘレナにも向けられた。ちょっと近くに来ただけだよ。ヘレナは私に何もしないよ、やめてあげて。
「どうしたの?」
「今朝、冒険者ギルドにアキラ様のお名前の照会がありました」
「ほう」
話の途中で、女の子達も内容を聞こうと傍に寄ってくる。ヘレナが私を窺ったので、そのまま続けて良いと言う意味で軽く頷いた。
「丁度、私が受付をしたのですが。『デオン』という名の冒険者で」
「ああ、デオン。先日知り合った人だ」
私の反応が緩かったからだろう、ヘレナは少しほっとした顔を見せた。
「ご存じの方なんですね。デオン様は、『アキラという女性の冒険者を探している』とお尋ねになられまして」
デオンは『男が女を探す』体裁の悪さも理解しており、すぐに答えは求めないと続け、「その冒険者に『先日のお礼がしたい』と言伝してほしい」と言っていたそうだ。
「私の方は『照会して対応しておきます』とだけ答え、回答しておりません」
「なるほど」
相手が私じゃなくても基本、冒険者ギルドはその対応をするらしい。該当者が本当に居ない場合、または該当者が拒否をした場合には質問者に『該当者なし』と伝える。該当者が居て応じる場合には、その者の望む形で対応するとのこと。ふむ。それなら私は――。
「今此処で、言伝は受けたことにしていいのかな?」
「はい。この案件は私が担当となっておりますので」
「そっか、じゃあデオンに『今月中にまた連絡する』って返事をお願い」
「承知いたしました。そのように対応いたします」
それから私は冒険者ではなく、協力者だってことも伝えて良いよと言っておいた。デオンには遥かにとんでもない秘密を見られているからね。この程度の開示、なんてことはない。
「それでは、私も本日はこれで失礼いたします」
「うん。今日はありがとう」
言伝と書類の作成が終わったらヘレナも帰って行った。これからギルドで最終の手続きをするらしい。窓から呑気にヘレナを見送る私の傍らで、女の子達は熱心に各部屋の採寸を進めていた。偉い。私もやろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます