第477話_盗聴
ルーイとラターシャがコーヒーを淹れてくれたので、一旦、短く息を吐く。そのせいで私はちょっと気が抜けて、頭まで緩んでいった。
「同じく被害者だった四人の安全を思えば、本当は私が一刻を争って動くべきなんだけど」
「……どういう意味?」
聞き返してくるナディアの声が緊張感を増していたことにも気付いていなくて、よく考えずに思ったままを口にする。
「なりふり構わず侯爵家が市中で情報を集めたら、私を含め五人がホセ達の馬車に乗せられたことは、すぐに分かるよ」
あんなにも人目に付く形で攫ったのだ。目撃者など数え切れないだろう。
ただ『フォスター侯爵家の使い』と言う名乗りをしたのは私の時だけの可能性が高く、名前での聞き込みは難しい。それでもホセ達を『悪』として切り捨てる前提で「被害者を探している」と言って人相書きでも出してしまえば、口を開く市民は多いと思う。
しかしこの方法では、ホセ達がいつも通り『始末』に成功していたとすると「帰ってきていない」と、ともすれば別の貴族まで絡んで被害者調査が正式に行われてしまう可能性もある。だからリスクが伴う手段なのだ。そういう意味で、『なりふり構わず』ね。
けれど実際は、私を含む五人は今も無事に生きていて、この街に居る。
侯爵家がそれを突き止めてしまえば私達を『あの巨大魔道具を見た上で市中に帰った人間』と思う可能性が高い。
「平民が『覚えていない』『何も知らない』と言って、どの程度それを貴族様は信じるだろうね」
私が記憶を消しているのだから、知らぬ存ぜぬも『事実』だ。けれど、事実であることが侯爵家の者に信じてもらえなければ、どちらであっても同じこと。女の子達はやや青くなって私の言葉を聞いていたが、私は目を閉じた状態でだらだらと喋っていたので、気付いていなかった。
「このまま放置すれば再び手を伸ばされ、強引な手で侯爵家にお招きされる可能性はゼロじゃない。私はともかく、四人に抵抗できる手段があるかな」
デオンならまた暴れて抵抗するかもしれないな。だけど一度は失敗して捕まっているのだから、心配ないと言い切るのは難しい。
そうやって疑われた状態でお招きされたら、拷問にでも掛けられて情報を吸い出される。でも彼らには語れることが何も無くて。本当に何も知らないのだと分かると、次は『冤罪によって市民を攫って拷問した事実』を隠す為に、やっぱり侯爵家は彼らを始末する。
部屋に少しの沈黙が落ちた後、ナディアが大きく深呼吸をした。その音に、ようやく私は目を開けた。
「意地悪な言い方ね。その可能性を、何の策も無くあなたは傍観しているわけじゃないんでしょう?」
睨むように私を見つめるナディアの目を見て、それからみんなの不安そうな顔を見て。ああ、また説明の仕方を間違えたと苦笑いする。
「ごめん。わざと嫌な言い方をしたわけじゃないんだ」
私のこういう言い回しはもう癖なんだろうな。性根が意地悪なんだろう。ナディアは鋭い視線を下げて呆れた様子で溜息を一つ。
「絶対ではないけどね、『大丈夫』と言ってしまったから、多少は守るつもりがあるのは事実だね」
「どうやって?」
私は目を細めるようにしてみんなに笑みを見せる。
「ずっと『聞いてる』よ」
女の子達がピッタリ同じ動作で首を傾けた。その可愛さに、また気持ちが緩む。
「巨大魔道具に仕掛けをしてきた。折角たっぷりと魔力が溜め込まれているからね、一部を利用して、盗聴中」
しかも超広範囲に、屋敷全体を聞いている。潤沢な魔力量さまさまだ。そして幸い、あの屋敷はあまり人が多くない。今は侯爵家の人間も居ないから管理をする為の最低限の人員が居るだけなのだろう。本来ならホセ達と彼お抱えの兵も居たんだけど、殺したので少し減っている。だから全員分の音を聞くことも不可能ではなかった。
「……ずっと向こうの声がアキラちゃんに聞こえてるの?」
「大体ね」
一拍置いてから受け止めた女の子達が、一様に難しい顔をしていた。
「それ、神経、疲れない?」
「ははは、すっごい疲れる」
「帰ってきてからずっとやけに疲れていると思ったら……」
今度はそれを心配してくれるのか。みんなは本当に心優しいな。見知らぬ被害者四人のことも、私のような悪人も、等しく心配して、心を痛めている。
「まあ、こんな賑やかさは慣れてるよ」
今も薄っすらと聞こえてくる向こうの声を感じながら、そう呟いた。確かに一つ一つの声全てに聞き耳を立てていたら、神経は疲れるけど。ただ聞き流している時は、そうでもない。
「この世界は、私の生まれ育ったところと比べてすごく静かだ。人口密度も雲泥の差」
私が居た世界は、街は、私の周りは、いつもガヤガヤしていた。今の感覚はそれにとてもよく似ている。
「久しぶりだから少し疲れるけど。特別なことじゃないよ」
エルフの知恵を受け取った時の頭の疲れに比べたら、千分の一くらいですよ。
あれは本当に酷かったからな……。ヒルトラウトが自分の時はしばらく動けなくなったって言ってたのもよく分かる。あの時すぐに私が動いたのは、早めに動かなければいけない状況だったから無理をしただけ。もっと甘えられる場だったなら
とにかく今の雑音はそんなにつらい状態ではない。そう説明したら、みんなはまだ心配そうな顔をしつつも、頷いていた。
「今、向こうがどういう状況かは、話せる?」
「うん」
気遣しげな顔で聞いてくるナディアが可愛くて頭を撫でたいんだけど、向かいに座っているので手が届きません。まあ、届いてもいつも通り、嫌がられて頭を振られるだけですが。
さておき、分かっていることをきちんと全部、説明しましょう。
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