第476話

 その日の夕方。いつもの夕食の時間。食事処は三つをローテーションしているので、私が攫われたところじゃなくて、そこから二軒ほど離れた店に向かう。しかし私は途中で「あ」と言って、足を止めた。

「ごめん、みんなは先に行ってて」

「え、どうしたの?」

 女の子達が振り返り、特にラターシャは何度も目を瞬きながら動揺していた。昨日の今日だから、何だかみんなの警戒心が強い。雷にびっくりした後の猫ちゃんみたいにぴりぴりしている。可愛い。

「詰め所。昨日の警備の人が居たら、挨拶しておこうかと思って」

 少し通り過ぎてしまったが。彼らにも昨日は心配を掛けてしまっただろうと思うので、挨拶くらいは礼儀かなってね。今後も私の女の子達はキチッと守ってもらわなければならないので、その辺りはちゃんとしたい。私の言葉にみんなの表情が少し緩み、先頭を歩いていたリコットが戻ってきた。

「じゃー私が付いてく~」

 一緒に来てくれるらしい。リコットが付いているなら心配ないと、他三名は安心した顔で店に向かっていった。ん? 警戒されているのは私の行動なのか? まあいいや。とりあえず詰め所に向かおう。

 昨夜みたく通報の為に市民が駆け込む場合があるから、一階部分は誰でも入れるように開かれている。ひょいと覗いたら、受付台みたいなのが二つあったものの無人で、奥のテーブルやベンチに十人くらいの警備兵が各々好きに過ごしている様子だった。武器を磨いていたり、本を読んでいたり、談笑していたり。ふーん、こんな感じなんだなぁ。

「あ、居た」

 昨日駆け付けてくれた三人の内の二人が、その中に居た。彼らはすぐに私に気付いて、駆け寄ってきてくれる。

「こんばんは。昨日はお騒がせしてごめんねー、大丈夫だったよって一応、ご報告に」

「そうでしたか……安心いたしました。わざわざご足労いただき、ありがとうございます」

「ご無事を確認できて、本当に嬉しいです」

 二人はホッとした様子で眉を下げていた。厳つい大男の優しい顔ってちょっと可愛いよね。あとやっぱり彼らは紳士的だ。

「昨日はすぐに来てくれて助かったよ~。私は無礼者だから偉い人はすぐに怒らせちゃうし。間に入ってくれたお陰で、平和に話が出来た」

 最終的には何も平和ではなく、いっぱい殺しましたが、それはそれとして。

 あの場では暴力を振るわれず、振るうことも無かったのは、間違いなく彼らがすぐに来てくれたお陰である。警備兵さん達は「恐縮です」とか「とんでもない」と返してくれていたけど、素直に感謝していた。

「ではお仕事中にごめんね、もう一人の同僚さんにも、よろしくお伝えください」

「はい、ありがとうございました。夜道にはお気を付けください」

「うん」

 彼らは最後まで優しく紳士的に挨拶をしてくれた。私も釣られるようににこやかに頷いて、詰め所を出る。

「ねー、アキラちゃん」

 傍に付いているだけで静かにしていたリコットは、外に出ると同時に口を開いた。「うん?」と柔らかく返事をしながら彼女を見れば、リコットの表情は固いと言うか、妙に不満げだ。え、何でだ。どうした。いつ何処でそんなことになった。

「アキラちゃんってさぁ、男の人にもモテるでしょ」

「あー、まあこの顔だからね、それなりに」

「しゃあしゃあと……」

 私の回答が面白かったらしくて、ちょっとだけリコットの表情が緩む。良かった。いつもニコニコしているリコットが眉を寄せると悲しくなるよ。でもホッとしたのも束の間、またリコットはきゅっと眉を寄せてしまった。短い安堵だったな。

「私が腕組んでるのに、若い方の人が前のめりだった……なんか悔しい」

「えぇ?」

 拗ねたような口調でリコットが唸る。それはどっちの「悔しい」なんだろうか。リコットみたいな可愛い子が居るのに男性らが私の方を見ていたこと? そんなのは別に、彼らがまだリコットの愛らしさを知らないだけなのに。

 リコットの言う『若い方の人』は、昨日あの店に駆け付けて最初に私へ怪我は無いかと尋ねてくれた好青年である。もしかしたら私よりも少し若いかな。残り二人は三十代くらい。今日は一人不在だったけどね。

「私達のアキラちゃんは渡しません~」

「あはは」

 そっちか。折角こうして引っ付いていたのに、男除けになれなかった方の悔しさね。

「こんなに可愛い子が居るのに、何処にも行くわけがないでしょ」

 むつりと口を尖らせているリコットの頬へ、ご機嫌取りの口付けを一つ。でも、ご機嫌ちっとも直らないわ。「ふーん!」って言って強く私の腕を抱いていた。当たっているところが柔らかくて、私は嬉しいんだけどね。

 しかし今日の店も近いので、もう到着しちゃった。時間切れ。

 ただ、到着と同時にぺいっと腕を放されるかと思いきや。余程さっきの件が気に入らなかったのか、リコットは店に入ってもテーブルに着く寸前まで緩く腕を絡めていた。ラターシャが驚いた様子で二回も見てた。可愛い。

 揃ってテーブルに着いた後もさっきの件をリコットがみんなに愚痴る。そんなに嫌だったのか。だけど食事を始めて十分ほど経つと、いつものニコニコしたリコットに戻る。改めて安心した。

 そして今夜は何事も無く、誰に絡まれることも無く食事を終えて宿に帰れました。

「貴族の屋敷で問題があったのに、何の話も出てない感じだね~」

「噂も聞こえてこなかったわ」

 あら。そんなことまで気にして、食事中も周りの声に耳をそばだてていたのか。うーん、そうだな、私がまだ細かい話をしてあげられていない分、この子達は、ずっと不安なんだよな。

 流石に、ちょっと話すか。

 机の方へ行かず、テーブルに着いたら。私の意図に気付いたらしくて女の子達もみんなテーブルに着いた。

「逆に貴族だからこそ、状況が分からないままで下手に騒げないんだと思うよ。叩いて埃が出るような家なら尚更ね」

「あ~」

 探られて痛い腹が無いなら、すぐに表立って『事件』として調査すればいい。だが覗かれた端から痛いものが並んでいるような家だから、少なくとも最初の調査は自分の家だけでしなければならないのだ。

 ところが私達と接触した侯爵家側の者は記憶を失くしているか、痕跡を何も残さずに死亡している。私達に辿り着くことは不可能だ。……内部だけに目を向けている間はね。

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