第474話

 いつもよりずっとモニカの声が硬い気がするのは、話の内容が貴族社会のことで、当時を思い出すからなのだろうか。

『少し込み入った話をさせて頂きたいのですが、そちらはあまり予断を許さない状況でしょうか』

『うーん、危険はもう去ったけど、すぐに此処を離れることが難しいな』

 今はとにかく女性らの傍に付いていなければならない。朝まで目を覚まさないことは間違いないが、目を覚まさないからこそ、傍を離れるのは危ないのだ。万が一、此処で火災などが発生しても彼女らは自然と目を覚ますことが無い。つまり全く別の危険が迫った時の、守る手が必須となる。助けるつもりで掛けた魔法で、殺すようなことは避けたい。

 そして明日以降はヘレナから連絡があれば賃貸物件の内見が入る可能性もあるし、此方の願いで予定を組んでくれているのに直前で崩すのは心苦しい。まあ、これは人の命が係わることじゃないから、最悪の場合は調整できるが。

『明日中には、予定が分かると思う。それからまた連絡してもいい? 急ぎなら、調整するけど』

『いえ。急を要することではございませんので、問題ありません。では予定が空きましたら、お手数をお掛けしますが、此方にお越しいただきたく思います』

 対面で話した方が話しやすいとか、説明しやすいことはあるよね。私は了承を告げた。

『ただ、これだけ先に申し上げておきます』

 詳細は急ぎでなくとも、先んじて伝えておきたい内容なのだろう。私はしっかりと耳を澄ませる。だけどこの時、モニカの声から、緊迫感じゃない何かを感じていた。……笑っている?

『フォスター侯爵家は――』

 彼女が明かした二つの事実に、私は思わず立ち上がった。じわじわと、身体が総毛立っていく。

「あの野郎……」

 怒りが溢れて思わず零した言葉が思念に乗り、モニカにも届いた。彼女はその時、確かに、くすくすと声を漏らして笑っていた。

 そうして迎えた翌朝。

 女性二人はほとんど同じくらいの時間に目を覚まし、やはり私と会ったところまでは覚えていて、屋敷に入ったことは全く覚えていなかった。デオンとも口裏を合わせた通りのことを彼女らに告げ、それぞれに金貨を渡し「これが口止め料だって」と伝える。金額も金額だし、心身に異常は感じてないようだったし、二人はそれで納得して帰って行った。

 その時点で既にいつもの朝食時間が過ぎていた為、やはり合流は無理でしたね。私は自分の朝ごはんをその辺で買って、だらだら歩いて帰ります。さっきの宿はちゃんとチェックアウトしなきゃいけないから、部屋からの転移は出来ない。でも裏道から転移くらいは、しても良かったかもな。まあいいか。

「たら~いま~」

 へにょへにょの声で告げると、出迎えてくれたみんなの顔が笑っていた。

「おかえりなさい」

「お疲れ様、アキラちゃん」

 労ってくれて嬉しい。すぐにテーブルを空けてくれて、ラターシャが温かいコーヒーを淹れてくれた。それと共に朝ご飯を頂きましょう。みんなは慎重に私の顔を窺っていた。

「被害の女性は?」

「大丈夫だったよ、記憶なかったし、お金あげたら大人しく帰りました」

「語弊のある言い方よね……」

「ふふ」

 そうだね、此処だけ聞いたら私が何か悪いことしたみたいじゃんね。私は今回、善行しかしておりませんよ。いや嘘ですごめんなさい。

「ところで、ヘレナから返信あった?」

 パッと見たところ魔道具の傍には置かれていなかったけど――と思って念の為に聞くと、まだだって。まあ、まだ朝早いからね。モニカの件もあるから早くに予定が分かればと思っただけです。急かして申し訳ないヘレナ……いや本人には聞こえてないから良いか。

「アキラ、……疲れている、わよね」

「んー。ちょっとね~。色々説明したいけど、寝たくもある」

 昨日のことは一度帰った時に手短に説明しているけれど、もうちょっと詳しい話もすべきだと分かっている。女の子達も、色々聞きたいことがあるだろう。ただ、ご指摘の通り私はとても疲れていた。

「いいよ、無理しないで眠って」

 ラターシャがそう言ってくれた。優しい。ナディアも私が疲れていることを確認したのは、無理に聞き出すことを躊躇ったせいだろうし。みんな優しいねぇ。

 お言葉に甘えて、私は朝ご飯を食べたらベッドに入りました。しかし。

「寝れない!」

「うわっ、びっくりした」

 十五分ぐらいで勢いよく起き上がったので、近くに居たらしいリコットが肩を跳ねさせていた。

「ごめん」

 驚かせるつもりは全く無かったので素直に謝ると、胸を押さえながらもリコットが笑う。

「いや、どうしたの。疲れてたんでしょ?」

「うーん、なんか、眠気が来ない」

「気が立っちゃってるのかなぁ」

 リコットは私のベッドに膝を付き、頭を胸の方に柔らかく抱き込んでくれた。顔にとても柔らかいものが当たっています。

「添い寝する?」

「ん~……」

 優しく頭を撫でてくれる手と、柔らかさと、体温。リコットのいつもの香水。一瞬、とろっと眠気が来そうな気は、したんだけど。

「んや。起きる」

「あらら」

 何だか今、眠りたくないと思ってしまった。寝ようとしてたはずなんだけどな。二十四歳にして、いやいや期に突入か?

「でもリコ、ありがとう」

 抱き締めてくれたことも、添い寝を提案してくれたことも嬉しかったから、一度リコットをきゅっと抱き返してから離れた。リコットはもう一度、軽く頭を撫でてくれた。嬉しい。

 結局ベッドを出た私は、みんなが完成させてくれていた彫刻板を確認して、半端になっていた魔道具製作を再開することにする。夕飯の時にリコットが言っていた通り、彫刻板は昨夜の内にもう仕上げてくれていたらしい。うん、どれも完璧、手直しの必要も無いね。ということで残るは私の担当作業分。みんなより時間が掛かるかもって言っていたのに昨日の不在だから、圧倒的ビリなのだ……。

 昼食を挟んでもまだ終わらなかった部品製作の作業は、午後を少し過ぎたところでようやく完成し、組み立てに入れた。途中からリコットが斜め後ろにそっと椅子を持って来て私の作業を見学していることも知っていたが、黙々と手を動かし、組み立てていく。

 今回の魔道具もガロに渡したものと同じく水筒に取っ手が付いているような形状だ。

 ちなみに両手でも片手でも持てるよう、取っ手は対角線上に二箇所。だから水筒って言うか、トロフィー型かもな。取っ手の中間にメーターを配置して、筒の上には前と同じく鉱石が付けてある。ちなみに前回のとは違って綺麗な球体だ。光りません。今回はこの丸い鉱石に人が触れるか、または魔道具のスイッチと触れさせると作動する仕組み。

 自立するので普段は置きっぱなしで使えるけど、魔道具のスイッチに触れさせるなら持ち運びと斜め持ちが必要なのでね、色々考えました。

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