第473話
では私も朝までちょっと休憩を――と言いたいところだが。
休憩より優先すべきことがある。急いで、私の愛しい女の子達が待つ宿に帰ります! 転移!
「たっだいま~」
「――アキラちゃん!!」
「がふっ」
部屋に出現した瞬間、物凄いスピードで立ち上がったリコットが私の胸に飛び込んできた。勢いがすごくてもうタックルである。いいけど。可愛いし。
「良かった、ほんとに。大丈夫だったの?」
泣き出しそうな顔で縋り付いてくるリコットが愛し過ぎてもう離したくなくなっちゃう。しっかり腕を回して抱き締めながら、この子の不安を払拭できるようにと笑みを向けた。
「うん。でもいっぱい殺してきた」
「あなたね……」
正直に殺人報告をしたら、ナディアが項垂れているが。とりあえず、彼女らと別れてから今までのことを掻い摘んで説明しよう。
私と同じく攫われた人が四人居たこと。協力者になってくれたデオンに少年を託し、残り二人、女性は私が引き受けて東の外れにある宿に寝かせていること。そして魔道具のところへ到着した際に傍に居たバカ共は全員殺し、残りは催眠状態にして記憶を消してあることをサクッと説明した。
「血の一滴も残ってない状態で、平民が悪さしたとは思えないだろうからね。あのギョロ目に疑いが掛かるくらいだと思うよ」
しかしその本人はもう死んで、私が死体も片付けた。見付かることは永遠に無い。
「とりあえず、女性らを誤魔化す為に私は彼女らの傍に付いてなきゃ。ご飯、包んでもらってくれた?」
「……その為に戻ってきたの」
「いやいや! 君らの安否確認と、私の無事ご報告。そのついでのご飯だってば」
即座にご飯の話をしたせいで、食欲で帰って来たと思われてしまった。本当に違います! だって自分の収納空間にも何かしらお酒や食べ物は入れてある。帰れなくても飢えることはありません。それを説明してもやや疑いの顔をされたが、ご飯はちゃんと渡してくれた。
「彼女らの起きる時間にもよるけど、午前中には帰るよ。でも朝ごはんには間に合わないかも」
だから明日の朝食は、私抜きで取ってほしい。そう伝えたら了承はしてくれる。だけどみんなの表情が緩むことは無かった。
「みんなも、あの後は何も無かったよね?」
守護石が反応していなかったから物理的被害は無いだろうと思ったが、何か嫌なことを言われるとかは守護石で反撃も防御も出来ない。ちょっと心配したものの、みんなは否定を示して首を振る。
「警備兵の方には、むしろ謝罪されたわ。力になれなくて申し訳ないって」
「貴族様相手じゃ仕方が無いです~って言うだけにしといたよ。本当、どうしようもないからさ」
ふむ。警備兵の人達、思った以上に優しくて紳士的だったよね。落ち着いたら顔出しに行こうかな。女の子達はその後も、周りの人達に同情や心配をされたくらいで嫌なことは何も無くて、真っ直ぐ帰って来たとのことだ。それなら良かった。私も無事だし、何てことはない。
「じゃあ、また明日。もう心配ないから、みんなゆっくり休んでね」
私の言葉にラターシャが少し困ったように笑った。
「……あんまり気持ちは落ち着かないけど、無事は分かったから、そうする」
そうだね、優しいみんなは、離れている間ずっと心配してくれるんだよね。ごめんね。慰めるようにラターシャの頭を撫でて、近くに居たルーイも同じくよしよししてから、再び私は転移した。
女性らはしっかり眠っていて、起きる気配なし。
では私は包んでもらっていたご飯をまず食べましょう。そして食後はコーヒーでのんびりして、「さて」と小さく呟く。
『――モニカ、傍に居る?』
すっかり日も暮れて、夕食時間もとうに過ぎた深めの夜だから、モニカは眠っているかもしれない。だけど幸いなことに、三十秒ほどで応答があった。
『夜分にごめん。聞きたいことがあるんだけど。フォスター侯爵ってのは、聞き覚えのある家名かな?』
モニカは数秒黙ってから、静かに『はい』と応える。
私は一度頷くと、先程、私の身に起こったことを彼女に説明した。それから私の知り合いが昔、フォスター家の嫡男アンディによる性被害と詐欺被害に遭ったこと。その子から聞いた黒い噂の数々も併せて。モニカは全てを、静かに聞いてくれていた。
『当時の君の目から、フォスターってのはどんな侯爵家だった?』
改めて問えば、モニカはまた少し沈黙し、『力のある家です』と最初に言った。
『自身の治める領地内においては、暴動を恐れ、もう少し振る舞いを控えているでしょうが。領地外では少々、横暴さが目立つ家でした』
ふむ。なるほどね、自分の領地で市民からのまとまった反感があると、本邸の傍で暴動が起きる可能性があって、流石にそれは命の危険もあるから侯爵といえども怖いんだ。だからって他所の領地でバカをやるなよと思うけど……。アルマ伯爵は立場が弱いから仕方がないにしても、他の高位貴族は何をしていたんだろう。その疑問には、聞くまでも無くモニカが答えてくれた。
『侯爵家の中でも、最も力の強い家の一つなのです。私の家や他の家が苦言を呈しても、此方が圧力を掛けられるばかりで、どうすることも出来ずに手を焼いたことが多々あります』
だからこそ、あの横暴さなんだろうか。だとするともう口を出せるのは公爵または王族のはずだが……流石にそこまで大きな権力を持つ家が相手では、難しかったのかもしれない。もしくは今の状態で最低限は制御していて、『領地内では大人しい』範囲に収まっているのか。うーん、全容が分からない。
『モニカはいつまで、貴族だったの? 言える範囲で良いよ』
まだ彼女の事情を聞いていないし、聞き出すつもりも無かったのにこんな質問をしてしまうのは可哀相かもしれないと思って付け足した。するとモニカは少し笑って、『お気遣いありがとうございます』と言う。思考がバレていてやや恥ずかしい。
『約三年前に、我が侯爵家は私を除き、全員死にました。私は逃亡中の身ですので、国の中でその後どうなったのかは把握しておりません』
三年前か。そんなに前から目立つほど横暴で、しかもモニカの生家のように真っ当な侯爵家が今は一つ減っている。真っ当な家――と思うのは私の勝手な想像だが、モニカやスラン村の人達を見る限りほぼ間違いないだろう。そんな侯爵家が減った結果、更に身勝手さが拍車を掛けていたとしたら、相当に気分の悪い話だ。
『アキラ様』
『ん?』
考え込んで少し黙ったら、モニカの方が私を呼んだ。
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