第472話

「デオン、少年を頼んでも良いかなぁ?」

 このまま少年を保護し、何処かの宿で朝まで休ませてあげてほしい。明け方にはおそらく魔法が切れる。少年が目を覚ましたら、『侯爵家で魔力を提供して倒れた』『覚えていないのは魔力を取られ過ぎたせいだろう』とか言って誤魔化した上で、起こった全ての口止めをしてもらいたいのだ。私は女性らにも同じ対応をするつもりでいる。

「魔力提供をした後はちゃんとお金が支払われ、解放されたってことにして。下手に彼らが騒ぐと、私らまで見付かりかねないから――あ、お金あげる」

 金貨を二枚、ひょいと手渡すと、彼はぎょっとしていた。一人一枚ずつだよ。

「貴族が『口止め』で渡す金額っぽいでしょ?」

「……そうかもしれないが、しかし」

「大丈夫、私は別途、補充するから。こいつらから」

 屋敷の何処かには幾らかお金が置いてあるだろう。迷惑料として頂かないといけない。いけないことはないが、細かいことはいい。

「女性達の方は私が引き受けるよ。寝てる女性を男が宿に運び込むって、体裁が悪いだろうし」

「間違いないな……」

 私の方は、女ばっかりで飲んでて潰れた二人の介抱係とでも言い訳するので大丈夫。ただ、そこに少年が混ざるだけで一気に怪しさが増して困るのだ。そう説明するとデオンは少し納得するように頷いていた。

「最初はデオンにも眠ってもらおうかと思ってたんだけどさ。私の暴れっぷりを隠すには、その方が都合が良いから」

 正直、此処での私を見られたのは都合が悪い。酩酊状態だと思ったら記憶もちゃんとあるようだし。口封じを思えば、デオンを殺すのが私にとっては一番安全だってことも分かっている。

「でも、そうするとデオンと少年は広場辺りに転がすことになる。デオンはまだいいけど、子供をそんなところに放置するのは流石に寝覚めが悪いでしょ」

 起きる前に不審者が身ぐるみ剥いじゃうかもしれないし、別の悪いやつに攫われないとも限らない。子供に対してそれはあまりに残酷だろう。

「あなたは優しいな」

「はは、この惨状を見ても言う?」

 私の返しにちょっとデオンは困った顔で黙った。周囲には七つの遺体が転がっています。私の優しさと思いやりは、限定的なんだよ。

「それにデオン。これは君への口止め料でもある。この場に居たことは、デオンにとっても都合が悪いよね?」

 彼の分の金貨も渡したのはその為。寝てる三人を誤魔化すだけなら、彼にまでお金を渡す必要は無い。

「居ただけではなく、このホセという魔術師を殺したのは私だ。処刑台は免れない。少なくともアキラがこの結果を齎したより、全てを私一人が行ったと見なされるのが妥当だ」

「話が早くて助かるよ。此処で起こったことは内緒だよ。私が魔法を使えることもね」

 実際、捕まったとしても私ならどうにでも逃げられるし、身分が分かれば私を処分なんて絶対に出来ない。そうなると王族や貴族は、身代わりに出来そうなデオンを『首謀者』として処刑し、幕を引きたがるだろう。デオンが描く未来とはやや異なるものの、此処で私達全員が逃げなければ、結末は同じようなものだ。

「仔細承知した。だが。本当に大丈夫なのか?」

「うん、心配ないよ。ちなみにこの屋敷の全員を眠らせてる。何も気にせず、堂々とこの屋敷から出て行けばいい。私達が入ったのも、裏口のようだしね」

 口で言うだけじゃ不安かもしれないので、とりあえず女性一人と少年をデオンに担いでもらって、私も女性を一人抱き上げて、元の荷馬車のところに戻る。ちなみに魔力封印の枷は全員もう外した。デオンのものを外すところを見ていたからね、鍵を持っている人は確認済みでした。

 そして裏門へ至る道中、屋敷の従業員や兵士らが軒並み居眠っていて、デオンは驚いた様子で彼らを見ていた。

「本当に誰一人、起きていないのだな」

「最初からこうして眠らせるつもりで、案内される間に色々仕込んであったんだ。上手くいって良かったな~」

 嘘だけどね。でも一切の細工無しにこれが出来たって言うと、流石に魔法が広範囲過ぎるので、適当に言っておいた。

 外の門番も熟睡していたけど、裏門周辺には人の気配が全く無いので、その姿は誰にも見付かっていないようだ。本来、隠したいものがあるのはフォスター侯爵家の方々だったのだろうが、今回は私達がその利を使わせてもらいます。

「じゃあもう行って、デオン。少年をお願い」

「任された。本当にありがとう、アキラ」

 デオンは周囲を警戒しながらも、不自然とならぬように悠然と裏通りを歩いて行った。その背を見送った後、荷馬車で寝かせている女性らをそのままに、私は一旦、元の場所――遺体がいっぱい転がる場所に戻る。

 まずはこの散らかした人間どもをお掃除しなくっちゃね。

 眠っている人達は催眠魔法で私を覚えていないだろうから良いとして、死体は消さねばなるまい。七つの死体と共に、私は転移した。

 いや~、久しぶりだね! 死体処理用の溶岩湖、デイラガウフ火山!

 別にそんなことの為に存在してるわけじゃないと思うけど、まあ今回も手伝ってくれ。ドボーン。ありがとう活発な火山。多分きっとまた来るね。

 次は中庭に戻って、血などを浄化魔法で綺麗に消して。お掃除は完了です。

 屋敷の人間達も明日の朝になったら起きて、全員が一斉に眠っていたという状況に混乱するだろう。そしてこの巨大魔道具の責任者と思われるホセの不在。その二つの事実を一致させてくれれば今回の事件も『魔道具の暴走』で、その責任を負うのが怖くてホセや他数名が逃亡、なんてシナリオにしてくれるかもね。少なくとも平民が何の痕跡も残さずに侯爵家の筆頭魔術師と兵士らを圧倒したとは思うまい。ハハハ。

 そう言うわけで。ちょっとした金目のものも貰いましょう。ホセ達がやったんだよ。これも。逃亡費用にしたんだよ。そういう設定。

 十五分ほど屋敷を漁ったら金貨が三十枚入った袋を手に入れた! いえーい。デオンと少年、そして女性二人に金貨を一枚ずつあげても、お釣りが来るぜ。

 じゃあ私も女性らを連れて逃亡しようかな。流石に近隣の宿にすると問題かもしれないので、一旦、東の外れの裏路地まで転移で一気に移動。一人を擬態魔法で隠しておく。そしてもう一人をおんぶして。よっこいしょ。

 近くの安宿に女性を連れ込む。女性の服の中にワインを沁み込ませた布を入れたので、「ああ、酔っているのね、お酒臭いわ」って思ってくれたらしい。受け付けの女性は「あらあら」と言っていた。

 流石ワインの街。泥酔の客も慣れたもんだね。もう一人連れてくると告げ、背負っていた一人を部屋に置いて、また外に。ちょっと時間を空けてから、同じ要領で運ぶ。女将さんには「大変ねぇ、ご苦労様」と笑われた。まあ大変なのは間違いない。へへ。

 ふいー。まずは一つ、課題をクリア。女性の服からワインの匂いと染みは消しまして、ベッドでこのまま寝かせます。朝までは絶対に起きないから、これで一旦は安心かな。

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