第471話

「なーまーえ。名前だよ。言える? 言えないならこのまま死ぬ~?」

 いつまでも腕を押さえて唸るばかりの男の顔を、容赦なく蹴り上げた。ちなみに腕は、落とした直後に軽い回復魔法を掛けて太い血管は止血してやってんだよ。痛いだけだから我慢して早く喋れ。この蹴りだって口や鼻を蹴ると喋れないと思うので顎にしてあげた。優しさだ。

「ほ、ホセ・オランテス……」

 荒々しい呼吸に混ぜるようにして、魔術師がようやく答えた。聞き取りにくいが何とか分かる。

「はい、よく出来ました。じゃあホセ、この魔道具は何?」

「魔力を、貯める、ものだ」

「何の為に?」

 大人しく答えてくれているので、彼の傍に片膝を付いて視線を近くした。こいつの声あんまり通らないから聞き取りにくいんだよね。ホセは近付いた私の気配に少し身を固めてから、再び問いに答える。

「知ら、ない。資源、または動力源、とだけ」

 ふむ。ホセの言うことは『本当』だと出ている。やっぱり首謀者は別か。

「平民から、どんな手段を使ってでも集めろって言われてるのかな?」

「……そうだ」

「私達は魔力を注いだ後、どうなる予定だった?」

 途端、ホセが口を閉ざす。お前、結構バカだなぁ。私は無言で短剣を握り直して、何処を刺そうかなって視線をホセの身体の上に滑らせる。するとホセはすぐに察して震え上がり、慌てて口を開いた。

「か、金を払い、帰す予定だった!」

 本当にバカ。想像通り『嘘』が出たのを見ながら、私は真っ直ぐ彼の太腿に短剣を突き立てる。再び醜い悲鳴が上がった。

「言い淀んでおいて、そんなわけないでしょ。正直に教えてね?」

 にっこり笑い、短剣を左右にぐりぐりしてから引き抜く。即座に答えなかった時点でそんな答えじゃないってことくらい、誰が聞いても分かるでしょうが。

 しばらく悶絶していたホセは、いつの間にか泣いていた。いや、泣くなよ汚いな……。そして涙ながらに「殺す、予定だった」と白状した。凡そ予想通りとは言え。あんなに目立つ形で攫っておいて、帰さないって正気か? 目撃者が多すぎるわ。私が呆れかえっているのが伝わったのか、聞かない内からホセは早口で続ける。

「帰した後のことは知らぬと言えば、警備兵も何も出来ない。平民は勿論、アルマ伯も、我々には強く出られない」

 本人らもやっぱり、領主であるアルマ伯爵が何も言えないのを分かっていて好き勝手にやっていたらしい。何だかアルマ伯爵って、大人しそうで気弱なおじさんのイメージが出来上がってきたなぁ。食べ物とワインの美味しい良い領地なのに、外から厄介な貴族が来ちゃったらダメだろう。

「誰の命令? 当主のエドマンド?」

 侯爵位の人間を全く敬称なく呼び捨てたことでホセは反射的に私を睨み付けたが――短剣を持ち直したらひゅっと息を呑み、声を荒らげて怒る様子は無かった。もう腕は無いし、脚にも穴が開いているからね。はしゃいだところで、穴が増えるだけだよ。

「私は主に、アンディ様から指示を受けている」

 アンディ・リー・フォスター。例の嫡男さんだね。なるほど。

「そのアンディは、今は何処に?」

「……現在は王都にご滞在だ」

 不遜な呼び捨てがいちいち気になるようだが、ホセは表情を歪めた直後、大人しくそう答える。おそらく王都にも屋敷を持っているのだろう。フォスターの領地とジオレンはかなり距離がある。王都からも近いとは言い難いが、中間地点としては有効だろう。嫡男の方はあまり領地に帰らず、王都とジオレンを行き来している可能性が高いかもしれないな。

 うん。とりあえず色々分かった。ホセから聞けるのはもうこれくらいか。私は立ち上がる。

「沢山教えてくれてありがとう、ホセ。痛かったよね。もう楽にしてあげる」

 その言葉が希望ではないことを、ホセはよく分かっているようだ。真っ青な顔で、「待て」と声を震わせる。だが続く言葉を聞く気は無い。短剣を握り直すと、それを振るう――より早く、手首をそっと握られて動きが止められた。

 接近にも接触にもまるで敵意が無くって、反応が遅れた。一緒に捕まった男性が、優しい目で私を見下ろしていた。

「レディがそこまで、手を汚すことはない」

 彼は静かな声でそう言うと、緩やかな動作で、敵意も殺意も漂わせないままでホセの胸を長剣でひと突きした。いつの間にか、倒れている兵士の一人から長剣を奪っていたらしい。そしてホセもあんなに穏やかな動きで殺されるとは思わなかったようで、自らの胸に刺さる長剣を呆然と見下ろしたまま、目が光を失った。男性は剣に付いたゴミでも払うように無感動に、ホセを地面へと振り落とす。

「手ならもうドロドロなんだけどね。でも、ありがとう」

 ホセを除いた六人の遺体は私が作ったものだ。ホセ一人が増えるかどうかなど私にとっては些細なことだった。だけど彼が私を心配してくれたのも分かるから、ありがとうと告げることに抵抗は無かった。

「朦朧としながらも、意識はあった。助けてくれたこと、礼を言う」

「あ、そうなんだ。どういたしまして。災難だったね」

 記憶も混濁してるだろうと思ったが、私が彼を助けたこともしっかり把握していたらしい。話が早いとも言うが、危ないとも言う。ま、いいか。

「しかしこれは……全くどうしたものかな。フォスター侯爵家、だったか。大きな家で、随分と大立ち回りをしたものだ」

 平民なら真っ青になるとこだけど、男性は淡々と言っている。まあ、一周回ったのかも。どうにもならないレベルの寝坊をしたら慌てる前に冷静になることあるもんね。ちょっと話の規模が違うけど。

「大丈夫、此処の後処理は心配しなくて良いよ。私がやるから」

「……どうするつもりだ?」

「企業秘密。でも『掃除』は得意分野でね、問題ないよ」

 こんな言葉、問いに答えた内には入らないし、この状況下で安心できる要素など何も無い。しかし彼は私に詰め寄るようなことはせずに、首を傾けただけ。この人、さっきの喋り口調からも察するに相当、紳士だな。

「ただ、被害者の残り三人が、私一人だと手に余る」

 これが、彼をまとめて眠らせなかった理由。彼には此処で私の協力者になってほしかった。まさかホセを殺すところからやってくれるとは思ってなかったけどね。

「三人には強い催眠を掛けたから、多分、記憶は曖昧になる。荷馬車に乗ったところまでは覚えてると思うけど、この屋敷に来たことは忘れると思う」

 一時間ほどの記憶が無くなる強さで催眠を掛けた。私が絡まれた辺りが一時間よりも少し前なので、馬車の中で私と話した記憶はギリギリ残っているはず。

「あなた、名前は? 私はアキラ」

「デオンだ」

 苗字が無いなら平民かな。まあ、あっても伝えてくれるとは限らないけど。私も言わなかったし。何にせよ彼の素性は一旦、置いておこう。

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