第470話
既に魔道具に貯蔵されている魔力量は七万ほどだった。すごいじゃん。私の魔力の十分の一にも満たないとはいえ、これだけの魔力量は滅多にお目に掛かれるものではない。竜種騒動の原因だったあのドラゴンがこれくらいだった気がする。
「此処に魔力を注げ!」
先頭に立たされていた男性は、デカい魔道具の足元に
私は思わず、声を上げて笑ってしまう。
驚いて目を見張っている者、または気に障ったように睨む者。様々な視線を受けながらも、流石にこれは我慢できなかった。抑え込めない笑いに肩を震わせ、軽く首を振る。
「いやいや、彼の魔力、封印してんじゃない? 出来るのそれ?」
「あっ……」
間抜け過ぎる兵士らの反応にまた遠慮なく声を上げて笑ったら、傍に立っていた男が私の顔の前に剣を突き出してきた。さっき私を叩き付けた男だった。もしかして、もう剣を抜かなきゃいけないほど私が怖いのか?
「静かにしろ!」
そんなこと言われても。お前らが面白いことするからじゃん。八つ当たりなんて酷いなぁ。まあいいや。肩を竦めるだけで何も言わず、声を出すのは控えてあげた。顔が緩むのは許してくれ。
私の指摘を受け、兵士らが男性の魔力封印の枷を外していた。「余計な真似をするなよ」とか、頑張って脅しながら。あんなにへろへろで何も出来やしないだろうし、そんな状態の男の何が怖いんだよ。そもそも彼は言葉を理解できるだけ意識が今あるのか? これもうコントだろ。笑うなとか拷問だわ。
結局、朦朧としている男性は怒鳴られようが殴られようが魔力の注入を行う様子など全く無く、聞こえているのかも定かでないまま、だらだらと時間ばかりが過ぎて行く。
くだらねえ~。私はずっとニヤニヤしていた。
「ね~、ところで侯爵様は? いつ来るの?」
私が呑気に声を出すと、相変わらず傍に居た男が苛々した面持ちで剣を近付けてくる。だが無視。もう一度「ねぇ~」と言うと、呆れたように溜息を吐いて、ギョロ目の男が答えた。
「卑しい身分のお前らに、フォスター侯爵家の方々がお会いになるわけがないだろう。本日は此方にいらっしゃらない」
その言葉には『本当』のタグが出た。『フォスター侯爵家の方々』だなんて、素晴らしく模範的な表現をしてくれたね、つまり、フォスター侯爵家『当主』も『嫡男』も。
「えー、居ないんだ。そっかー」
わざとらしく残念がる振りをして、私は口元を押さえて俯いた。今回ばかりはこの笑みを、もう少しだけ隠していたかった。
「……好都合だなぁ」
誰にも届かないご機嫌な声を手の中に落として、その手を口元から離す。剣を突き付けていた男は私が大人しくなったとでも思ったのか、剣先がやや下がって、視線が一度、魔道具の方へと向いた。
警戒心が薄くて、感情的で、判断力が鈍い。お前、本当に無能だね。
ふっと短く笑う私にまた男が視線を向けようとしていたけれど。彼の目が私を捉えるより早く、収納空間から取り出した短剣でその男の喉を貫いた。
刺された男は声らしい声も無く、かひゅ、と喉が鳴っただけでそのまま崩れるように地面に伏す。
周りの兵士らは、突然、同僚の一人が倒れ込んだのを無防備に見つめていて、私の手にある血の付いた短剣に気付いて剣を握り直すまで、たっぷり三秒ほどあった。
誰もこんなこと予想してなかったんだねぇ。私はどう見ても手ぶらの丸腰だったし、魔力が封印されたら普通、収納空間も使えないわけだし。でも私には魔力封印なんて意味が無いから使いたい放題なんだよね~。
「な、なにが……貴様、何をしっ――」
呆然としていた兵士の一人は、ようやく発した言葉の途中で胸から流血して地に伏した。
いやごめん。あんまりにも反応が遅いから何か言うとは思わなくて斬っちゃった。だからわざと言葉を遮ったわけではないよ。ちなみに私、剣とかあんまり使えないので、周りに居た兵士らは風魔法で一斉に斬った。これで最初の一人を含めて六人が死んだ。
この場で残っているのは、私と一緒に連れてこられた被害者四人と、ギョロ目の魔術師だけ。
魔術師は真っ青な顔で大口を開けたが、もう彼には消音魔法を掛けていたので、何も聞こえません。何か叫んではいる。多分ね。
「さて。
流石にこの屋敷内の全員を殺すわけにもいかないし、人が死ぬ度に悲鳴を上げている被害者らも可哀相なので広範囲の催眠魔法を展開。この場に居ない屋敷の人間全員と、女性二名と、少年も眠って倒れ込む。地面にそのまま倒れたら怪我をするかもしれないので、ちゃんと風操作で受け止めて、そっと地面に寝かせた。
残したのは、既に半催眠状態の男性と、ギョロ目の魔術師のみ。
私はまず、朦朧としている男性の方へと歩み寄る。ギョロ目の方は拘束しようかと思ったんだけど、すっかり腰を抜かして座り込んでいるんだよね。大丈夫そう。きょろきょろしながら口を開けたり閉じたりしているのを見ると、助けを呼んでいるんだと思う。自分に消音が掛かっているのもパニック中で感知できない様子だ。魔術師なのに。
魔道具の前でぼんやりとしている男性の肩に触れて、解毒の魔法を掛けた。すぐに男性の目つきが変わり、覚醒したのが分かる。良かった、何を嗅がされたのかは分からないけど、毒の一種と判断されたらしい。催眠状態が解けており、状態異常はもう付いていない。
猿ぐつわと、彼の手を縛る縄を切り落として解放してあげた。
「君、は……」
「私もあなた同様、こいつらに捕まった、無害な平民だよ~」
女の子達が聞いていたら多分『無害』の方にすごい顔しそう。でも『善良』な市民って言っても反応は一緒だと思うんだよね。酷いよね。
「危ない!」
「ん」
音を奪っていたギョロ目の魔術師が私に向かって風魔法で攻撃してきた。男性は咄嗟に立ち上がって私を庇おうとしたようだったけれど、それを制止するように彼の身体を左手で押さえ、右手でその風をペッと払う。
魔術師も男性も、その光景に唖然としていた。普通は無いよね、素手で魔法を払うやつ。
しかし説明する気も無いので置いておいて。一旦、消音魔法の範囲を広げた。私と男性と魔術師の三人だけで、少しお話をしましょう。
私は魔術師の方へ向き直って、前に出た。
「お前、名前は?」
「お、おま……っ無礼者! 私は、フォスター侯爵家に仕える筆頭魔術師だぞ!」
「名前を聞いてんだよ」
質問に答えない奴のこと、私も大嫌いだよ。押し問答が面倒臭いので、魔法の杖を持っているギョロ目の右腕を風魔法で斬り落とした。一拍置いて、聞き苦しい絶叫が響く。まあ消音魔法で包んでいるから私と男性にしか聞こえていないけども。いやー、しかし、うるせえなぁ。
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