第468話

 すっかりもうこの食事処は私達の為の舞台となっている。観客は息を潜め、私達の言葉を聞いていた。

立派なお名前だ。それならご招待を受けよう。最初から言ってくれれば良かったのに。もしかして大きな声でご家名を告げられない内容だった?」

 周りが静か過ぎて、大きな声を出さなくても全ての人に会話は届いている。だからこそ警備兵らは一層私のことを心配そうに見つめてくるし、ギョロ目の男は表情を歪めて「無礼な」と舌打ちしていた。

 しかし、先程のように怒鳴り散らすことも、暴力に訴えることもしない。所属を多くに知られてしまった以上、家名と共にその詳細が広がるのを避けたいのだろうか。だがそんなのはもう後の祭りもいいとこだし、大体、その程度の良心があるなら最初から振る舞いに気を付けたらいいのに。とりあえずこいつの頭が悪いのは間違いなさそうだ。

「アキラちゃん……」

 ラターシャが私の名を呟く。みんなが不安な顔をしていたけれど、私は微笑みを浮かべて一人一人に目をやった。

「心配ないよ。私のご飯は包んでもらって。みんなはご飯が終わったら真っ直ぐ部屋に帰るんだよ」

 私の言葉に、全員、緊張の面持ちで頷いてくれた。

「早く来い」

 ギョロ目の男は依然として高圧的にそう言い、先導するように店を出ていく。私は軽くみんなに手を振ってから、その背に続いた。警備兵らは私と彼らに、ただただ頭を下げていた。

 その後、私は魔力封印の腕輪を掛けられた状態で、荷馬車みたいなところに入れられた。既に私以外に、被害者らしい人達が四名乗っている。

「大人しくしていろ。移動する」

 それだけ告げてギョロ目の男は姿を消した。荷馬車の前にはもう二台の立派な馬車が並んでいる。先程のギョロ目や連れの男達はそっちに乗ってふんぞり返っているんだろうな。

 さて。先客の四名はと言うと。

 一人は大柄な男性だが、気を失っている様子だ。怪我をしているのも見て取れるし、後ろ手に縛られて、猿ぐつわまで掛けられている。二人は女性で、身を寄せ合っている。でも服の感じも全然違うし年齢も差がある様子。おそらく別々に連れて来られたものの、同じ境遇だから支え合っているのだ。あと一人は少年だった。とにかくみんな私と同じく貴族ではない一般人と思われる。……「私と同じ」って言うと途端に意味が分からなくなるが、いやいや。同じだ。

 その後、馬車は少し進んでは止まり、進んでは止まりを繰り返した。その度に「無い、外れだ」などと言う声が聞こえてくる。

 あんな大衆食堂に高位貴族の使いが来て、真っ直ぐ私に会いに来るなんて何事だろうと思っていたが。どうも平民の集まる食堂や酒場を手あたり次第に訪問し、魔力の気配がある人を片っ端から連れ出しているようだ。

 さっきは私が居なかったら危なかったかもな。リコットならあの男の魔力探知に引っ掛かったかもしれない。単に魔力が高いだけでは普通、探知には掛からない。そんなことで掛かってしまえば私なんて一瞬で見付かるからね。でも半端に魔法が使える子は時々、ちょっと多めに魔力が漏れる。そのタイミングで探知されると引っ掛かることがあるのだ。自分でも魔力探知が出来るくらいのレベルに達すればその辺も自然と抑えられるけれど、私の女の子達はまだそれが出来ない。

 街中の、裏通りでもなければ怪しい店でもない安全な店内に居たのに、探知されて攫われるケースなど考えもしなかった。本当、治安の悪い世界だよな。

 とりあえず今回は私が名乗り出たから、私だけの気配だと思い込んでくれた。一般市民の中、一つのテーブルに魔力の高い人間が複数居るとは思っていなかったんだろうし、そこまで細かい探知は出来ないのだと思う。

 結局それ以降は荷馬車の中に人が増えること無く、私を含めた五人を乗せたままで進んでいく。数分前から停まることが無くなって、繁華街の気配が遠ざかる。馬車は長くガラガラと走り続けた。私の幌馬車と違ってめっちゃ揺れるしめっちゃうるさい。安物だな。やだねぇ。

 そういえば今、私に掛けられている魔力封印の腕輪。私以外の四人にも掛けられている。

 当然私にとってはいつも通り何の意味も無いやつだけど、四人はもう何も出来ない感じだね。ただ、アーモスが私に掛けたものほど上等な魔道具ではない。上限は三千まで。まあ、宮廷魔術師以外なら、これで足りるか。

「あなた達は、魔術師なの?」

 私が問い掛けると、女性らは少し戸惑った顔を見せ、少年も怪訝な様子で顔を上げた。この状況で恐怖心も無く呑気に会話をする私は、彼らにしてみたら不可解な生き物にでも見えるようだ。でも女性達は小さな声で応じてくれる。

「いえ……ほんの少し、その、水生成が出来る程度で」

「私は、生活魔法が、3まで扱えるだけです」

「へえ、すごいね」

 一般市民だと思えば立派な魔法だ。私の女の子達は、出会った時点では生活魔法レベル1しか使えなかったのだから。

「君は?」

 少年にも改めて問うと、彼は膝を抱えたままで彼女らよりも更に小さな声を返す。

「火の、レベル1、生成だけ」

「おお、すごい」

 それは中々無い才能だね。火は四属性の中では最も生成が難しい。それをこんなに小さな子供が既に扱えているなんて。彼はおそらくルーイよりも少し若い。十歳前後かな。

 そしてあと一人。眠っている男性には何も聞けないが。此処までしっかりと拘束されているところを見る限り、かなり抵抗をして暴れたんだろう。なら、攻撃魔法レベルまで扱えるのかも。もしくは単に物理の戦闘力が高くて、こうなってしまったのか。

「全く、なんのご招待なんだか。誰か知ってる?」

 私の問いに、三人は一様に何も分からないと示すように、首を横に振っていた。

「おい、静かにしろ」

 唐突に馭者台側の布が開かれ、馭者の隣に座っているらしい男が中を覗き込んで低くそう言った。ギョロ目とはまた違う、強面のやつだ。三人が怯えた様子で身体を固める傍ら、私は呑気に首を傾けた。

「えー、なんで? まだそんなに遅い時間じゃないし、近所迷惑でもないでしょ」

 まさか言い返されると思っていなかったのか、男は一瞬驚いた顔をして、それから、苛立った顔を見せる。その反応、さっきのギョロ目とそっくり。同じ文化で生きてる人達って感じだね。

「此方が黙れと言ったら黙れ。これは命令だ」

「あはは、それってからのご命令? なら侯爵様に聞こえるように大きな声で謝罪した方がいいかなぁ?」

 殊更『フォスター侯爵』の名を強調して声を張ったら、男はやや慌てた様子で荷馬車の中に入り込んで来た。女性らがヒッと息を呑んで怯えたのが見えたので、それはちょっと申し訳なかったかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る