第467話

 それからは怪我などのアクシデントも何も無く、私達は夕方になるまでみんなで部屋に居た。一つの部品が出来たところでふと時計を見ると、いつもの夕食時間が迫っていて。

「あー。そろそろご飯行こうか~」

 女の子達を振り返ってそう告げる。みんなも全く時間に気付いていなかったらしく、揃って時計を見上げていた。

「あと二枚なのに~」

「えっ、すごいなぁリコ。早いねぇ」

 今日中には終わらないだろうと思ったのに。とんでもないね。

 当然、ナディアとルーイも筆入れの真っ最中だった。しかしリコットも含めて三人共、「あとでー」「もうちょっとー」などと駄々を捏ねることなく、ちゃんとキリを付けて手を止めていた。偉い。私はこういう時「先に行ってて~」と言って、みんなが帰ってきてもまだやってるタイプ。

「このペースだと、リコは今日中に終わっちゃうね」

「うん、多分、お風呂の時間までには。二人の筆入れも早いから、全部終わると思うよ。ね?」

 リコットがルーイとナディアを見ると、二人も頷いていた。えー、すごいなぁ。そんなに急がなくていいのに。それとも全く急いでなくて、そのペースなのか。私の女の子達が、すごいです。

「部品を作ってるだけの私が最後になりそうだな……」

 存外、歯車周りのところが細かくって複雑で、時間が掛かるんだよね。歯車のギザギザをめちゃくちゃ小さくしないと、繊細な動きが出せないのだ。そしてやすりも丁寧にかけないと変な凹凸に引っ掛かって動きが悪くなるし。手間暇の掛かる子です。

「今回の魔道具、幾らにしようかなぁ」

「売るの?」

「二つ目以降はね」

「ああ、そっか」

 スラン村に納品する一つ目は無料の試作品。二つ目以降はお金で請け負う話になっている。納品時には値段を設定しておかなければならない。今回のは数が必要になりそうなものではないし、一つで良いって言うかもしれないけど、念の為ね。

「彫刻板は簡単だったけど、あなたの方が大変そうね。スライム素材も必要だし」

 確かに。今はスライム素材が余っているから良いけれど、素材調達の分も加味して値段は設定するべきだろう。

 となると、この間ガロに売った魔道具発見機より割高が良い。あれは大銀貨三枚だったから今回のは……うーん。大銀貨五枚にするか。それをみんなに伝えてみたが、みんなは一様に難しい顔をする。あら、ダメでしょうか。

「相場が分からないのよね」

「いやー相場って意味なら、魔道具ってもっとバカ高いでしょ、貴族様とかが作って、使うものだし」

 仰る通り。つまり相場はとっくに破壊しているので、もう何でも良くない? みたいな気持ちになる私。そういうところがダメなんだって言われるのは知っている。

 なお、私達は既に食事処で晩ご飯を取りながらこの会話をしていた。私が結界で音を誤魔化しているので、内容はあまり気にせず喋りたい放題だ。最近はこういう細かい設定の結界も慣れてきた。

 しかしこれが今回は、良くなかった。

 いや、切っ掛けを得たという点だけは良かったかもしれないと、全てが終わってからは思うけど。

 食事処に入店してきた団体の一人が店内を見回して、そのまま真っ直ぐ此方に歩み寄ってきた。近付く気配に私はサッと結界を解除する。

「おい、お前達。誰か魔術師か?」

 不躾に言ってテーブル脇で立ち止まったのは、目がギョロッとした細身の男だった。その後ろに四人の大きな男が控えている。暑苦しいな。

「何故?」

 私は椅子の背に身体を預けながら男を見上げて問い返す。すると男はひどく不愉快そうに表情を歪めた。すぐに答えないことがお気に召さないらしい。

「此方から魔力の気配がした。周囲には他に客も無い」

 なるほど。こいつ自身が魔術師か。お貴族様――またはお抱えの魔術師様かね。そうでもなきゃ、魔力探知に此処まで長けた人間はそこらには居ないだろうし、初対面で此処まで高圧的でもないだろう。こんな大衆食堂にいらっしゃるとはねぇ。私は呑気にワインを傾けてから、改めて最初の問いに答えてあげた。

「魔術師と言うほどではないけど、少しだけ私が魔力を扱える。それが?」

「多少でも使えるならいい。仕事がある。俺達と来い」

「嫌」

 即座に断ったら、男は一瞬、何を言われたか分からない顔を見せた。そして返答を理解すると、ギッと歯を見せつけるように食いしばって私を睨み付ける。

「貴様の意見など聞いていない! 金をやると言っている内に従え!」

 いきり立った男が私に手を伸ばし、上着の襟を掴み上げてきた。手に持っていたワイングラスはあまり中身が残っていなかったから、何も零れることは無かったが。もし零れていたら勿体ないじゃないか。危ないなぁ。女の子達が瞬時に殺気立ったのを感じて、私はグラスを置くと、彼女らを宥めるように軽く手を振る。

「随分と偉そうだね。誰なの?」

「下民などに質問を許可した覚えもない! いいから来いと――」

「何の騒ぎだ!!」

 男の声を遮るように、警備兵が三名、入り込んできた。店の人が通報したようだ。対応が素早くて助かるね。この食事処は私達の宿の向かいにある。つまり、その隣が警備の詰所で、通報すればこうしてすぐに駆け付けてもらえる。治安がいい。

 男はチッとあからさまに舌打ちをしたものの、素直に私から手を放した。直後、私と男の間に警備兵らが身体を滑り込ませて、引き離してくれる。警備兵の内二人が男から事情を聞く傍ら、もう一人が私に「お怪我はありませんか」と紳士的に聞いてくれた。優しいねぇ。「大丈夫」と笑顔で応えておく。

 ただ、正直。これで事態は収束しないだろうと思っていた。

「ああ……いえ、しかし、このような公共の場で騒ぎを起こされてはですね……」

 最初は毅然とした態度で対応していたはずの警備兵らの声が、どんどん弱くなる。私は笑い出しそうになるのを、堪えていた。

「ええと、レディ、失礼ですが」

「んー?」

 ギョロ目の男を少し下がらせた後、話を聞いていた警備兵の一人が私に向き直る。

「貴族様からの正式なご招待に対し、無礼を働いたとのお話ですが……事実でしょうか」

「いいや。そっちの人らは貴族様なの? 誰なのって聞いたんだけど、名乗って頂けなかったからね、判断のしようもない。で、誰?」

 失笑してしまった。そして礼儀の欠片も無くふんぞり返って答える。私の態度に警備兵らはおろおろした顔を見せつつ、小さく「フォスター侯爵家の使いの方です」と私に囁いてくれた。

「ははは!」

 急に私が大きな声で笑うから。全員がぎょっとした顔で私を見た。無関係だからと視線を逸らしていた他の客すらも例外なく一斉にだ。まあ、そうしてほしくてやったんだけどね。

 店中の注目を集めたことに満足し、私は立ち上がった。

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