第466話
「元通りになった~。アキラちゃんありがと!」
「はい、どういたしまして」
人差し指の脇を結構深く刺してしまったようだったが、痕も無く綺麗に治った。私の回復魔法では大怪我も一息で治るから大丈夫だとは思ったものの、状態を見ると改めてホッとする。テーブルに戻って、完治を告げたらみんなも安堵に長い息を吐いていた。
「もう、驚かせないで……」
「アハハ、ごめん」
怪我をした当人は痛かったはずなのに終始明るい。でもナディアは疲れたように項垂れて、リコットの手を何度も確認していた。怖かったんだろうね、まだ耳はぺったんこだ。可愛い。撫でたい。でも今は怒られるからしない。
「手を置く位置、ちょっと間違えちゃったなー」
「リコ、手袋する?」
「うーん、やりにくいかもしれないけど……そうだね、念の為しようかな」
作業用の手袋は防刃なので今みたいな怪我はなくなるだろうけど、自分で使う目的で買ったものしか持っていない。でもまあリコットなら大丈夫でしょう。と思って渡したら。
「大きい」
「ありゃ」
私の方がリコットよりもちょっと手が大きかったか。他の子らは明らかに違うが、リコットは同じくらいだと思ったのに。改めて見ると、うーん、最大で一センチ近く違う指があるね。なるほどね。
「詰めても構わないなら、詰めるわよ」
「え、手袋も出来るの?」
事も無げにナディアが告げた言葉に、私は驚いて目を丸める。ナディアは手袋に触れて裏と表、中も確認した後で「これなら」と言った。えぇ。凄いなぁ。本当に何でも調整できるのね。
「刃が通らなくても、針って通るの?」
ラターシャの素朴な疑問が可愛い。分かる、ちょっとそういうの気になるよね。ていうか、いつの間にかラターシャもテーブルに着いて休憩している。まだ一時間も経っていないけど、リコットの流血騒動で集中が切れたのかな。一旦休むようだ。
「物によるけれど、布製なら丈夫な繊維が編みこまれているだけだから針は通るわ。革製の場合はおそらく無理ね。魔物の皮で作られていることがほとんどだから、針もハサミも、特殊なものが必要のはずよ」
「そうだね~。刃を通さない魔物って大体が魔法に弱いから、魔力を通した針やハサミを使うみたいだよ」
丁寧なナディアの説明に私は補足だけをした。魔物のことならちょっと分かるんだ。お勉強したし、エルフ族の知恵もあるし。みんなが「へえ~」って感心の声を上げる。可愛い。
「裁断は、難しそうならアキラに頼めばいいし」
「あっ、はーい」
なんでもできる便利な奴って扱いだー。なんでもやりまーす。
「とにかくそれはリコットにあげるから、好きに詰めちゃって。今度みんなの分も揃えておくよ」
いつなんどき、何があって必要になるか分からないからね。最近はこうしてみんなにも作業を手伝ってもらっているし、もうすぐ賃貸物件へのお引っ越しもあるし。
そんなことを考えている内にもう早速、ナディアはインク入れの手を止めて、手袋の調整に入っている。リコットの手に合わせてサイズを見てから、サクサクと指先の糸を解いていた。格好いい。
私は裁縫が不得意なわけではないが、経験がほとんど無い。学校の授業や課題と、文化祭などで必要になった時くらいかな。一人暮らし中に裁縫が必要になったケースは一度も無く、精々ボタンの付け直しくらいか。実家では大抵のことをお手伝いさんがやってくれていたせいもある。勿論このようにサイズ直しなどはプロにお願いするのでお手伝いさんもしない。
そういうわけで彼女の手元をしげしげと眺めてしまった。動きが迷いなく、淀みない……。
なお、私が持っている裁縫道具は物凄く簡易で限定的なものだが、ナディアは個人でちゃんと持っていた。今回はそれを利用して直していらっしゃる。組織に居た頃から持っていたみたい。「自分達で直した方がお金も掛からないから」等と言って、あいつらに用意させたのかもな。不備のある服で営業させることは流石にしないだろうし。
「ぴったりだ! 流石ナディ姉。ありがとー」
「どういたしまして。これからは必ずそれを着けて作業するのよ、せめて左だけは」
「ふふ、うん」
なお結局、詰めたことで余った部分はナディアの持つハサミや工具では切れなかった為、私が魔法でびゃんしました。それ以外は全てナディアの手による調整。完璧です。素人目には歪さなど全く無く、最初からこのサイズの手袋だったかのよう。
「上手だねぇ~本当にすごいな」
私が褒めてもナディアは軽く片眉を上げただけ。さっさと道具は片付けていた。尻尾も今は垂れ下がっているのか、テーブルを挟んだ向こう側に隠れて動きも見えない。無視……か……。内心ちょっと項垂れていると、ラターシャが軽く首を傾け、ナディアを窺う。
「ナディアは、あんまり裁縫のことを聞かれるのが好きじゃないの?」
尋ねる声が優しくて、ナディアだけじゃなくて私にも気を遣われたように感じた。流石にラターシャから聞かれると無視はできないのか、ナディアはちょっと困った顔で口を開いた。
「いえ、……複雑、というか。最初は母から教わって。それは私の中で大切な思い出なのだけど、同時に悲しいことも、嫌なことも思い出すの」
ナディアのお母さんは、彼女が十歳だった時に亡くなったと聞いている。その後は
「忘れたくないけれど、思い出したいとも言えない、半端な感情で。……上手く言えないわ」
「そっか」
ナディアはきっとお母さんが大好きだったんだろうな。だけど幸せな思い出を辿るほど、失ってしまったことと、その後の地獄が連鎖的に思い起こされてしまうんだ。その気持ちはもしかしたら、病気のお母さんを亡くして間もないラターシャが一番よく分かるのかもしれない。静かな彼女の相槌に、ナディアの表情が微かに安堵を見せたのが分かった。
「聞かれたくないと思った時に、私達が気付けなかったら教えてね、ナディア」
「ええ。ありがとう」
私じゃきっとこんなに上手に彼女の言葉を聞いてあげられなかっただろうから、ラターシャに感謝だな。なおこういう場面で口を開くと私はナディアのご機嫌を損ねがちなので。黙ったままでテーブルを離れることにした。自分の作業に戻りましょう。
ちなみにその後、ナディアに調整された手袋を着けて作業を再開したリコットは、「ぴったりだから全然邪魔にならない! やりやすい!」と、はしゃいでいた。可愛いな。
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