第464話

 お隣にもお菓子屋さんはあるし、ケーキも売っているけれど。今日は折角なので違うところにしよう。お隣は結構リーズナブルな店で、みんな頻繁に此処でお茶菓子を買っている。つまり食べ慣れているものだから『労い』という意味を込めるにはやや弱い。ちょっと良いやつにしたい。

 しかしあんまりに宿から離れてしまうと帰るのが遅くなって怒られそうなので、徒歩十五分くらいのところにあるお店に行った。選んで買う時間も含めると四十五分くらいの不在。帰ったら、まだみんな寝てた。置き手紙の意味が無いくらい全員ぐっすりお休みです。そんなに疲れさせてしまったのか。起きたら謝ろう……。

 ケーキは保冷しておいて。私はみんなが確認してくれた紙の最終チェックをしながら静かに過ごした。みんなが起きたのは、それから一時間後。

「いやいや、私らが頑張ったのはさ。アキラちゃんの助けになりたいって気持ちもあるけど、その魔道具は私らにもくれるんでしょ?」

 起きたみんなにケーキとコーヒーをご用意した上で深々と頭を下げて謝罪をしたら、リコットがそう言った。

「うん、そのつもり」

 そもそもスラン村の用途ではあまり急ぐ必要が無い。だから開発を急いだのはみんなの為という意味が強かった。いつでも魔力残量が分かる環境に早くしてあげたかったし、気付かず無理して具合が悪くなるのも避けてほしいのだ。

「それがあると無いとじゃ、魔法の練習が大きく変わるよね」

 ラターシャの言葉に、ルーイもいつになく神妙な顔で深く頷いている。

「特にリコお姉ちゃんの具合が悪くなった時から怖くなって……」

「え、なんかごめん」

 可愛い会話だ。リコットが申し訳なさそうに肩を縮めているのも含めて可愛い。

 何にせよ今回は、みんなも使うものだから頑張ってお手伝いしてくれたってことらしい。

「そっか。じゃあごめんより、ありがとうだね。本当にありがとう」

「どういたしまして。上手くいきそう?」

「うん」

 みんなに見てもらった実験の結果も最終確認したし、今の構想で問題ない。彫刻板の用意も完了しているので、リコットに急かされることもありません。私もコーヒーとケーキで一服です。

「リコットはこの後もう彫刻をするの?」

「やる!!」

 ラターシャに聞かれて勢いよく頷いている。リコットは元気いっぱいだねぇ。

「アキラ」

「んん」

 待って。口がケーキ真っ最中。返事は出来ないが一生懸命に頷いて反応した。ナディアはあまり気にした様子無く話を続ける。

「あのサイズなら、インクは筆よね? 私がやっても?」

「うん。助かります」

 どうやらナディアはあの筆入れ作業が気に入ったみたいですね。可愛いね。

「筆も、私はやっちゃだめ?」

 恐る恐るという様子で、ルーイが言い出した。私とナディアとリコットは一度、顔を見合わせる。特に会話は無かったが、私はすぐにルーイに向き直って笑みで応えた。

「あんまり顔を近付けないようにして、匂いで気持ち悪くなるとか、目が痛いってなったらすぐに止めること。それならいいよ」

「うん、気を付ける! わーい」

 やり方はナディアが教えてあげるそうです。私の教え方はいつも雑だって言われるので丁度いいかも。……別に、落ち込んでないんだから。

「私は全部無理っていうか、楽しく出来ないと思うから止めとくね」

 ルーイ参加の段取りが話し終わったところでラターシャがぽつり。みんなで思わず笑ってしまった。ラターシャも細かいこと苦手だよね。私と一緒だよ。仲間だね。

「勿論それでいいよ。楽しく出来る人が、楽しく出来る範囲で参加してね。みんなありがとう」

 そもそも魔道具製作を主導している私がほぼ完全に不参加なんだからね、彫刻作業。だから手伝ってくれる三人も、しんどくならない範囲でお願いします。改めてそう伝えれば、みんなはまた「過保護」って顔で「はいはい」って言った。過保護じゃない。

 なお、これからラターシャは弓のお稽古をするらしい。私は少しだけその稽古を見てあげて――って言うかほとんどフォームは整ってきたので注意する場所も少ない。いっぱい褒めて撫でるだけ。

「だけど、私は静止した的を射るまでしか稽古してないから、ラタが学ぼうとする『その先』は難しいんだよね。一応エルフからの知恵は貰ってるけど、その辺りは一緒に考えながら練習しよう。私もやるから」

「うん、ありがとう」

 これは何度かラターシャと話していることだ。私の世界は平和で、戦いや狩りの為に弓を習ったわけじゃない。だがこの世界で扱う弓は戦闘や狩りを目的にしていて、私の知る弓道とは大きく違う。

 つまり私が『経験者』として弓を教えられるのは、静止の的を射るところまで。狩りの為に動く物を射る、または戦闘中に自らが動き回って敵を射るって部分は、流石に全く未知の領域。私も一緒にやりながら、折角なので弓道の技術をこっちの世界用に調整しなくてはいけないだろう。一緒に頑張ろうね、ラターシャ。

 さてと。じゃあ私は彫刻板以外の部分を作るか。

 実はリコット達に任せた彫刻板は、魔道具二つ分。この部屋に置く用と、スラン村に納品する用で一気に二つ作ろうとしていた。ってことで、私の作業も当然、二倍です。やるぞー。と思って机に座った時。

「あれ、ヘレナから手紙来た?」

 私は顔を上げて、ラターシャの方を見た。ラターシャはいつも私のベッドと窓の間で稽古をする為、一番そこから近い位置に居たのだ。

「わ、本当だ。アキラちゃんってこれの起動も分かるの?」

「ほんの少し魔力が出るからね。ごめんラタ、取ってくれる?」

「うん」

 折角のお稽古中に申し訳ないが、ラターシャは手を止めて送られてきたものを取ってくれた。今回も紙の束だが、前回ほどの厚みではない。

「おお。みんな、物件情報が来たよ~」

「わーい、見たい!」

「ちょ、待って、今は手が放せない……」

「私も見たい、稽古中断! 手を洗ってくる!」

 リコットだけは彫刻中で動けなくって、まだ作業待ちだったナディアとルーイは素早く立ち上がってこっちに来た。ラターシャも弓を置いたら小走りで洗面所へ。そんなに急がなくても物件情報は逃げないのに。急に浮足立つ部屋が何だか楽しくって、私はニコニコした。

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