第463話
とにかく私はルーイに用件を伝えるべく、悲しい気持ちを一旦、飲み込む。
「ちょっとキリの良いところで私のとこ来て~」
「うん」
天使は迷いなく頷いてくれて、とりあえず誰からも苦情は無かった。そしてすぐに手元の紙を確認し終えたルーイが、軽い足取りで傍に来る。
「どうしたの?」
「この魔法陣に手を置いてみて」
「危なくないでしょうね」
食い気味にナディアの声が聞こえてちょっと笑った。ルーイも笑っていた。長女様のセキュリティは常に迅速で堅固だ。
「大丈夫、危なくないよ。私で実験した後だよ」
ちゃんと伝えると、ナディアはふんと鼻を鳴らすだけで押し黙る。一応、許してくれたと思う。
「ここ? この辺り?」
「そう」
ふわふわと手の位置を調整する様子も可愛いし、手を置く時に小さく「えい」って言うのも可愛い。抱き締めたら実験の妨げになるから我慢したけど、そうじゃなかったら耐え切れずに抱き締めたと思う。
「わあ、動いた。計量器みたいだね」
彼女の手が魔法陣に触れると同時に、私が想定した通りに針がぎゅーんと動いた。彼女の感想が的を射ていたから、ふふっと笑い声を漏らしながら頷く。
「そうだね、メーター部分はそれをモデルにしてるよ。数字は分かる?」
「うーん、七十六・二」
「ふむ。……あー、少しずれてるなぁ、調整しなきゃ。ありがと! また後でお願い」
「はーい」
実際に出てほしかった数字は七十四・三です。小数点以下第一位まで目盛りを作ったんだから此処は妥協してはいけない。ピッタリになるまで頑張ります。この後ルーイを二回、そしてラターシャを一回呼んでようやく納得の行く精度が出せた。調整は完了です。
ちなみにこのやり取り中に一度お昼休憩を挟み、みんなでご飯を食べに行くなどしました。
「っていうか、私らは?」
午後を少し過ぎた頃。調整が終わったって告げたら、リコットがそう言って首を傾ける。
「ナディとリコは魔力残量が満タンに近くて、実験に向かないんだ。これは『割合』を出すからさ」
「あー、なるほど?」
つまり二人が触ってもほとんど百が出てしまうのだ。数字が正しいかを実験するならもう少し半端な位置の人が良い。ちなみに『私じゃ実験にならない』のもそのせい。分母がデカすぎて大体いつも百が出ちゃう。
「そういえば今日まだ何もしてないや」
天井を見上げながら、リコットがぽつり。午前はほとんどずっと私のお手伝いしてくれていたんだから当然だよね。それにリコットはみんなより量が多くって、少し使う程度じゃ割合としては大きく減らないのもある。ナディアも魔力効率が高くて減りにくいのかもな。逆にルーイとラターシャが結構減ってて心配。いつの間に使ったんだか。
とにかく、魔法陣が決定したので彫刻板の図柄も描ける。製図を完了させよう。
そうして私が製図の彫刻板の部分を描き始めたところで、女の子達の「終わった~!」という疲れた声が聞こえた。どうやら全ての紙のチェックが終わったらしい。四人がそれぞれパチパチと控え目に拍手しているのが聞こえた。可愛い。私も一緒に拍手したい。でも今ちょっと手が放せない。ああ、モタモタしてたら拍手が終わっちゃった……。
「ありがと~みんなお疲れ様。労いに後でケーキでも買ってきますよ」
「わーい」
かなり大変な作業だっただろう。お礼に金貨を積んでも受け取ってもらえないと知っている私は、美味しいケーキでお礼をすることにした。学び。
「幅が違う場所、十七枚あったのだけど」
「えっ、結構ある」
驚いて慌てて振り返ると、ナディアがその十七枚と思しき紙を持って傍に来てくれた。
「いえ、どれも紙の切り替え部分だったわ。だから運悪く強めに引っ掛かったところが反動で大きく振れたのだと思う。紙の中央部には一つも無かったから」
「ほうほう」
軽く見せてもらったら、確かに。新しい紙に切り替わった時に、少し他より大きく振れてしまっているものがあった。そういうのはどれも切り替え部分にも引っ掛かったと思われるインクが入っていたので、悪い引っ掛かり方をしたのは間違いなさそう。
「ナディの予想通りっぽいね。ありがとう、後でまたゆっくり確認するよ。ちなみに紙は全部で何枚あった?」
「三百五十七枚。最後の一枚は半分より手前」
「ありがとう!」
みんなで沢山の紙を処理してくれたね。本当に助かった。女の子達が休憩している内に私も製図を――。
「彫刻板の用意できたー?」
「まだです! っていうかリコ、疲れてるでしょ?」
「そんなこと言って私の彫刻板を盗るつもり?」
「リコのだったの?」
戸惑いながら再び振り返ると、リコットだけ不満そうに口をへの字にしていて、他の子らは笑っていた。素早く立ち上がったリコットは私に駆け寄ると、そのまま両腕を回して抱き付いてくる。今回はラリアットではなく緩めの勢いで、甘えてるみたいだ。とても可愛い。
「だめ? 彫刻やりたい」
「勿論いいよ。ただ今日はもう疲れているんじゃないかと思ったんだ。少し休んでて。ちゃんと彫刻板はリコの為に取っておくからね」
私の言葉にリコットは嬉しそうに表情を緩めると、私に頬ずりした後で「うん」と甘い声を返す。お手伝いさせる側なのに頬ずりされちゃった……幸せ……。
ちなみにその後、私が製図を終えて振り返ったら。全員がベッドで仮眠してた。疲れていらっしゃる。本当にごめん……。
この隙に私は彫刻板を用意して、テーブル傍に道具と一緒に並べておいて、「ケーキ買ってくるね」と置き手紙を残す。
じゃあ行くぞー! と出掛ける準備をしたら「アキラ」と長女様の掠れた声。あらら、起こしてしまいました。疲れていても相変わらずの察知能力である。他の子らがまだ眠っているのを確認した私は、音を殺してナディアの傍に向かった。
「起きなくていいよ、ケーキ買うだけ。真っ直ぐ帰ってくる」
「……んん」
本当に眠かったんだと思う。ナディアは小さな相槌だけを返すと、すぐに眠り就いた。可愛い。これは絶対にケーキ以外には目もくれず、寄り道なしで帰らなければなるまい。
静かに部屋を出て、ケーキ屋に向かった。
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