第461話_次は
私が歩く度に砂利が鳴る。その音を聞きながら、木々の隙間に見える夜空を眺めた。
「ただの散歩と思えば、ナディを連れていてもいいけどね」
静かな森。いつか、湖畔へとナディアを誘ったこともある。流石に今回はちょっと足場が悪いのでナディアを歩かせるのは気が進まないけど。散歩が目的ならもっと平坦なところを歩き、大きめの結界で魔物を寄せ付けなければいいし、守護石さえあれば万が一にもナディアが傷付くようなことは無い。
今回は結界で魔物を広く退けるとお目当ての水スライムまで避けてしまうので出来ないけど、足場については私がフォローをすればいいだけだ。それに守護石が守るから彼女は怪我をしない。結局、連れてこないようにしたかったのは別の理由だった。
私自身には、自動防御のシステムが無い。魔力感知の範囲が広いから怪我はまずしないと思っているものの、不意を突かれた時に溶解液で火傷をする程度のことは、覚悟していた。私は私が怪我をするところを、あの子達に見てほしくない。
例えば素材を素手で触る時も、一応タグは確認しているものの、タグが出さない情報だってある。
私の回復魔法は万能なのでどんな怪我も完璧に治せる。だから痛いのは僅かな時間であって大したことじゃないと、つい横着に考えてしまうのだ。元の世界では小さな傷も身体に残ってしまうから、怪我をしないよう日々気を付けていたはずなのにね。つまり「ちょっとくらいなら怪我してもいいや」って思っているのがナディアや他の子らにもすっかりバレてしまっていて、それで、心配するんだな。
「次は、傍に置くか」
怪我をする瞬間を見せたくないなら、怪我をしなければいい。女の子達の目があれば、私も少しは無茶をしないように気を付けるだろう。
改めて少し反省したところで、新しい水スライムを発見。さっきと同じ要領で捕まえたらまた身体の一部を頂いて、小さくなったところで逃がした。この辺りの水スライム達に私はきっと悪魔として語り継がれるに違いない。でも忘れられた頃にまた来るね。
では素材集め完了! 宿に戻りましょう。お出掛け四十分くらいだったかな。
気が済んで宿に帰ったら、ナディアのベッドには彼女だけじゃなくてリコットも居て、二人で並んで座っていた。可愛い。でも私の心配をさせたせいである。
「ただいま」
「怪我は?」
「全く無いよ。……次は一緒に行こう。ごめんね」
多分この言葉が意外だったんだと思う。二人は短く沈黙して、反応に困った顔をした。それが無性に可愛かった。でも笑ったら怒られると思う。我慢した。
「……少し、分かってくれたならいいわ」
評価が『少し』であるのも的確だよね。声はやや疲れているようで、隣のリコットが労うように彼女の背を優しく撫でている。
「もう出掛けないから、眠って。私は少し作業をするけど、灯りや音は漏れないようにするよ」
「あんまり無理しないでね、アキラちゃん」
「うん」
まずは風呂場に向かいますがね。短い時間とは言えお外で遊んできたので軽く汗を流します。そうして私が着替えを済ませて机に座る頃には、もう二人はベッドに入っていた。一緒に寝てたら可愛いなと思ったが、それぞれで。
じゃあ私は黒色の分厚い衝立を周りに置いて、作業しますよ。これは光を遮断させる為に用意した特別な衝立。こんなこともあろうかとね。天井は少し明るくなってしまうが、直接明るい光がみんなの元までは届かない。ちなみにこれを野営時にも立てておくと、周囲から私らが目立たないという対策にもなります。
閑話休題。まずは、水スライム素材の耐久性を確認したい。
その為だけに別の装置を製作します。メトロノームみたいにゆ~らゆらと揺れる物を用意し、右に揺れた時に魔力注入、左に揺れたら魔力遮断。膨張率を測定して、何度やっても一定に反応してくれるかを調べます。記録は心電図みたいにペンが左右に動いて、膨張具合を紙に描いてくれる形。メトロノームさんが動くたびに紙はぶりぶり前へ進むので、ギザギザ模様が延々と描かれる仕組みだ。
よし、突貫の測定装置がお仕事してくれている間に、私は元の図面を直そう。
押し上がったら、歯車がかちかちと回って、メーターが動く。下がったら、元の位置に戻る。
水スライムだったものが測定装置内でうごうご上下している横で、図面を直して、歯車の試作を作る。カチカチ~。うむ。イイ感じ。
ちなみに測定回数はどうしようかな。うーん、五千回もやれば安心。一万回だと超安心。かな。
私はざっくり暗算して、大きく頷いた。
「寝て起きた頃には、一万は余裕で超えるね、二万も行くかな」
起きる時間にもよるけども。何にせよ、この測定が終わらないことには仕組みが決定しない。やることが無くなった。もう寝よう。
私より先に起きてしまった人が触らないようにと、『実験中の為、接近禁止』と貼り紙をした衝立を装置の前に置いた。これでよし。
灯りを消して、そっとベッドに入る。隣のベッドに居るナディアがちょっとだけ身じろいでヒヤッとした。顔を上げることはなかったけど、意識は少し浮上しちゃったかな。この子こんなに過敏なのに落ち着きのない私の隣で可哀相。ごめんね。
そしてぐっすり気持ちよく寝て、目覚めた朝。
机の方を見ると、既に着替えまで済ませているルーイが衝立に触れないように気を付けながら、ちょっと奥を覗いていた。その後ろには目覚めたばかりらしい寝間着のままのリコットが、心配そうに寄り添っている。愛らしい。私は欠伸を一つして、身体を起こした。
「覗くくらいは、危なくないよー。触っちゃダメだよー」
「あ、そうなんだ。良かった。うん、触らない」
そんな会話をしている間にラターシャも身支度を終えて洗面所から出て来ていた。私は夜更かししたせいもあっていつもより寝坊しているのである。起きましょう。朝ごはんの用意もしなきゃいけないし。
「それで、あれは何なの?」
「んん」
全員起きて朝食を摂っている時。ナディアに質問されたんだけどタイミング悪く口いっぱいにサンドイッチが詰まっていた。待ってくれ。
「あれは素材の耐久テスト。かつて水スライムだったモノ」
「ぶ」
水スライムって単語にびっくりした様子でリコットがサンドイッチに齧り付きながらゴフッてしてる。落ち着いてほしい。
「ほ、本当に触らなくて良かった! アキラちゃん大丈夫だったの?」
「あはは、うん、素材化したら触っても平気だったよ」
一般的に、スライム系の魔物に対する印象はとても悪い。どの種類でも状態異常の液体を出す。水スライムは溶解液を出すし、黄スライムは麻痺毒を出すし。他のスライムも色々出してくる。とにかくどんなに弱っている個体や小さい個体でも、絶対に近付いても触ってもいけない、という認識らしい。正しいね。
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