第460話

 静かに起きて着替え始めると、隣のベッドからすごーく嫌そうな溜息が聞こえてきた。

「……こんな時間に何処に行くの。ナンパ?」

「あはは、うーん、そうだね。魔物のね」

「は?」

 ぎゅっとブーツの紐を強く結んで、立ち上がる。振り返ればナディアは怪訝な顔で少し身体を起こし、こっちを見つめていた。

「すぐ戻るよ」

「待ちなさい、私も」

 どうやら同行するつもりでベッドから出ようとしていたから。私は彼女の動きを制するように手を向けて、のんびり彼女の傍へ歩み寄った。

「守りながら夜に戦うのは、慣れてない」

 暗に、連れて行けないと伝えた。当然それが分からない彼女ではない。ナディアは言葉に詰まって、「それでも行く」とは続けられなくなっていた。

「森に行って、目当てのものを手に入れたら真っ直ぐに帰る。心配いらないから、ゆっくり眠って」

 渋々でもこれで飲み込んでくれると思っていたんだけど。眉を寄せて微かに俯いた後で、ナディアはやや上目遣いに私を睨み付ける。

「……あなたは本当に、私達の心配を理解しているの?」

 それはちょっと、心苦しい質問だな。多分、ノーだと思ったから。少なくとも、ナディアが同行しようとしている理由を『心配』だとは知らなかった。だけど素直にノーと言えば、怒られそうなので。

「今は、少しね」

 そのナディアの言葉を聞いたから、さっきよりは。というズルい回答だけど。私は収納空間から、王様に貰ったローブを引っ張り出した。

「ちゃんとこれ着ていくよ。ドラゴンの破壊光線が掠っても私を守ったローブだ。大抵のことは大丈夫だし、危ないことがあったら転移で逃げられる」

「……そう。その話を初めて聞いたこと以外は安心ね」

 あら、そうだったっけ。そっか、戦闘時の危なかった話とかは基本してなかったかな。藪蛇やぶへびってやつ。ナディアは呆れたような溜息を、静かに零した。

「なるべく早く戻ってね」

「うん、努力します」

 ようやくお許しらしい言葉が出ましたが。つまり、寝ずに帰りを待っていそうだな。

 本当に急いで行こう。一歩、ナディアのベッドから離れた時にちらりとリコットへ視線を向ければ、やっぱり彼女も起きていて、私をじっと見つめていた。子供達は幸いもう眠っているようだ。寝付きが良くて可愛いな。いや寝付きが悪くてもみんな可愛いけど。

 やや逸れた思考を整えて、リコットにもナディアにも笑みを向けてから、森へと転移した。

「――さてと。目当てのスライムは居るかな~。あの素材は確か、薄い水色のやつで……水辺のジメッとしたところに居たような」

 大きな独り言を呟きながら森のど真ん中を歩いていく。向かったのは、今言った通り、水辺だ。

 水辺に居るからか、水色だからか、属性が水だからか、由来は知らないが探している魔物の名前は『水スライム』だった。運よく近くに居てくれればいいんだけど。そう思いながらのんびりと歩みを進めて行く。

 月明かりだけで歩く水辺は美しくていいよね~。穏やかに流れる水が月明かりにきらめいて、見ていて飽きない。

「あ、居た」

 タグよりも早く魔力探知に引っ掛かった。岩と岩の間にぎゅっと挟まっている。あんなところに入り込んでいる魔物はあいつしか居ない。数歩近付いたら、タグが間違いなく水スライムだと出してくれた。よし、とりあえず邪魔な岩を破壊するぜ。どーん。

 攻撃魔法だと水スライムも一緒に飛び散るかもしれないので、岩は土操作で砂に変えて除去した。

 突然、投げ出された形になる水スライムが地面に落ちるより早く、私の結界術で囲って捕らえる。いえーい。ゲットだ! と、言いたいところだが。

「で、こいつの素材はどうやって取るのかな。燃やしたら死ぬからなぁ」

 魔物は死ぬと、もろとも塵になってしまって素材が残らない。だから生きている内に取らなければならないのだ。完全に素材化できた後なら、取得元となった魔物が死ぬことは構わないんだけど。

 まずちょっと切ってみるか。先っちょだけブンッと切り離してやった。そして結界を二つに分け、大きい方と小さい方それぞれを引き離す。

「おお、良いね」

 切り離した小さい方が素材化した。もしかしたら二つに分けたら二匹になるかと懸念していたけれど、タグが水スライムだってハッキリと出してくれている。そして無情にも身体の一部を切られたスライムは、うごうごと結界内で暴れた後、元の形状に戻った。

「生かしたまま切り続けたら、無限に素材くれたりする?」

 残酷なことを問い掛けるも、当然、返事は無い。試すしかないな。同じ要領でブツブツ切りながら素材を取らせてもらった。すると水スライムは毎回、形だけは楕円に戻るものの、だんだんと小さくなった。

「うん、切った分が回復してないね」

 スライムは切るだけじゃ死なないし、しっかり全体を燃やさないと何度でも蘇ってしまうと聞いていたが。そんなにすぐ回復しないらしい。そりゃすまない。

「じゃあお前もういいよ。自然へお帰り」

 哀れな水スライムを逃がしてあげよう。結界を解いて水辺に落とすと、一回だけ私に向かって溶解液をブシャーしたけど、結界でガード。周囲に脅しの火をボボボッと出したら、怯えた様子で逃げて行く。

 うむ。キャッチアンドリリース。

 身を切ってリリースすることをそう呼べるかはともかくね。

「おー。素材化すると触っても大丈夫だ」

 素手で触れても火傷なし、毒なし、痺れなし。生きているスライムは触れるだけで色々あるのでちょっと不安だったけど、大丈夫でした。あれも生命としての特性なんだなぁ。もしくは帯びている魔力に毒性があるのか。

 そして、私の魔力を少し注ぐと――。

「わっはは! おもしろ」

 ぷくっと膨れた。注入を止めれば萎んでいく。いいね、今回の目的を思えば理想の素材だ。

「念の為、あともう一匹分は欲しいな」

 実験や増産を思えば、多めに持っておきたいところ。しかし、さっきの水スライムが逃げた方に行くとあいつのお友達を捕まえてしまうかもしれないな。新しい子を早く見付ける意味では都合が良いだろうし、魔物に友達という関係性があるのかは分からないが。何にせよ別の団体から犠牲を出す方が心優しいだろう。やっていること自体が残酷である点は棚に上げる。

 そういうわけで、水スライムが逃げた方とは逆方向、下流に向かって水辺を進むことにした。

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