第459話

 針が動く周辺にやすりを入念に掛ける。段々と目を細かくして、つるっつるにしてやった。

「おお、全然ちがうな、うん」

 思った以上に効果があって、すい~っと動くようになった。これならあとは、魔力の当たりが不均一であることを解決したら何とかなるかも。

 しかし魔力に応じてちゃんと動かせるかどうかは受ける側の摩擦状態には関係が無いし、木に滑り止めをしても意味は無さそうだ。物理的な対策以外は思い浮かばなくて、喉の奥で軽く唸る。

「アーキラちゃんっ」

「おぶぁ」

 唐突に、勢いよくリコットに抱き付かれました。延髄に腕がクリティカルしました。危うく意識が飛ぶところです。

「何でしょう……」

「あ、ごめん痛かった? 私もう上がったから、次ナディ姉が上がったら順番だよ、区切り付けられるようにしてね」

「はい……」

 リコットの髪はまだ濡れていたので、上がったばかりか。じゃああと二十分くらいだね。はい。

 もう使わないものは片付け、ゴミはゴミ箱へ。一旦、作り掛けの道具も図面と一緒に木箱に入れたら収納。はあ。コーヒーで再び、一服します。

 最近はお風呂中など、少し離れる際には机の上の工具などを一通り片付けるようにしていた。

 みんなは別に触らないだろうけど、目を離している時に何か事故があったら怖いので。いや、術も入れてない内から道具が爆発するわけじゃないけどね。例えば王様やモニカからの緊急呼び出しがあるとバタバタするし、身支度の為に慌ててお風呂に入ると髪を乾かすとかに手が掛かって、片付けまで手が回らないとかね、色々あるので、こうした定期的な片付けは必要です。

 リコットはそんな私を知っているから、あと二十分くらいで順番だよって教えてくれたんだと思う。ありがたい。ただし延髄への急襲は控えて頂きたい。

 その後、予想通りの時間で上がって来たナディアは最初に私の方へ目をやって、ちょっと驚いた顔をしてから「次どうぞ」と言った。多分さっき彼女が入る時もまだ私が集中していたから、私の作業を止めさせてお風呂に行かせるまでを、自分がやらなきゃいけないと思っていたんだろう。リコットはナディアのそんな義務感も知っていて、さっきのような強硬策に出たのかもな。でも延髄への……以下同文。

「入ってきまーす」

 お風呂タイム。今日もまだお湯は温かいから温め直しは無し。さっさと入ってしまおう。

 ウェンカイン王国の宿に、湯船が付いていることはほとんど無い。めちゃくちゃ高いところならあるらしいけど。貴族のお屋敷ならあるみたいだからね、そっちに寄せているんだろう。何にせよこの宿には湯船など無く、水が出る蛇口と、洗い場として石のタイルだけ。でもこれだとお湯が置けないので、私が勝手にお湯を溜める用の大きくて深い桶を置いている。洗ったり流したりする時に、手桶でこの湯を汲んで使うのだ。

「シャワーも開発したいなぁ。レバー引いたらざば~とお湯が出てくる感じで」

 私は元の世界の暮らしのせいでシャワーに慣れているから、手桶でいちいち汲んで流すのが億劫なんだよね。逆にみんなはこれに慣れていて何とも思っていないんだろうし、私だけの不便なんだけど。

 しかしシャワーの方が水量を使うのは事実で、この桶に溜めたお湯を組み上げる形ではすぐに空っぽになる。それに資源も無限ではないから、水とは言え、あまり無駄遣いするのは良くないだろう。となると水の生成部分から魔道具化して、生成・湯変換・出力か?

「次は、魔力量が問題になるな」

 私の魔法石を使えばそれなりに長くは保つと思う。でも逆に私の魔法石じゃないと動かないくらい魔力が必要だとも思う。魔法石の使い道としてはちょっと勿体ない気がするよね。

 ちなみに畑の水やり用に、水を汲み上げて散布する魔道具はある。これはエルフ印のもので、スラン村にも今後、納品予定。

 だから組み上げ式のシャワー自体は既に仕組みがあるけれど、その『水源』と『お湯への変換』をどうするかってこと。生成も組み込めば資源の無駄遣いはしない。ただ魔力が代わりの資源になる。何でもゼロから生まれてくれはしないのだ。

「はあ。なんか違う魔道具のこと考えちゃった」

 お風呂を終えて、項垂れる。気分転換になったとも言えるが、新しい悩みを抱えたとも言えるのでは? 浴室から出てくるなりそんなことを呟く私に、みんなが苦笑を返す。

「今日はもう無理しないで休んだら? 急ぎじゃないんだし」

 ラターシャの言葉に、悩みながら首を捻ったけど。最終的には頷いた。

「うーん、そうだね。そうしよ」

 本当はもうちょっと進めてから寝たかったけど。みんなも心配しているし、目途も立っていないし。一応その後もちょっと資料の見直しなどはしていたが、ルーイとラターシャが寝るくらいの時間には私も寝支度を済ませ、早々にベッドへ入った。

 だから今日はナディアとリコットの方が私よりも就寝が遅くて、消灯はナディアがしていた。

 なお、その消灯時、私はまだ起きていた。いつもは普通に起きている時間だった為に上手く眠り就けなかったのだ。ナディア達が横になった後も、もそもそと寝返りを打っていた。

 灯りが消されて真っ暗になって、外からカーテン越しにほんの少しの光が入るだけの部屋。いつもの夜の光景と静けさが心地よく、ようやく、ウトウトし始めた時。

 ふと、新しい仕組みを思い付いて目を開けた。

 針に繋がる棒を回す為に魔力を使うのではなく、棒を押し上げる形なら?

 動きさえあれば、あとは歯車次第で動く方向はどうにでもなる。魔力で棒を回すなどの動作は風操作になるが、魔力に応じて膨張、収縮する素材を使えばもっと安定的に動かせる気がする。回すことばかりを考えていたけれど、『押し上げる』という動きなら色んな手段があるだろう。

 なお、そのような素材の存在は知っているものの、今は持っていない。確かスライム系の魔物のやつだ。名前も「スライム」が必ず付く為、この世界でもこの呼び名が通じてくれる。種類は色々いるけれど、見付けたらいつもすぐ灰にしていて素材は取っていなかった。あれはいずれも溶解液などを出してくるのでサラとロゼが危ないし、服や馬車に影響しても嫌だなーと思って。

 それに、そもそも魔力に応じて膨張する性質が逆に扱いにくく、不人気素材。つまり大したお金にならないんだよね。時々防具のクッションとして使われる程度だろうか。

 だから市場にもほぼ出回っておらず、普通に探すととても手に入りにくい。

 つまり。

 ――取りに行こう! 今から!

 思い立ったらすぐに行動したい私は、ベッドからのそりと身体を起こした。

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