第457話_悪い課題
「うぅ、ルーイ、お膝おいで~」
「あはは、いいよー」
調子に乗った私はルーイに向かって両腕を伸ばし、更に慰めを要求してみた。優しいルーイはすぐに応じてくれて、ぴょんと私のお膝に座る。最高。可愛い。ナディアが睨んでるような気がするけど絶対にそっちは見ないんだから。ふふん。羨ましいだろう。
幸せに浸っていた私は何故さっき沈んでいたのかをもう忘れていたんだけど、ラターシャが「えっと、じゃあやってみる」と言って思い出した。そうそう。『同じ重さなら大きい方が安定する』ってリコットが言ったんだったね。
ラターシャも半信半疑って顔で戸惑いながら挑戦していたが。紙の箱はカタカタと揺れた後、ふわっと浮かび上がった。少し空中で揺れているものの、落ちる様子は全く無い。
「え、嘘。で、出来た? よね?」
「うん、完璧! ラターシャも習得だね~」
誰より最初にリコットが頷いて小さく拍手をする。私は感心して「ほへ~」と間抜けな声を漏らした。そして、ゆっくりと眉を下げた。
「小さい木片って、難しかったんだね……ごめん」
一番簡単な課題だと思って渡したものが初心者向けの難易度でなかったのなら、それは間違いなく私が悪いし、習得の妨げでしかない。だけど同じく被害者の一人でもあるリコットは、優しい笑みを私に向けてくれた。
「軽い方が簡単なのは間違いないよ。ただ、小さいとピンポイントで支えなきゃいけないから、かなり繊細な魔力制御が必要で、ちょっとズレただけで落ちるんだよね」
「あー、は~、なるほど……」
言われてみれば確かに。対象が小さいと、支えるべき点が小さいんだ。そして紙もそのままだとフニャッとしてて安定しないから、今リコットが作ったような紙の箱が最も簡単と思われる、とのこと。リコット、すごいなぁ。
「逆にもうちょっと重くても、大きい方がラターシャは上げられるかも。魔力は足りてるよね?」
「うーん、うん。確かに。もっと重くてもあげられそう」
未だふわふわと宙に浮いている紙の箱。その下に集まっているラターシャの魔力を解析しながら頷いた。
どれくらいの重さまでいけるかな。さっきの箱と同じ大きさの薄い板はいけそう。本は流石に無理かな。薄すぎる本はフニャッとしちゃうし。色々出しながらリコットと二人で「これは?」「これとか」と相談し合う。何故かその中に本人であるラターシャが居ない。
「よし、じゃあ小さい桶!」
決定したものをテーブルに改めて置いて、他を片付ける。ラターシャは私の持つ直径二十センチくらいの桶を見て、二回瞬きをした。
「こ、これは流石に無理じゃないかな」
「大丈夫だと思うよ~」
リコットもニコニコの笑顔でラターシャを促してくれる。結局、私達の押しに負けたラターシャが、やってみてくれることに。
「え、うわっ、と」
「わあ! 浮かんでる!」
紙の箱と比べると最初は大きく揺れて不安定さを見せたが、ゆっくりと上昇した後は安定し、間違いなくそれは宙に浮いた。
「疑いようもなく完璧に習得してるじゃない」
「ね~」
「木片が悪いわね」
「ごめんなさい!!」
叫んだ私はルーイの背に顔を埋めた。「わあ」って言った後、ルーイがくすくすと笑っている。
でも本当に分かんなかったんだよ~~~。
とは言え、私の認識違いのせいで無駄にラターシャの自己肯定感を下げていたかもしれないと思うと、開き直る気にもなれない。どう謝ったらいいか。めそめそしていたら、ラターシャは「怒ってないよ」と笑った。優しい言葉は、嬉しいけれど。
「今後はリコやナディとも相談してね……私だけじゃ、至らないようなので……」
ルーイをぎゅっと抱き締めながらぽしょぽしょと小さな声でそう呟く。リコットは何故かちょっと楽しそうに笑っていた。
「まあまあ。アキラちゃんが教えるの難しいのは分かってたじゃん。過程が無いって、アキラちゃん本人も言ってたし。ちょっと私らが頼り過ぎだったかな」
だから変に責任を感じなくて良いよって、みんなは口々に言ってくれた。本当に優しい子達だ。
実際、何度も言っているけれど私は練習とか勉強をして魔法を使えるようになったわけじゃないので、練習方法の考案は難しい。その癖かなり私が自信満々に教えちゃうから、ラターシャもみんなも、盲目的に信じてしまうんだよね。私がもっと謙虚であるべきだろう。反省。私も今後はみんなに相談しながら講座を進めます。
「大体、私も今まで助言してあげられなかったんだし。これは私も謝る側かなぁ」
私が反省の弁を述べようとするとリコットの方が先にそう言って申し訳なさそうに首を垂れる。曰く、自分の魔法練習がラターシャより進んでいることを言い難く、かつ、あの小さな木片を上げられるようになれば大抵のものは上がるようになるから、様子を見ていたそうだ。なるほどね。小さいものを上げる為の魔力制御も、訓練としては有効なのか。
「だけど私は全く気付いていなかったし、リコのお陰で助かったよ。ラタもリコを怒ってなんていないよね?」
「全然。リコット、教えてくれてありがとう」
私とラターシャがそう言えば、リコットはちょっと照れ臭そうに肩を竦めていた。
「ルーイもありがと。癒されました」
「どういたしましてー」
ようやく、腕からもお膝からも解放して差し上げた。この子はとっても軽いのが愛しい。ルーイが椅子に座り直すと、何故かナディアが彼女の頭を撫でていた。「お疲れ様」ってことか? 抱き締めていただけなのに!
さておき。私は立ち上がって、机の方にいそいそと戻る。
「とりあえず攻撃魔法の講座はまだしばらく準備が要るから、それまではレベル2の練度を上げておいてね」
「はーい」
全員がもうレベル2まで到達かぁ。モニカも言っていたけれど、みんな優秀で嬉しくなっちゃうね。
流石にある程度はレベル2の練度が無いとレベル3に入れないだろうが、さっきチラッと見たリコットの練度だとやっぱりもう充分、先に進むべきなんだよなぁ。
「……アキラちゃん、何か作るの?」
考えごとをしながら徐に工具や木材を取り出していると、ラターシャが声を掛けてきた。いつもは魔道具製作の気配に敏感なリコットがワンテンポ遅れたのは、きっとさっきの資料を読もうとしていたからだろう。でも私が振り返る頃にはもう顔を上げて、じっとこちらを見ていた。
「うん。多分まだ彫刻板までは行けないと思うけど。調整しながら作りたいんだ」
リコットが彫刻板をこよなく愛しているのは知っているのでそんな顔しないでね。必要ならお願いしますよ。
そういうことで、私は机に向かって木材や金属板やワイヤーなど、様々な資材を取り出してガサゴソガチャゴトと、部屋の雑音を増やしていた。
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