第456話

「出来るようになったのは、リコがずっと早かったよ。今は、どっちがってことも無いけどね」

 引き続き沈黙が落ちてしまわないよう、私も何でもないような声で補足した。「自分が一番早かった」なんてことをリコットはあまり口にしたがらないだろうと思ったから。

 なお、驚きをまだ飲み込めず「えぇ」とか声を漏らして混乱しているルーイとラターシャを置き去りに、ナディアはのんびりとみんなのコーヒーを淹れ始めていた。落ち着かせようという意図でしょうか。

「あの、ナディアも知ってたの?」

「……しばらくは知らなかったのだけど。少し前に聞いたわ」

 一番角の立たない言い方を選んだなぁと思った。賢くて優しい。「少し前」がいつのことかを明言せず、二人に内緒だったのは短い期間だって言うみたいだ。まあ実際、期間にしたら短いと思うけどね。何年も黙ってたとかじゃないし。それでも、リコットは申し訳なさそうな顔で少し項垂れる。

「ごめんね。『みんなと違う』って言われるのがなんか、怖くて。隠してもアキラちゃんにはバレるだろうなと思ってたんだけど、ずっと言えなくて」

 そういえば私も別に打ち明けてもらったわけではないんだった。今それを思い出した。

「リコが自分から話したのはナディが最初だよ。私は暴いた側なので、……今更みんなに怒られる気がしています」

 言いながら気付いてしまったのでそっと背筋を伸ばすと、リコットが明るく笑う。

「レベル2を教えてくれる時だったでしょ? 仕方なかったっていうか。その前に私が言うべきだったんだよ、ほんとはね」

 確かにレベル2を教えるにあたって正確な状況を知っていたかったというのが、暴いた時の最たる理由だった。それに、私の前で『出来ないふり』を続けることは難しいというか、苦しいだろうとも思ったから。タグやステータスも見えるし、魔力感知もある。そんな状況で下手に気を遣わせたり、バレる・バレないって怯えさせたりしたくなかった。

「アキラちゃんはどうして気付いたの?」

「魔力量の伸び率だね。あとは魔力の気配の強さかな」

 話している内に全員のコーヒーを淹れ終えたナディアが、三人に出した後、私にも持ってきてくれた。わーい、優しい。

「ん? もしかしてナディって」

「なに」

 受け取る時にふと顔を見上げて、目が合った時に「おや」と思った。

「リコのことを聞いたから、余計に魔法がんばった?」

 私の問いにナディアは少し目を細め、無言でそのまま背を向ける。え、まさかのガン無視? と思ったら再び肩口に軽く振り返って、低くて小さな声を返してきた。

「この子が寂しくならないようにするには、私が傍に行けばいいでしょう」

 はぁ~~~。本当に格好良いんだよな、うちの長女様はさ。

 リコットもまさかそんな理由まで含まれていたとは露ほども思っていなかったらしく、目を大きく見開き、何度も瞬きをした後で、俯いて耳を真っ赤にしていた。え、やば。ここまでリコットが照れるのは初めて見たかもしれない。

 ンガワイイ! と叫びたくて口を動かしたら、どうしてかそれを察知したリコットに睨まれた。まだ何も言ってないのに……でもナディアに睨まれるよりちょっと怖かったので黙りました。あんなに鋭くリコットに睨まれたのも初めてだよ……。

「あ、あー。そういえば子供達は、レベル2どう?」

 お話を逸らしましょう! そしてついでに進捗も聞いてしまおう。するとルーイとラターシャが視線を交わしていた。二人って本当に仲良しだよね。喋る前に「どっちが喋る?」「どっちから喋る?」みたいに目を合わせることが多い。しかも大体がアイコンタクトだけで私達に分かる形で相談しないんだよ。どうやって意思疎通を取っているのかな。今回も何も言葉を交わさないまま、先にルーイが口を開く。

「えっと、本当に小さい水の玉なら、浮かせられるようになった」

「おお! 見たい!」

 びっくりした。じゃあルーイもレベル2の水魔法を習得してるじゃん。それなら出来たその日の内に大々的に教えてよ。だけど喜ぶ私にルーイの方も驚いた様子で目を瞬いている。

「え、だって、本当に小さいよ?」

「いいから、いいから」

 私はウキウキと机から移動してルーイの隣に椅子を出して座った。有無を言わさない私にナディア辺りからげんこつが飛ぶかもしれないと思ったものの、特に誰からも叱られることはなく。ルーイは新しいコップを出してその中に水を溜め、半分くらいになると、操作用に魔力を籠め始めた。

 あまりに「小さい」って強調する米粒レベルかと思ったのに、二センチ近くある水の玉が、コップからぽこんと飛び出す。

「すごい! ルーイもこれは習得したって言っていいよ」

「そ、そう?」

 私は大きく頷く。もう充分しっかりとした塊を動かせているし、そもそも大きさはあまり関係ない。こういうのは徐々に大きくなるものだ。魔力制御の要領は変わらないから、小さくとも操作できたなら「習得した」で問題ない。他三人も拍手し始めて、ルーイがちょっと照れていた。可愛い。いっぱい撫でた。

「ラタは?」

「うーん……」

 渋い顔をなさっている。でも私、ラターシャがこういう難しい顔するの好きなんだよね。なんか可愛い。本人は真剣なので言いませんが。

「私は、まだ。浮きそうで浮かない。浮いても一秒も保たない」

「なるほど。でも良いところまでは行ってそうだね。一度見せてくれる?」

 ラターシャは軽く頷くと練習用の木片を取り出し、深呼吸をしてから、真剣な顔でそれを見つめる。すぐに、木片はカタカタッと音を立てて揺れた。だけど、三分待ってもそれだけだった。

「うぅ、浮かない……」

 木片は確かにラターシャの魔力で動いているのだけど、何処かの辺は必ずテーブルに着いている状態でカラカラと小さく動き回っている。

「これ難しいよね~。私も此処までは早かったけど、浮かせるのはちょっと掛かったし」

 リコットは揺れる木片を見ながらそう呟く。そういえばリコットも最初は似た様子で、一発では浮かなかったね。

 しかし、そう呟くリコットがすぐにラターシャからも木片からも視線を逸らし、徐に紙を取り出して手元で弄り始めた。飽きたのか? 彼女にしては随分と素っ気ない態度を……と思ったら。

「ラターシャ、これでやってみなよ」

「え?」

 リコットはそう言って、今取り出した紙で作った十センチ四方くらいの箱をラターシャの前に置いた。

「でもこれ、木片よりずっと大きいけど……?」

「うん。だけど重さは変わらないし、同じ重さなら大きい方が風操作は安定するんだよね」

「へっ、そうなの?」

 驚いて声を上げたのは、私だった。部屋が一瞬、しん、と静まり返る。

「この人からしたら、きっと全部同じなんでしょう」

「ねー」

 突然の疎外感。しょんぼりしたところでルーイが笑いながら私の背中を撫でてくれた。慰めてもらった。優しい。嬉しい。

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