第454話

 さて急務は一旦終わったので。

 私はまたスラン村に納品する魔道具の製作でもしようかな。彫刻板は切り出して転写しておけば、ナディアとリコットの気が向いた時に進めてくれるし。

 そうして魔道具の図面を取り出して机に向かっている時に、ふと、ヘレナに聞きそびれていたことを思い出した。うーん。……早めに聞いておくか。早速あの魔道具を使って、手紙を送ろう。せっせと文字を書いて、封筒に入れかけたんだけど。もう一度それを引っこ抜く。

「ナディ~?」

「なに」

「検閲どうぞ」

「……何」

 同じ問いを繰り返されてしまったが。二つに折り畳んだ紙をぷらぷらと振って彼女を待っていると、怪訝な顔をしつつも近付いてきて、受け取ってくれる。

 手紙にはこう書いた。

『聞きそびれていたけど、君に悪さをした貴族の名前と爵位を教えてくれる? 他にも何か知っている情報があればそれも。勿論、君やご家族に危険が及ぶことがないように、その情報は慎重に扱うよ』

 ナディアはしばらく眉を顰めて紙を見つめた後、それを無言でみんなの居る方のテーブルに置いた。リコット達も覗き込んで確認している。

「また、人助け?」

「ははは、まさか」

 ヘレナに悪さをした貴族はおそらくヘレナ以外の誰かにも悪さをしているし、現在進行形で何か被害に遭っている市民もいるかもしれない。でも私は見知らぬ誰かを救いたくなるほど、正義の味方じゃない。

 むしろこれは多分、逆のことだ。私が椅子の向きを変えて振り返ると、全員が此方を見ていた。

「城とは良好すぎる関係が続いているからね。そろそろ、ちょっとした不和でも起こしたいと思ってさ。丁度いいカードになるかなって」

「……わざわざ争う必要が?」

「うーん、無いとは言わないよ。刺激が必要だろうね。

 険しい表情のままナディアが少し視線を落とすと同時に、応えたのはルーイだった。

「アキラちゃんに助けてもらえるのを、当たり前だと思わないように?」

「その通り」

 依頼があれば引き受ける――そんな流れがまるで当然となり、疑問や緊張感が無くなってきた。これは『報酬』の一つを、カンナで決めてしまったせいでもある。『女性の用意』はある程度の抑止の為に設定したはずだったんだけど、私の方がそれを放棄してしまった。

 クラウディアがカンナの負担を案じてくれていることからも分かるように、抑止力がゼロになったわけではない。でも想定よりずっと緩んでしまったのは事実だ。

 私が原因の一端であるのに城側に圧力を掛けようとするのはどうかとも思うが、まあ悪人なのでそんなことはさておき。何にせよお互いの間には、もっと緊張感を残すべきだと思っている。

 そんな考えを丁寧に伝えたんだけど、ナディアは難しい顔を崩してくれなかった。むしろ、深めてしまったように思う。

「そう促したい気持ちは、私にもあるけれど……」

「何が心配? ナディ」

 努めて優しい声で、続きを促した。城との間に緊張感を保ちたい気持ちはあれど、ナディア達を不安にさせたいとは思っていない。もしも私の行動がどうしてもみんなを不安にさせてしまうっていうなら、軌道修正も考えるよ。応相談です!

 しっかりと聞く姿勢を取って待っていれば、不安そうな金色の瞳が私を見つめた。

「あなたの侍女様はまだ向こうに居るのでしょう? 不和は、危険ではないの?」

 意外な答えだった。目を丸めたのは私だけじゃなくて、残り三人の女の子達もだ。じっとナディアを見ている。しかしナディアは他の子らに背を向けている形で私の傍に立っていた為、彼女らの視線に気付いていない。

「大丈夫だよ。彼女のことを失念はしてない」

 一度しっかりと頷いた私はナディアから目を逸らさず、一言ずつを慎重に伝えた。

「私との関係は少し『揺らがせる』だけ。彼らにはまだ私が必要だ。彼女を少しでも傷付けるようなことがあれば修復不可能になるって、きちんと分からせた上で動くよ」

 何より、カンナには既に守護石を渡してある。彼女を害する何かがあればすぐに発動するし、そうなったらもう即座に彼女を奪ってくればいい。流石にそんな状況になってしまえば、引き込む手順など考えるつもりは無い。

 勿論それは最終手段だから、今も言った通り、彼女に危険が及ばないように立ち回った上でね。

 そこまで説明したらようやく、ナディアが小さく頷いた。

「分かったわ。あなたがそう言うなら」

 そして、手紙を彼女の手で私の元へと返してくれた。ちゃんと考えて動くつもりではいたが、改めて、私の愛おしい女の子達みんなを想って慎重に動かなければならないことを心に刻んだ。

 というわけで検閲を終えた手紙を封筒に入れます。

 郵送ではなく魔道具で直接送るものなので、わざわざ接着することなくそのまま送る。石を乗せた直後に手紙は消えた。ヘレナはきちんと受信状態にしてくれているようだ。

「さて、改めて、魔道具でも作って続報を待つかぁ~」

「彫刻板は? 何処?」

「ま、まだです!」

 間髪入れずにリコットに聞かれてびっくりして返事が軽くどもった。あの作業が好きすぎでしょ。驚いて振り返ったら、ナディアが両手で顔を覆っていた。笑ってるんだと思う。笑ってる顔、そろそろ見せてよ。

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