第453話_嫌い
リコットをたっぷり摂取したい欲を抑え、真っ直ぐに二人で帰宅した私達。
ただいまと告げるとルーイとラターシャはややユニゾンで「おかえり」と柔らかに迎えてくれたのだけど、ナディアは一切こっちに視線を寄越さずに、微かに眉を寄せていた。
「あー、ヘレナの匂いでもしますか?」
「……そうね」
だから不機嫌らしい。困ったねぇ。ナディアは行っても行かなくても拗ねちゃうね。ラターシャ達と視線を合わせて肩を竦めていると、するするっとナディアの傍に行ったリコットが、彼女の顔をひょいと覗き込んでニコッと笑った。
「でも今回はナディ姉が行っても良かったかもって思ったよ~」
ナディアは勿論、一緒に行った私もその言葉に首を傾けた。あ、ナディアが腹を立てるような発言が特に無かったと言う意味かな? そんな平和な予想を立てたが、それは大きく外れた。
「魔力を吸い取られて一瞬弱るヘレナさん、割といい気味だったし」
「えっ、あれ? リコもヘレナのこと嫌いかな?」
驚いた。リコットはラターシャと同じく「嫌いじゃない」くらいの緩い立ち位置だと思っていたんだけど? 私以外の三人も同じ認識だったようで、一様に目を丸めている。そんな私達にリコットはいつも通りの屈託のない笑顔のままで迷わず頷いた。
「嫌い!」
しかも大きく宣言までしてしまった。そうですか……。
「えぇ……じゃあやっぱり私が行った方が良かったかな。ごめんリコット、押し付けちゃって」
ラターシャが別方向に慌てています。そうだよね、ヘレナ嫌いのナディアの心労を慮ってリコットにお願いしたのに、リコットも同じく嫌いだったわけだからね。
「いやいや、大丈夫だよー、会うのがストレスなわけじゃないから」
そういうもの? よく分からないけど、おろおろしているラターシャが可哀相なので、私もフォローの言葉は掛けましょう。
「諍いも何も無かったよ。今の言葉に私がびっくりしてるくらい、リコは普通だった」
「そ、そう……?」
ホッとして良いのか迷っている様子で、ラターシャが首を傾けている。リコットはそんな彼女の頭をよしよししていた。女の子達が戯れているのはいつも可愛いな。
「ナディ姉が嫌いな人はみんな嫌ーい」
「え」
そして世間話みたいなトーンでさらりと続いた衝撃発言に、ナディアが更に目を大きく丸めて振り返る。その視線にもリコットはいつもの笑顔でニコニコ笑うだけだ。ナディアは何か言いたげに唇を動かしているが、何も言葉が出ていない。
「はは。こりゃ大変だね、ナディ」
笑いながらそう言って頭を撫でたら、ナディアは軽く頭を振って嫌がる。はいはい。ごめんなさい。小さく万歳して私は距離を取った。
その一方で彼女の動揺を誘ったリコット本人は我関せずで鼻歌交じりにコーヒーを淹れているし。困った次女さんだねぇ。まあ、仲が良いってことで。私はとりあえず魔道具を置きますよ。
「それにしても、その魔道具すごいよね。使用者の魔力を使うから、道具自体にはあんまり魔力を使われてないっていうのが、『ありそう』で」
「でしょー?」
ヘレナの魔力を消費しない作り方も出来なかったわけではない。少なくとも魔法石を入れれば私とヘレナが生きている間くらい保つだろうし、そうじゃなくても送受信どちらも私側が魔力を消費するように組んでしまえば、ヘレナの負担にならない。私はあの程度を取られても誤差だからね。
だけどあんな便利な魔道具を一切の負担なく使えるのは不自然すぎる。ヘレナは馬鹿じゃない。便利すぎるものであれば「どうして商品化しないのか」という疑問を抱くだろう。そしてそれをうわべの言葉で誤魔化すのは至難の業だ。
ちなみに。魔道具の小ささから分かる通り、そしてコストが低いと話した通り、仕組みとしてはそこまで難しいものではない。『無生物を決まった場所に送る』という魔法は、考えてみればめちゃくちゃ身近な生活魔法と同じ仕組みなのだ。
「まさか『収納空間』からの応用であんなの作れるなんてね」
ラターシャも今同じことを思い出していたらしく、その魔法を告げた。私は頷く。
「最初は私もね、気付いてなかったんだ。でも色々と魔道具を開発していく時にね、あれ? って思ってさ」
収納空間というのは亜空間の一種で、一人に一つ固有で割り当てられている。今回の魔道具同様、一対一の関係だ。
この世界に生まれた時に空間とのリンクは登録される感じなんだろうね。この辺りも魔力回路が自動でやっちゃう生命の神秘だよ。
なお、私の転移魔法は生物も送れるし移動先も自由だから、転送の原理が全く違う。そこまでさせようとしたら魔法陣がどれだけの規模になり、そして魔力がどれだけ要るのか正直、想像も付かない。魔道具としての実現はほぼ不可能だろうな。
さておき収納空間レベルでありながらもかなりの魔力を吸い取るのは、収納空間と違って色々やっているせい。
収納空間は自分の空間とリンクを繋げて物を取る、または入れるだけだけど。
今回の魔道具はまず、『転送対象物の特定』をする。石と魔法陣の間に挟まれていて、魔法陣の枠内に収まっているもの、という条件だ。
次に、送信先との間にある亜空間にリンクを繋ぐ。そして送信先の状況を確認する。受信状態であることを確認したら、ようやく『対象物を送る』作業に入る。一度、対象を空間に入れてから、送信先の魔法陣と石の間に転送。亜空間を通せば距離も関係がなくなる仕組み。
収納空間を扱う場合はこういった『送信先の確認』とか必要ないし、そもそも対象物の選択と移動は人の手で直接行うものだ。この辺りを全自動にするだけで、魔道具ってのはそこそこ魔力を欲しがる。
それでも一般人が使えるんだから、まだ小さな魔力で済んでいる方だね。
「何にせよ、これで楽に連絡が取れるし、ジオレンを離れる時も気を揉まなくていいね」
「そうね、折角の『駒』だもの。ジオレン滞在中限定なんて勿体ないわ」
冷たい声でナディアが同意した。ひええ。棘がある~。でも私はそういう、ナディアのブレないところが結構好きですよ。
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