第452話

 ちなみにこの『使用者の魔力を吸う』ところが、流通の道具として利用できない最たる理由だ。ヘレナは一般人よりも魔力が多いから三回も使えるけど、普通の人なら一日一回、または二回が限度だろう。

「これも無理はしないでほしい。三回使った日は、新たに連絡事項が出てきても我慢して、ゆっくり睡眠を取ってからにして」

 まあ、どうしても緊急だとヘレナ自身が判断した場合は止めないけどね。そう伝えると、ヘレナは一拍置いてから「ありがとうございます」と言った。優しく聞こえたらしい。「これは優しさだ」と思いつつ、優しさだと捉えられたらちょっと異を唱えたくなる複雑な心です。まあいいか。

「じゃあ、一回使ってみる? 魔力を取られる感覚を確認してみて」

 それにヘレナでもちゃんと使えるのか、一応は見ておきたいのでね。うちの女の子達が使えるところまで確認済みなので、大丈夫だとは思うけど。

 やや怯えた様子ながらもヘレナは頷き、私の教えた通りに石をメモの上に乗せた。魔道具は正常に動作し、メモが移動する。うむ。大成功。

「……なるほど、これが魔力を使った疲労感なんですね」

「結構しんどい?」

「いえ、何と言いますか。三階まで階段を上がってきた後のような、感覚があります」

「あはは、そうだね、そんな感じかも」

 息がめちゃくちゃ上がるほどではないものの、「ふう」ってなる感じね。私の場合はレッドオラムでやったみたいに炎の竜巻とか数本起こすとそうなるね。当然そんなことを此処では言いませんが。

 改めてこっそりヘレナのステータスを確認する。うん、魔力が満タンの状態なら、ぎりぎり五回使えるかな。でもいつも魔力が満タンとは限らないし、ヘレナは一日三回を上限にするので問題なさそうだ。

「ああ、そうだ。魔力が足りないけど急ぎで連絡したい時は、ご家族に代わりに使ってもらうって手もあるからね」

 彼らにはこの魔道具を隠す必要は無いし、家族なんだからお願いもし易いだろう。ミルヴァとシルヴィであればきっと、ヘレナと同じく三回は使える。でもダニエーレはダメ。一回もやらせないで。そう言い含めると、ちょっとだけヘレナが笑う。

「そういえば父は私達よりずっと収納空間が小さくて。そういうことだったんですね」

 ああ、なるほど。そういう不便はあるか。収納空間の広さって、ざっくりは魔力量に比例するからね。絶対ではないみたいだけど、少なくともダニエーレはその通りに小さいようだ。普段あまり魔法を使わない人でも収納空間なら良く使うだろうし、それが小さいのは可哀相。これ本当に便利だもんな。

「ヘレナは収納空間が大きい?」

「人より少し大きいようです。そこまで極端ではありませんが、お鍋を三つ入れたことがあります」

「お~確かにそれは大きめだね」

 何の為に鍋を三つも入れたのかちょっとだけ気になったし、突けば面白いエピソードが出てくる気配がしたけど、ま、今回はいいか。

「アキラ様は大きそうですね」

「大きいね、酒樽が二つは入る」

「そ、それはすごいですね」

 まあ実際は遥かに広大なので嘘だけど。以前にナディアが酒屋で私に使わせた容量がそれくらいなので、その設定で行こうと思う。

「じゃ、しばらくはこれで連絡を取ろう。支払いもこれで良いよ。金融ギルドに行くより早いし、手数料も掛からないでしょ」

「ありがとうございます、利用させて頂きます」

 本来なら冒険者ギルドが手数料を負担するが、私達の間にある契約は冒険者ギルドと関わりが無い。つまり私的な利用になるので、ギルド負担にして後から突かれたら面倒だ。

「あ、もし破損したり、盗難されたりして使えなくなったら普通の手段で連絡して」

 ジオレンにいる間は宿とか、引っ越し後なら賃貸物件に来てくれたらいいし、ジオレンを離れていたらギルド経由で連絡をしてくれたらいい。

「貴重な、品なんですよね」

「ああ。うん、いたずらに壊されたら困るけど、不慮の事故は責めないよ。弁償とか言わないから、怖がらずにすぐ伝えてね」

「……はい」

 私の言葉に頷くも、ヘレナは少し青ざめている。しかしこれって対になって初めて機能するものだから、片方を盗難しても悪用のしようが無い。だからそんなに過敏にならなくても大丈夫なんだよね。そしてヘレナには伝えないけど、私なら魔力を辿って片割れも見付けられる。盗人が出たらサクッと見付けて始末する予定。

「魔力を吸うって機能が危ないから量産が出来ないだけなんだ。作るコストはそうでもない」

 コストが低いのは本当。っていうか、あんまりに製作コスト――特に魔力的な意味で――が高い場合、ただの平民という設定の私が持っているのは不自然すぎるのでね。

「なるほど……確かに、とても便利なので欲しがる者は多いでしょう。貴族様なら、使用人に限界まで使わせようとするかも……」

 気付いてくれた。これが伝わると後は話が早いんだよ。

「ね? 不穏でしょ? だから秘密の魔道具なの」

「……私も気を付けて隠しておきます」

「ありがとう」

 話の分かる人で、本当に助かるなぁ。

 そういうことで今日の用件は終わり! コーヒーのお礼を簡単に告げて、私達は素早くおいとましました。

「ヘレナさんって」

「んー?」

 部屋では挨拶と受け答え以外ずっと沈黙していたリコットが、部屋を出て少し歩くと徐に口を開く。

「助けてもらったことでアキラちゃんに惚れたかと思ったけど。そうでもないね」

「はは」

 私も彼女からそういう想いを向けられている感覚は無いし、リコットから見てもそうなら、間違いないのだろう。

「ま~でも、心酔してる感じはある」

「あー……はは」

 従わせてる立場だから、悪感情を持たれているよりはずっと良いことだけど。救世主を隠してるのに結局は信仰まがいの感情を抱かれるって、少々複雑だったりする。笑うことしか出来なかった。

「リコ~」

「ん?」

 私の呼び掛けに応じてこっちを向いたリコットの鼻筋に、キスを一つ。「わ」と驚いた声を漏らした直後、リコットが笑う。

「なに?」

「ううん。癒しを貰った」

「あはは。疲れちゃった?」

「そういうわけじゃないけど、何となく」

 ヘレナと会うのに疲れるとかは、別に無いんだけどね。無いと思うんだけど。何となくリコットの摂取です。心が穏やかになりつつ、元気が出るなぁ。

「はぁ、このままリコを別の宿に連れ去りたいけど。一旦、この魔道具を部屋に置かないとな」

「わはは」

 連絡手段を渡しておいて、本日は帰らなかったので何も受信できません、なんて格好が付かない。真っ直ぐに帰ってちゃんと受信状態にしておかなければ。今後は私のベッド脇にあるサイドテーブルに常設予定です。

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