第451話_連絡用の魔道具
話した内容をメモにまとめてくれているのを待ちながら、私はのんびりとコーヒーを傾ける。メモを書き終えたヘレナはサッとそれを見直して、顔を上げた。
「ご連絡はお宿の方へ伺わせて頂く形でよろしいでしょうか? または――」
「いや、それも今回話そうと思ってたことなんだ。君に連絡用の魔道具を貸そうと思って」
「えっ」
収納空間からゴソゴソと包みを取り出す。ちゃんと女の子達にも了承を貰った一品ですよ。テーブルには二枚の分厚い布と、二つのキューブ状の石。
「これはね、小包の転送魔道具なんだ」
「そ……そのようなものが、存在するのですか」
「今のところ多分、この一組しか無いと思うけどね。貴重な物だよ~」
ヘレナが口を閉ざして驚愕している、というか、やや怯えている。世界で唯一の貴重な魔道具が目の前にあったらそうなるよね。うける。
「前にも言ったけど私は『旅人』だから、その内ジオレンも離れることになる。そしたらヘレナとの連絡も難しい時が出てくるでしょ? こういう手段が必要だと思ってね」
まあ、さっき賃貸物件をお願いしたばっかりだから、しばらくはジオレンに居る予定だけどね。
「一組って言った通り、これは対の魔道具で、複数相手には送れないんだ。流通手段にするには少し不便かな」
他にも一般で広く使用できない理由はあるが、それはまた後で説明しよう。
まず、石は一辺が五センチ程度で、片手に収まる大きさ。そして布の方は二十五センチ四方くらいで、中央に円形の魔法陣が描かれている。テーブルに二枚を並べて置くのはぎりぎりだね。でも説明したいので端を少し重ねつつ無理やり置きます~。リコットが自分のコーヒーカップをソーサーごと持ち上げて、膝に避難させていた。圧迫してごめん、ご協力ありがとう。
「布の上に、この石を置いた状態で使う」
片方の布の上に一つをぽんと乗せた。石なのでちょっと重くて乗せた音はゴトンだったが。
「石には表と裏がある。どちらも間違えないように文字が彫ってあるから」
「送信と、受信、ですか」
「うん」
間違えないよう、その文字をウェンカイン王国の言語で記載していた。魔法陣としての模様は側面に刻んでいる。丸じゃない魔法陣だが、素材が石なので滅多なことでは模様は消えない。強度強化も混ぜてあるからね、落とすとか金槌で叩く程度じゃ何とも無い。
「受信を上にして布に置いておくと、受け取れる状態。送信を上にして布に置くと、送る術が入る。送りたいものは、この布と石の間に挟む」
まず、片方を受信状態にする。そしてもう片方の布の上には適当なメモを置き、石を送信の文字を上にして乗せた。淡くメモが光って、次の瞬間、受信状態となっている石の下にメモが移動する。
「これは……すごい魔道具ですね」
「でしょ~」
ふふん。胸を張った。でも私が作りましたと言うつもりはない。『すごいものを持っている』ことの自慢、という設定です。
「この片割れを、君に持っていてほしい。いつでも私と連絡が取れるように」
緊張した面持ちで、ヘレナは頷いた。普段はお互いが受信状態にしておいて、送りたい時にだけ石を送信側にひっくり返す使い方。ヘレナが私に何か連絡したければ、今みたいに適当な紙切れに文字を書いて送ってくれればいい。
ちなみに送れるサイズは布に描いた魔法陣に収まりつつ、高さが三十センチ以下のものです。オーバーすると送れない。
「もし受信状態でない時に送られてしまったら、どうなるんでしょうか」
「それも同じく送れないんだけど、相手が受信状態になれば自動で行くよ」
実演しましょう。受信側の石を置かないまま、片方からメモを送信状態にする。メモは残ったままで、動かない。
「大きさに問題が無いのに送れないから、あっちが今は受信状態じゃないんだなーってのも分かる。で、受信状態になったらすぐに発動する」
改めてもう片方に受信の石を置いたら、さっきと同じように送信側のメモが光り、受信側に移動した。ヘレナが感嘆するような声を上げていて、私は満足してニコニコした。自分の作った魔道具に驚いてもらうのって楽しいね。
「貴重なものだから、人には見られないように気を付けて。ご家族には話してもいい」
私が此処を離れた後、どうやって連絡を取るのかってご家族も気にするだろうし、ヘレナも家族まで不要に欺きたくはないだろうし。
「それから、大事な注意点。これは使用者の魔力で作動する。魔力が少ない人が使うと危ない」
瞬間、ヘレナがぎょっとした顔をした。自分が扱うものだから、この内容に咄嗟に恐怖を抱くのは自然なことだ。でも別にヘレナに対しては「怖がらせないように」って気を遣って喋っていないので、今更、あ、ごめんと思った。いちいち謝らないが。
「君は問題ないよ。勿論、多用はできないけど、人より魔力が多い。ミルヴァもシルヴィも多かった」
ヘレナのお母さんと妹さんね。彼女らは呪いを受けていた影響か、優秀な結界術師からの遺伝のせいかは分からないが、一般人より魔力量は多い方だった。私の予想では『呪いをリレーしたことで魔力量の遺伝が強まった』だけど、所詮はただの予想。真偽は不明だ。
「でもダニエーレは少なそうだったから、触らせないように気を付けて」
「わ、分かりました。気を付けます」
ヘレナのお父さん。うちのルーイと比べても半分くらいしか無かったから正直びっくりして二度見した。あんなに少ない人も居るんだな。まあ、平民はほとんど魔法を使わないようだから、そこまで大きな不便は無いんだと思うけども。
「送信側が魔力を担う。受け取る時には不要。でも送る時に魔道具が強引に魔力を吸い取るからね。足りない時は送れない上、返してくれるわけでもないから最悪は倒れてしまうかも。ただ、死ぬようなことは無いよ」
人間の身体は、枯渇するほど魔力を出力することが出来ない。一種の防衛本能だろう。人間が自力で息を止めて死ねないのと一緒かな。
この魔道具は人の意志と関係なく無理やり吸うものだけど、それも防衛本能に抗うほど強い吸い方は出来ない。そういう強力な魔道具を作ろうと思ったら、それこそ私が王様達にあげたデカ魔法石で作るか、もっと巨大な魔道具になるだろうね。うーん、三メートルくらいの高さになりそう。
しかし、死なないとしても『倒れる』ってワードだけで怖いよね。ヘレナの緊張した顔が解れる様子は無かった。
「君の魔力量なら一日三回は問題ないと思う。でも四回以上は分からない。使い過ぎるとその日と翌日くらいは、倦怠感で動けなくなるかもね」
それでも私は柔らかな言い方を選ばないのであった。だって危ないことは、過度でも脅しておいた方が良いでしょ。これは優しさである。
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