第450話_伝説

 勿論、私がこんなことを調査する責任は全く無い。だけど『旅人』であり、可愛い女の子達を連れてあちこちに行く可能性がある為に気になっているのだと強調しておく。

「それに最近、魔法陣や魔道具を使って、悪さをしてる奴がいてさ。ガロに協力した件もそうなんだ」

 ガロに協力している内容――悪さをする魔法陣を消す魔道具を提供していることを話す。

「つまりこの件も、そのような影響かもしれないと」

 緊張感を持ってヘレナがそう言うのを、私はちゃんと神妙な顔で頷き返した。こんな内容を、女の子達の前でするみたいに呑気な顔でうんうんって言ったら確実に怪しい。それにヘレナにもこの件を真剣に捉えてもらった方が、調査に熱が入るだろう。

「君の権限で、不自然にならない範囲だけでいい。魔物の増減、移動。このキーワードで何か分かることがあれば都度知らせてほしい」

「承知いたしました」

 ゾラに聞く方が広く知れるかもしれないけど、ゾラとはまだ数回話したっきりで、色々頼むには心苦しい相手だとも説明した。支部の『統括』という立場を知るヘレナの方が余程そういう心苦しさは分かるのだろう、納得した様子で頷いてくれる。

「ところでヘレナは、ゾラを知ってるの?」

「お噂だけは。直接お会いしたことはありません。冒険者ギルドの職員の中では伝説のお方ですよ」

「伝説!?」

 愛らしいお嬢さんの見た目をした年齢不詳の伝説の女統括。……カッコイイ!!

 聞いたところ、ヘレナは十八歳の時から此処のギルド支部で働いているそうだが、ゾラはその当時から既にレッドオラム支部の統括であったらしい。ちなみにヘレナも彼女の年齢は全く知らないとのこと。マジで何歳だよ。

「ゾラさんのお話は色々あるんです。例えば――」

 淡々とした口調からは想像も出来ないような豪快な一例が、ヘレナから丁寧に説明された。

 ヘレナがギルドで働くよりも以前の話であるそうだが、ある日。レッドオラムの警備兵に捕らえられた犯罪者が、隙を見て近くの馬車の馬を奪って逃走。レッドオラムの街中をその馬で爆走していた。下手で乱暴な手綱に酷く興奮している馬。そんな暴れ馬から、人々が逃げ惑う。その時、ゾラが進路に躊躇いなく立ちはだかった。様子を見ていた人々は「女性が轢かれてしまう!」と、多くが目を閉ざし、ほんの一部だけが目を逸らすことも間に合わずに見つめていた。けれど全ての人が一様に「何が起こったのか分からなかった」と言ったそうだ。そして「いつの間にか男は落馬しており、馬にはその女性が乗っていた」のだと。つまりゾラが何かをして男を落とし、代わりに馬に乗って落ち着かせた、という話。

「流石に尾ひれが付いているだろうと思いますが……」

 ヘレナは語り終えるとそう言って苦笑したのだけど、私は彼女以上に苦く笑って眉を上げる。

「いや。君が私にその話が出来たってことは、それ、本当だね」

「え」

 ヘレナは血の契約によって私に嘘が吐けない。もし今の話を「という噂がある」という言い回しをするつもりで話していればすり抜けるが、割とヘレナは断定的に語った。そしてタグにも『本当』と出ていた。

「じゃあ逆に、『これはただの噂で事実じゃない』って言ってごらん?」

「ええと、今のお話はただの――、……っ」

 口を動かすものの、ヘレナからは唐突に声が出なくなる。

「ね。言えないでしょ? つまりさっきの噂は事実らしい。ゾラってすごいね、元冒険者だったりするのかなぁ」

 驚愕しながら目を瞬いているヘレナを横目にそう言ってコーヒーを傾ける。でもヘレナの沈黙が妙に長かったので、おや、と目を瞬く。

「あれ、大丈夫? 呼吸や体調に異変がある?」

 血の契約での制限が掛かる時に、そんな不調が出る話は知らないんだが、不調が無いという明確な情報も無かったかも。心配をしたにしては私の口調は軽くなってしまったものの、幸いヘレナはその点を気にした様子は無く、首を横に振った。

「い、いいえ、問題ありません。このように制約が掛かるのだと、驚いてしまいました。あとゾラさんのことも……」

「あはは、そうだね」

 ゾラは随分と豪快な武勇伝を持っている女性だったようだ。本当に面白い。もっとその噂とやらを聞きたいけど――まあ、また今度にしようか。

「話が逸れちゃったけど。二つ目」

 軌道修正をすると、ヘレナもハッとした顔で、居住まいを正して頷く。

「ジオレンに今後もしばらく滞在するから、もう宿じゃなくて賃貸でもいいかなーと思ってるんだけど、物件を探すの手伝ってもらっていい?」

 一瞬、ヘレナは拍子抜けした顔をした。そうだよね。魔物がどうっていう深刻な話の後で、賃貸物件の話をするんだからさ。でも二秒くらいでまたハッとして、慌てて頷いてくれた。

「え、ええ。勿論です。冒険者ギルドでも依頼があれば斡旋をしていますから、本業の内でもありますよ」

「そうなんだ。もしかしてギルドを通した方がお得かな?」

 だとすると、こんな風にこっそりお願いせず、ギルドに行くこともやぶさかではない。だけどヘレナは少し沈黙して考え込み、最終的にはきゅっと眉を寄せた。

「場合によりけり、ですね。それも踏まえて私の方で調べておきます」

「わかった、それでお願い」

 それが一番助かるね。ヘレナにお願いして良かった。満足して私はまた深く頷く。

「どのような物件をお探しでしょうか? 手元に資料がありませんので細かいご提案は出来ませんが……家具付きの場所もございますよ」

 私が『旅人』であって今は宿暮らしをしていることから、この提案をしてくれたようだ。優秀な仲介人だな。でもこれは遠慮しよう。

「いや、家具は揃えようと思ってるから、それは無しで。えっとねー、女の子達の要望をまとめて来たんだ」

 女の子達が相談して作ってくれた要望一覧の紙を、テーブルの上に置いた。

「優先度が高い要望がこの辺り。此処から下は『できれば』」

 説明する間、ヘレナは軽く頷きながらじっくりと一覧を確認してくれた。あまり変な顔もしていないから、突飛とっぴに見えるものは混ざっていないようだ。それも安心。

「承知いたしました。確認してみます。ご予算は?」

「うーん、特に無いけど……高すぎる物件に住むと逆に目立つだろうから、良心的な範囲で」

「お宿の際も、そのように仰っておりましたね。畏まりました」

 軽く頬を緩めたヘレナに釣られて、私もちょっと笑った。そうだったね、宿もヘレナに紹介してもらったんだった。

 あの時はこんな縁が出来るとは、思わなかったなぁ。縁っていうか、主従関係ね。

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