第442話

 女の子達は私の存在を忘れて賃貸物件の要望をわいわい相談し合っていたが、ふとナディアが私の方を見た。存在、思い出してくれた。

「アキラも何か要望は無いの?」

 しかも意見を聞いてくれる。優しい。

「私は大きめのキッチンと、あとは周辺の安全性かな」

 裏道に出入口を持つ物件だと、ちょっとお出掛け~って女の子達が外に出る時にいちいち危ない。出来れば大きな通りに面していて、治安の良い場所であることが望ましい。

「……近くに娼館は必要?」

「そんな良好なアクセスは要らないよ! 自分で足を運びます!」

 慌てて言葉を返せば、ナディアがくすりと笑った。揶揄かわかわれてしまったようだ……。女の子達も笑っている。

 そもそも、つい釣られて「足を運ぶ」と宣言したが、まだ娼館にまで行くつもりは無かったんだけど。っていうか今の宿も近くに娼館とか無いでしょ。全くもう。

「ナディのご要望は?」

「そうね、アキラの隠れ場所が少ない家が良いわ」

「私の扱いよ」

 揶揄い続行中かと思ったら存外、真剣な顔で言うので悲しい。しょんぼりする私に、更に思わぬ人から追撃があった。

「でもそれは私も同感かなぁ」

「ラターシャまで酷いよ~」

 個室が沢山あって私が一人になれる場所ができてしまうと、また隠れて悪さをすると思われているようだ。度々ご迷惑をお掛けしているので、口を尖らせることしか出来ない。

「おわっ」

 一人で拗ねていると、急にロゼが背中を鼻先でズンと突いてきた。私の声に女の子達も驚いて振り返ったけど、ロゼを見て状況を察し、目尻を下げている。

「どーしたの、私の可愛いロゼ。ごはん足りない?」

 ぶふぅーと鼻を鳴らしている。可愛いねぇ。よしよし。よしよし。撫でるとご機嫌そうにしているけれど、何かご要望があって傍に来たんじゃないかな? ごはん追加かなぁ。

「新しいお水が欲しいのかもー?」

「あらら、そっか」

 ルーイの見解ではお水らしい。なるほど。そういえば水は、此処に出てきた時に桶に出したっきりだったな。入れ直してほしいというのはあり得る。

 今の水を一度流して、桶を洗ってから、新しいものを入れた。すると嬉しそうにロゼがその水を飲んでいる。正解だったかも。流石ルーイ。

「サラも、新しいお水入れたからね」

 桶は二つ置いている。同時に飲めるように。ロゼが飲んでいたからか、水が新しくなったからかは分からないが、サラも嬉しそうに駆け寄ってきていた。可愛いねぇ。

「サラとロゼも一緒に住めたらいいのに」

「ね~。郊外なら出来そうだけど、街中だと難しいねぇ」

 ジオレンのような大きな街は大体、無許可で馬を入れられないことになっている。時々馬車は走っているものの、大通りだけ。あれもきちんと許可を得て一時的に入っている馬で、仕事を終えればやっぱり街の端にある馬場などに預けられることになる。

「スラン村なら一緒に住めるわよ」

「そうだよね。ねえ、二頭の遊び場も作るんでしょ?」

「うん、流石に全力では走れないけど、いっぱいスキップできる場所」

「スキップ?」

 首を傾けられてしまった。嬉しそうに傍に来る時の二頭の足取りは、スキップしてるみたいで可愛いんだよ。あれのこと。つまりちょっと小走りする感じ。改めて説明したらみんなが苦笑しながら頷く。ちなみに正しくは速歩はやあしと言います。

「アキラちゃん、そろそろ全部焼けるよ~」

「おっ、料理長がお呼びだ!」

 焼き色を小まめにチェックしてくれていたルーイの言葉に、私は立ち上がる。

「ルーイが料理長だったんだ」

 隣でラターシャがくすくすと笑っていた。何となくね。小さい料理長、可愛いでしょ。

「こっちも、もう良いんじゃないかしら」

「ナイスタイミング! これで全部揃ったねえ」

 鍋の方も、ナディアが完成を教えてくれる。みんなで状態をチェックして、問題なしを確認。

 このまま野外で年越しをする案もあったんだけど、今日はちょっと冷える上、雲行きも怪しい。雨が嫌いな私のご機嫌と、サラとロゼの体調を加味して、それぞれちゃんと屋根のある場所に帰ることにした。

「じゃ、運んできまーす」

「行ってらっしゃーい」

 お料理だけ先に転移で部屋に運んでしまう。馬車で運ぶのは鍋が危ないし。私の収納空間なら揺れないだろうけど、やっぱり先に運んでしまう方が安心なので。私が一人で転移して、部屋にお料理を並べた。よし。じゃあみんなのところに戻ろう。再び転移でみんなの傍に出れば、既に移動できるようにとお片付けしてくれていた。

「じゃあ、サラ、ロゼ。今年最後の馬車お願いね!」

 言葉の意味が伝わっているのかな。いつになく二頭は張り切って走ってくれた。ジオレンに戻ったら二頭をいつもの預かり場所に任せ、私達は宿に帰る。

「まだ温かいね、良かった。じゃあ食べようか」

 作りたての状態を少し長く保つ魔法を掛けていた。これも生活魔法の一つだ。元の世界の感覚ではどうしても半信半疑になってしまうのだけど、魔法ってすごいよねぇ。

「じゃあまずは、清めのお酒でーす」

「ただの高いワインでーす」

 私が大嘘を吐いたら即座にリコットから訂正されてしまった。みんなも笑いながら、私の注ぐワインをグラスで受け止めてくれる。

「それでは、オホン」

「短めにね」

「あ、はい」

 一年の最後だからちょっと乾杯前にスピーチしようとしたら、察したナディアに超速で釘を刺されてしまった。短めね。了解です。

「私とっては本当にとんでもねえ年になったけど」

 異世界とかいう、訳の分からない場所に来て。それまでの全てを失ってしまった。だけど。

「ラターシャ、ナディア、リコット、ルーイ。それからサラとロゼ」

 此処に居ないカンナや、スラン村のみんなのことも順に思い浮かべる。

「色んな幸せな出会いもあったし。今こうしてみんなと過ごせている時間が幸せだよ。今年は沢山ありがとう。来年もよろしくね」

「こっちの台詞!」

 リコットの短い返事にみんなが頷いてくれたから、私の表情も緩む。本当に贅沢で、幸せだよね。

「じゃあ、乾杯!」

 極上の白ワインで清められましょう。でもこの白ワインは贅沢過ぎて、清くはないかも。まあいいか。美味しいのは全て正義だ。普段はお酒を飲めないルーイとラターシャが、きゃっきゃと嬉しそうに白ワインの感想を伝え合っている。愛らしい。やっぱり正義だな。

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